第五話 領主カイザンと代理女神〜予想できた事態〜
「いや、できねぇだろっ!!」
吐き出した言葉の勢い的には拳骨級なのに、魔法発動寸前のハイゼルに軽くチョップを入れて転移を制止させる。
本人もさすがにそうですよね風に反省した面持ちになっている。人は一度ボケようとすると空気が変になるか、元に戻るまで止まらない生き物なのだ。
なんて納得しながらも、アミネスにそういうことをされ過ぎてツッコミを入れてしまう。また割とガチで。
「今から敵って見なされる可能性がビンビンにあんのに、普通の顔して行ける訳ないだろ。何故に低く言った?」
無駄に低く言われたせいで、本当にチビりそうになった。いざ殺されるの実感とか当たり前に初めてだから。
・・・そんな性格とかされてたら、いよいよハイゼルの説明とかだけじゃどうしようもない気が。
すると、見かねたアミネスがカイザンの肩を叩いて、
「大丈夫ですよ。ミルヴァーニさんがそうだったのは、他領地への交流遠征に出る前の話ですから」
「遠征って人格補正付きなのっ!?」
不十分なフォローを入れられたところで、困るのはカイザンだ。さらに不安は増していく。
「大丈夫ですって。もしもの時には、我々女神種が総勢力で対応に当たりますから」
「あっ、そこまでやってくれんのか」
・・・総勢力って、戦争で治めんの?
一抹の不安を感じつつ、対応してくれるなら問題ないだろうと思う。
政治ごとにあまり関心のない女神領主様だ。
「・・・・そろそろ、私も向かわないと間に合わないので」
魔力が溜められていた指先で空中に円を描くと、足下に魔法陣の軌跡が出現。ハイゼルは、最後に一礼と一言を言い残し、その中心に立った。
去り際にこちらを向いてきたので、一応カイザンも。
「分かった。でも、警戒はしておく。念には念を、備えあれば嬉しいなだもんな」
・・・備えあれば憂いなしだっけか?
この際、そんなことはどうでもいい。最強種族の言ったことが絶対に正しい。という法律にしよう。
話が終わったのだと思い、消えようとするハイゼル。しかし、まだ言うことがあったのを思い出したカイザンに服を引っ張られて体の一部を魔法陣から出された。それだけで発動停止状態。
さっきといい、とても便利な魔法だ。
「それと、俺の前ではエイメルを様付けで呼ぶな。今は俺が女神領領主の最強種族なんだからさ。意味はよく知らないけど、新進気鋭のな」
カイザンの余談をスルーして、ハイゼルは転移魔法で消えてしまう。
また、アミネスとの二人だけの空間になってしまった。話すことは特にないから沈黙のまま徒歩でミルヴァーニの所在地、中央広場に買い物とともに向かうのだと思われたが、
「カイザンさん、肩書きを名乗る時はちゃんと最初に有名無実って入れてくださいよ」
さっきハイゼルに向けて新進気鋭を使った件の発展。今も分からず使ったけど、多分合っている。
というか、本当に分からないからどんどんと輸出しないでほしい。
「次から次へと俺が知らない四字熟語使うのやめてくれない?」
・・・正邪の判別が付かないとツッコミを入れにくいんだよ。
現在、アミネスから一般教養が本当に欠けているとの気の毒な目を一直線に浴びさせられているものの、気にしてもしょうがない。
とは言え、さすがに恥ずかしいとは自分でも思うので、旅に出る際は大図書館から国語辞典を持って行こうと決意する。
....後に、カイザンは異世界の字が読めないことを思い出す。今のカイザンには知る由もない。
旅前の予定がまたひとつ加わったところで、今度はアミネスが「そう言えば」と話を始めた。
「確か、ミルヴァーニさんが遠征から帰って来るのってもう少し先の予定の筈なんですよ。仕事を急がせてまでも帰って来た理由は、実に明白ですね」
分かりやすく'明白'の一言を強調するアミネス。まるで、これが分からなかったらとてつもないバカみたいな....。
「.......え、えっと、えーーーっと。まあ、ね。...ということだよね、アミネス。...教えてください」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。カイザンは聞いた時点で既に一生分の恥を負う人生を行くことになっている。
もう何度アミネスから哀れられていることか。
「どうして分からないか理解に苦しみますね。この場合、どう考えてもカイザンさん以外に目的がないでしょう。一応のため、会いに行くのはハイゼルさんの説明が滞りなく進んだ辺りが宜しいと思いますよ」
失望と説明と提案を両立できるアミネスに深く感心する。
改めて思うのは、旅においてのアミネスの存在にある重要性。異世界転生以来、ある意味での心の拠り所であり、その心を平気で読む少女。
一つ、提案を切り出そうと思う。
「旅に出たらでなんだけどさあ...」「さあ、道具調達を再開させま.....何か、言いました?」
友達とは違う男女の会話の中で、最も困るべくはある程度喋っちゃった後で声が被っていたことに気付いた時。
この状況に対し、あまりに久しぶり過ぎて耐性の薄れた某元高一男子は、
「いや、何でもなくはない」
「どっちですか?」
精一杯の誤魔化しだと解釈してもらいたい。
一切の興味がなく、それ以上は何も聞こうとしないアミネスは、指先を唇に当て、考え込むように空を仰ぐ。
ハイゼルの行ってしまった今、旅の道具を探し出すのはカイザンではなく、アミネス担当となっている。
次にどうするか、これから旅先でも必要な能力。顔の向きを戻して振り返ったアミネスに期待する。
「カイザンさん、一度図書館に戻ってみませんか?」
突然にも予想外なる提案、意図を察しようと努力するけど、結局は首を傾げて。
「なして?」
使ったことのない方言が口から漏れた。バラエティー番組の見過ぎを異世界にまで引きずってしまっているようだ。
「エイメルさんなら遠征経験もとても深い方ですし、昔からの知識とかで旅に関しても何かと知っている可能性がありますから」
いつも命令も指示にも大抵も多少も従わないアミネスだが、ちゃんとエイメルをさん付けに変えている。
・・・っていうか、アミネスってだいたいがさん付けだよな。
よく考えてみれば、アミネスってこの一ヶ月はエイメルのことずっとさん付けだった。
きっと、小さな帝王の小さな命令にしか従わないのだろう。カイザンは知る由もない。
「いいけどさ、また歩くのかよ。あそこから相当距離来たと思うんだけどさ」
「そんなことだと、もし旅先でカイザンさんが不祥事を起こして、衛兵さんから逃げないといけなくなった時には、すぐに捕まっちゃいますよ」
「想定が早いよ」
・・・って言うか、そうなったらお前も追われる立場だぞ。客観的に言いやがって。
帝王のお手伝いさんという立場をしっかりと理解してほしいものだ。言動を全面的に肯定してくれたらいいのに。.......叶わぬ夢。
「無駄なこと考えてないで早く行きますよ。ハイゼルさんばかりに任せる訳にはいかないんですから」
責任をしっかりと持つアミネスと違い、カイザンは面倒だと言った表情を隠せずにいる。隠したところで読まれるだけの話。
「いいじゃん、任せておけば。俺のモットーはいつだって適材適所なんだ。俺らはゆっくりと歩いていればいいさ」
「今が適所ですっ!!」
「はっはいっ!!」
怒鳴られた条件反射で思わず敬語での了解。こういうのの積み重ねでカイザンはトラウマを抱くタイプ。アミネスは分かっていて攻めているなら、とてつもない才能を感じるところだ。
本来であれば、反論に反論を重ねる長時間対戦の果て、心的にカイザンが大被害を被る状況だが、これ以上ここに居ても旅へと近付かなさそう故、
「じゃあ、道案内は頼んだ。なんせ、俺の記憶はこの領の半々半分くらいしか覚えてないからな」
自慢っぽく言って、内容の悪さを相殺してみた。
「はいはい、では行きますよ」
できてなかったらしい。
だんだんとカイザンの扱いが雑になったのもハイゼルの前で無駄話を続けた結果。笑いの一つでも取れていれば。
そそくさと大図書館へ歩いて行くアミネスの背を追いながら、これからのムードメーカー地位向上を決意する。
その、直後だった。
「は?」
感覚的に空間が固められ、肉眼で理解できる程の圧倒的な魔力が、カイザンとアミネスを囲むように一帯を席捲。
周囲から隔絶される刹那の体感が全身を駆け抜けると、時を移さずして見える全てが背景と化してライトのように明滅。それらの謎の現象が一瞬のうちに起こり、無理解から解放された頃、既に場面は切り替わっていた。
座標特定からの強制範囲転送、転移系統の最上級高位魔法である[瞬間転移]だ。
突然の出来事過ぎて逆に慌てない二人、その正面に驚いた顔のハイゼルが立っている。
今の転移魔法、ハイゼルを疑いかけるも、動揺の様子からそうでないと判断。
となると、必然的に。
ハイゼルの後方で、魔力の余韻を残した手をこちらに向けるあの女神が、犯人ということになる。
それに加えて、ここが広場であることから、こいつが例の外交官であることはほぼ間違いない。
桃色の長髪を風に乗せた彼女は、ハイゼル以上に高貴な服装に身を包み、周囲の女神種からの歓声に湧き上がることなく悠然と。手を下げ、真剣な眼差しで見つめてきた。
「突然の呼び出し、心より謝罪申し上げます。一つ、早急の用件があり、失礼ながら手荒な真似をさせていただきました」
服装の豪奢さも相まって、心的圧力は向かい合ってこそ強いものだ。
ちなみに、カイザンもそう言った服装が原則ということになっている。本人が民衆の目を盗んで、動きやすい服装を心掛けていることは今のところ、全女神種が知っている。カイザンは知る由もない。
謝罪に際して深く頭を下げる外交官ーーーミルヴァーニ、立派しの礼儀を知らない強めの声音にカチーーンときた。アミネスで慣れていたお陰で小さめの怒りで済んだことに感謝してほしい。
何か言ってやろうかとも思うが、この状況はハイゼルとの会話から考えていた、最悪の想定に進んでしまったことに間違いない。
怒りは出さないで話を続ける。
「えっと、楽しく買い物してたところを邪魔された訳なんだけどさ、大切な領主の暇潰し、それに相応するような用件なのか?」
これがこの一ヶ月での唯一の成長かもしれない。
高校生時代のカイザンであれば、翌日から女子全員から陰口叩かれるくらいのめっちゃ引く言葉攻めをしていた。
・・・あれのトラウマは大きいよ。
実体験はあるらしい。なら、ここに来てからの成長はゼロだ。...でも、ほんの少しは策士になっているのかも。
語りかけながらゆっくりと前に進んでいたカイザンとミルヴァーニとの距離は、ウィル種の特殊能力の効果範囲である約五メートルとなった。
もしもの時には、すぐにウィルスを改ざんすることができる。だから、堂々と調子に乗れる最高の場面だ。
「もし、その緊急用件が調子悪い時の俺の発言くらいにくだらなかった場合、領主としての権限を行使、お前に罰を下す」
指差しで挑発、ついでに笑みを浮かべる。
今のカイザンには、あの時のエイメルのような余裕がある。二次元脳で全てが予想の範囲内。こんな因縁の付け方、アミネスの言葉を借りるなら、目的は実に明白だ。この後、こいつがする事なんて。
上部だけの女神領領主の言葉を受け、ミルヴァーニはカイザンとは違う、あの時のエイメルの顔になる。
・・・あいつってそんなに顔あったっけ?
「私は、ミルヴァーニ・メービラス。...元、女神領領主のエイメル・イリシウス様に永く仕えてきました。私の要求は一つ、貴方に領主の座を降りてもらうこと。.......カイザー様。私から貴方へ、女神領の公式な決闘を申し込ませていただきます」
向けられた指先から差し出されたあまりに一方的な果たし状、想定通り過ぎて笑みがこぼれる。
・・・さあ、ここからが俺の輝かしい暇潰し、その前哨戦の始まりといこうか。......ん、待って。俺のことなんて言った?