第四十三話 カイザンの負い目
時は朝の八時頃、獣領はもう活気付いている時間だ。
あの夜の一件から昼夜逆転生活が始まってしまいそうなカイザンであったが、最近は割と調整できたために、既にこの時間で朝の私用は済ませてある。
さて、今朝はまた、宿暮らしの帝王だった頃とは比べ物にならないくらいに爽やかな朝だ。
この平和な生活は前にも説明した通り、あれからカイザンたちは正式に獣領の客人となり、王城内の豪華な部屋で暮らさせてもらえているからに他ならない。
ウィバーナの挨拶で起こされることもないのだから、実に平和である。......そう、ウィバーナ。あの夜、カイザンはその少女を助けるために命を懸けて尽力した。
大抵の主人公ならば、それを理由に恩着せがましくなってもいいものだが、カイザンは.....。
「やっぱり、行くべきだよな」
一人だけの部屋、唐突にそう呟くカイザン。
その一言には既に覚悟の意志があり、すぐさま立ち上がって部屋を出る。
ウィバーナに対する何か、その思いがありながらも、カイザンが向かった先は違う。
一度王城の入り口まで向かい、そこから正面の螺旋階段を少し足早に、とんとんと靴跡を立てながら登っていく。二階の内装から明らかに豪華になっている時点で、どんな身分の者に与えられた階なのか分かりやすい。
二階の先、長いことで有名な廊下を無言で進み、ようやくその部屋の前に着く。
「....たぶん、ここがレーミアの部屋だよな」
豪勢な造りの扉の前に何かが描かれた掛け札が提がっている。文字は読めないが、文字数的にきっとレーミアの部屋で間違いない。
カイザンが今ここに来た理由、それはあの夜の一件に関わることだ。
あれからずっと内にある負い目と後悔を胸に、あるいは、カイザンはその部屋に男心的な激しい緊張感を胸に抱きつつも、いざノックをしようと....
「れ、レーミア。入っていい.....っ」
その直後、分厚い斬撃派が目の前の扉を一閃し、部屋の壁面を豪快に裂いた。
「.....へっ?」
そのこぼした声すらかき消すほどに、衝撃が斬られた木製の扉に破壊の限りを尽くし、有り余る程のそれは容赦なく辺りを蹂躙する。
背後で大量のガラス窓の破壊音が響き、どれだけの被害をもたらしているのかと思いつつも、後ろに目を向けているような余裕などない。
扉の破壊を介して暴虐性の薄れたそれを真正面に受けたカイザンは圧されるまま堪らず尻を着くと、次いで凄まじい勢いの突風と衝突してそのまま後転。綺麗に一回転して既にボロボロになった廊下の壁に背中を叩きつけて、再び惨劇の発生源である部屋と目が合う。
何が起きたのか、まったくもって理解が及ばないが、とりあえず立たないことに始まらない。
扉が破壊どころか吹っ飛んでいってくれたおかげで入るための緊張をせずに済んだなんて考えられる状況じゃないことは確かだ。
理解不能状態のカイザンが眼前の光景とほんの数秒前の出来事に唖然とする中、遅れて部屋の中から飛び出してくる声があった。
それはこの大斬撃を放ったものとは思えない、酷く怯え切った、今にも上擦りそうなほどの声だ。
「れれれれれれれレーミア様ぁっ、ちょちょちょっと落ち着いてくだされぇーーーーっ!!!!」
「いぃやぁああああああああ。殺されるっ、殺されるっ、殺されるっ!!殺されちゃうわぁああああああーーーーっ♡」
この領に来て、ウィバーナを超える騒音を聞いたのは闘技場以来ではないかと感じるほどの叫びを発しながら、腰の抜けた四足歩行で飛び出してきた二人の獣人。
先程の斬撃波によってか、服に細かい傷が刻まれているその二人は、カイザンにとって初対面ではなく、一番内容の濃かった日の出来事での中で、むしろ十分すぎる程に顔を覚えた獣人である。
彼らは、スネイクとツノークという者。共にフェリオルの家名を与えられ、あの夜、獣領の最高守衛団[五神最将]の団員として尽力してくれた、意外にも頼れる奴らだ。
そんな彼らが今、突然何者かによって斬撃波を飛ばされ、非常に慌てふためき、命の危機を感じかけているところといった感じだろうか。....無論、ツノークの叫びにはその者の名前が入っていたのが。
・・・よし、状況を一旦見守ってみよう。
カイザンに気付いてか助けて欲しそうな視線を向けてくる二人を無視して、部屋の奥から大剣片手にゆっくりと出てくる獣人に注目する。
その獣人、否、彼女はこの大破壊が行われた部屋の主にして、獣領の若き領主リュファイス・フェリオルの妹、レーミア・フェリオルである。
あの夜の服装とは一変して、ドレス染みた清楚な服に身を包み、相変わらずの美しい容姿ながらに、ライオンらしき顔が刻まれた大剣を肩に載せる姿は実に珍奇な光景だと思う。
その大剣、種王の神器の力が彼女にあれ程の力をもたらしているのか、あるいは彼女自身の獣種としての実力と才能によるものなのかは分からないが、端的に換言するのであれば、それはもう、彼女は本当に強い。
....その事実を理解してもなお、やはり一人の少女を中心に起こった光景としては実に異常なものなのだが。
そんな彼女ーーーーーレーミアは、その容姿を一層に輝かせる自慢の黄色髪を振り払い、眼前で怯える二人に容赦なく剣先を向ける。
「「ひえぇっ」」
情けない小さな悲鳴を漏らす二人の恐怖心など気にすることなく、レーミアは怒りを言葉として表す。
「....もう、我慢の限界だわ、ほんとにいい加減にしてほしいわ。あんたたちの最近の言動の数々に私から直々に叱ってあげようとしたら何よ。やれ、寝起きだの、遅刻するだの、茶菓子を勝手に持ってきたりだの、勝手に机に敷物ひいて与太話始めたりだの。....ねぇ、ふざけてるの?誰がお茶会を開きましょうだなんて言ったのよ。ねぇ、本当にぶった斬っちゃってもいいかしら。ねぇっ!?」
柄を握る拳に力を入れ、最終的には言葉だけに収まらずに実行段階に移ろうとするそれは、声音には既に慈愛の感情など抱かず、最大級の苛々を纏ったものだ。
生命的な危険を感じかねない殺意の脅しに、まず声を震わせたのはスネイク。
「ままままままっ待ってちょうだいよ、レーミア様ぁ♡私たちの女同士の付き合いに、そんな物騒なものは要らないでしょ?ねっ♡」
目をパチパチと、慈愛を要求してくる視線は、反論になど興味を持たない残酷めいた視線と衝突し、レーミアは面倒そうにそれに答える。
「あんたは立派な男でしょうがっ」
「嫌だわ、もう♡性別なんて関係ないのよぉっ♡」
「声低く言うなしっ」
女を否定され、無理やり作っていた高音を元に戻すも、口調は戻さなかったスネイクの懇願を一蹴し、レーミアはさらに溜まりに溜まった不満を口にする。
「確かにねぇ、小さい頃の私の教育係はあんたたちだったけど、もう私は十七歳っ。そろそろちゃんと身分を弁えなさいって言ってるのっ。領主リュファイスお兄様の妹なの、立派な淑女なのだけれどっ!!」
大剣を軽々振り回す淑女については、この世界と日本の解釈違いでもあるのだろうか....。
ルギリアスが小さい頃のウィバーナのお世話係を担当したように、彼らもまた、幼き頃のレーミアのお世話係であったようだ。しかし、それもまた昔のこと。
そんなレーミアの不満に答えたのは、スネイクに代わって少しだけ前に出るツノーク。
「いやいや、我々にとってはレーミア様は言うところの世間知らずの箱入り娘、所詮は無知蒙昧に在る若人なんじゃよ。提耳面命、機に応じ物に接す。ご教示願いたくは吾輩らに申してくれようぞ。がっははははは」
「は?....あんたはあんたで長老口調な癖してまだ二十一歳じゃないっ。何を上から目線で」
「然もありなん」
「...ほんとに苛つかせてくるわねっ、その口調!!」
....大剣を軽々振り回す姿をどう見て箱入り娘と思えばいいのかの方が謎だ。
ツノークがどこで学んできたかも分からない言葉も口調ももはやどうでもいい。というか、普通に何言ってているのか分からないから、斬ることにするレーミア。
二人の総意見によってもう何もかもが気に入らなくなってきたことで、怒りに任せて大剣を巧みに回転させて、
「そろそろ本当に我慢の限界だわ。私が本気で怒ってるってことをもっと分らせないとダメかしらね。そういうことよね?そういうことなら、私だって期待以上に応じてあげるんだから。ねぇ?......じゃあ」
二人を睨みながらそれを上段に構えた。
「「ひぃっ」」
最後の一言、それがレーミアからの処刑宣告だと気付き、二人は声を合わせて無理やり出した感のあるか細い悲鳴を上げる。
それをふざけと受け取ったのか、レーミアは小さく息を込め、その大剣をーーーーーー、
「ふっ!!」
怯えたように肩をすくめ、互いに身を寄せて共に死境を乗り切ろうとする二人に、容赦なき縦の斬撃が迫ろうとしたその時、一瞬の冷静さに駆られたレーミアの[強調五感]が部屋の外の気配をようやく感知した。
ほぼほぼ本気で振り落としたはずの大剣を異常な筋力によって寸でで止めたレーミアは、二人を見ていた顔をスッと上げ、今更カイザンの存在に気付いたようだ。
「.....あら、あなた最強種族じゃない。いつから居たのよ?」
突然に目線が自分へと向けられ、抜けかけていた腰に力を入れて慌てて立ち上がるカイザン。
ずっと無視されているものかと思っていたために予想外な質問だったが、入ろうとした部屋から斬撃波が飛んでくる以上に驚くようなことはたぶんないから平常心で答えられる。
「....え、あぁ、いや、割と序盤の方からいたぞ。....思わず忘れかけたけど、俺も用があって来たわけなんだが、明らかなお取り込み中だよな?」
「えぇ、まあそうね。そうだけど、別に今じゃなくてもいいことだし、そっちの用事が先でいいわよ」
振り落としの体勢を直して、大剣を床に刺すレーミア。腰に手を当てて大剣を放すと、よほど斬れ味が良いのかそれからかなり深くまで床に入り込んでいく。
それがどうなろうと関係なく、レーミアが剣を置いたことでそれを機と見たスネイクたちは即座に立ち上がり、既に入り口も出口もないような部屋を飛び出して安全圏へと逃亡.....はさすがに後が怖いので、半壊した壁から顔を覗かせながら、
「じゃっじゃあ、あたいたちはこれでお暇させていただくわねっ♡」
「わっ吾輩も」
本調子に戻った二人の態度に、レーミアは深いため息を吐いて、声音に込められた強い感情をすっと緩める。
「運が良かったわね、あんたたち。次会う時はしっかりと敬拝の念と今日のことの謝罪を見せることね。でないと私、さっきみたいに本当に斬りにいこうとしちゃうから」
「「....えっ」」
去り際に見せた二人の絶望顔を、カイザンは忘れないだろう。
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かなりの出来事だった気がするも、時間にしては数分の出来事だった朝はまだまだ終わりそうにない今日この頃今し方。
服をずたぼろにされてほぼ半裸状態のスネイクたちが今後の逃亡計画を立てながら去っていき、かなり風通しの良くなったその部屋で、カイザンは先ほどのレーミアの最後の一言を思い出していた。
「俺が言うのもなんだけど、帝王に向いてるよ」
・・・そう考えたら、俺って今まで大した帝王的な発言してないよな。まぁ、する気もないんだけどさ。
「帝王に向いてるって、それ、褒めてるの?貶してるの?....私、怪しい勧めには乗らない主義だから、お断りさせてもらうわ。....で、確かあなたの名前はカイザーだったかしら」
「カイザンだよっ、前にも訂正したよな?俺は」
「はいはい、カイザンね。そんなのどうでもいいから、さっさと本題に入ってちょうだいよ」
ツッコミを無に帰す不当な圧力を受けた気がするが、不満気ながらも言われた通りに本題へと入........らずに、はっきりさせておくことがある。
「俺は仮にも最強種族なんだぞ。領主でもないレーミアにそんな物言いされる筋合いない系男子なんですけどー」
女神領でたくさんの歳上女性から様付け(ほとんどはカイザー様)で呼ばれることに慣れたからか、正直なところレーミアからも敬拝を見せてもらわないとなんだか妙な違和感がある。
でもそれは、本当にカイザンの個人的などうでもいい要望だ。レーミアに全うする義理はなく...
「知らないわよ。私はただ、あの夜にウィバーナを助けてくれた事は素直に礼を言うけど、あなたから感じられないだけよ。あのエイメル様が統治せし女神種に勝るものをね」
「そんな事実正論にどう返せばいいんだよっ。もういい、この話やめて」
「あんたが始めてたんでしょうが.....。というか、そろそろ本題に入らないと私の大剣が血肉を裂くわよ」
呆きれ声の最後に尚もとんでもないことを口にするレーミア。
・・・不当な武力行使に、女神領一行は抗議します!
絶対に起こらないもしものために武力行使を視野に入れる自分の心の声はさておき、言われた通りに本題に入ってやらないと怖い。
正直なところ、この空気感で話すのはとても嫌なのだが....。
「....本題ってのはな、ウィバーナの件に関してなんだ」
カイザンの本題に対して、あまり表情を崩さないレーミア。小さく息を吐いてから、部屋の談話席へとカイザンを誘導した。
案内されるまま付いて行き、備え付けられた椅子に腰を下ろすと、対面席に座ったレーミアはやや気怠そうな、というよりは面倒にでも思ってるような姿勢で話を聞く体勢に入る。
「ウィバーナの件、ねぇ。...まっ、それしかないでしょうし、わかってたわ。で、その話とやらを私にする理由も含めて、説明してちょうだい」
やや上からの言い方に不満が止まらないが、ここは大人しく話し始めた方がいい。
・・・ほんとは、もっと重い空気感で話したいんだけどな。
「....あの夜から、ずっと負い目とか、罪悪感みたいなのを感じてるんだ」
その話の始まりは、レーミアからすれば予想外のものだった。何故なら、開いてしまったウィバーナの門を閉じ、最も危険な役回りにあったはずのカイザンがそれを感じているのだから。
レーミアとて、自分の奮闘振りを得意げに話したりなんかするような性格でもなく、あの場の一番の功績はカイザンにあるのだと理解している。
それなのに、カイザンは今、負い目を抱えているのだ....。
「....どうして?」
「あんたが.....レーミアが来なきゃ、アミネスもウィバーナも助からなかったと思う。俺はあの時、二人のどちらかだけを....いや、アミネスだけを助けようと行動した。レーミアが来てくれなきゃ、俺はそれを実際のものにしてたし、そうすることでウィバーナが助からないこともわかってた。その判断が、その選択が、あの時の俺が、ウィバーナに知られないことだとしても、俺は俺が許せないっていうか....」
言葉に詰まるカイザン。沈黙は長く、その先を聞けそうにないので、レーミアはその時点で自分の意見を言い出す。
「....ふーん。まあ、結局そこに私が来て、その娘もウィバーナも助かった。その場の感情とか関係なしにこういう事実だけを見れば、あなたがあそこで自分の正義を貫けなかったなら、ウィバーナも助からなかったってことでしょ」
「いや、....そうだけど、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて....」
「なら、早く言いなさいよ。....あなたは結局、何が言いたいのっ?」
自分から部屋に来ておきながら、上手く言葉がまとまっていないカイザンに、苛立ちが募り始めたレーミアはやや高圧的にそれを問う。
それを受け、カイザンは無理やり思考をまとめ、なんとか言葉を続ける。
「...俺が言いたいのは、結果論とかなしに、俺はウィバーナのことをたとえ一瞬だとしても見捨てようとした。俺はそれを....謝りに来ただけだ」
顔を伏せてそれを口にしたカイザン。
その意味は宣言通りの謝罪じゃない。レーミアと目を合わせること、言葉の中のカイザンの弱さを見られたくなかったから。しかし、それは無意味なことだ。
「....はぁ。あなたね、それを私に言ってどうするのよ。それが言えてる時点で自分でもわかってるんでしょ?....今のあなたはまるで、あの娘に会うことを怖がってるみたいよ」
図星を突かれたように自分の肩がピクンと震えたことに気付いて、カイザンは我ながら力なく苦笑する。
「っ、お見通しってわけか....。一回だけ、ウィバーナの部屋の前まで行ったんだけど、なんか勇気が出なくてさ」
「疲弊しているとはいえ、精神さえ安定していればあの娘ならあなたが近付いたことぐらい気付いてると思うけど?」
「まあ、やっぱしそうだよな。......ふぅー、どうすればいいかなぁ?」
「私に聞かれても困るわよ。あなたとあの娘の関係値なんて知らないんだから」
期待薄なのは何となく分かってはいたが、いざこうも軽く足蹴にされると辛いものだ。
諦めて退室しようと立ち上がるカイザンに、レーミアは「ただ」と続けて、視線とともに着席を促す。
「私が一つだけ言えるのは、あの娘をそんな小さな存在として見ないでってことね。あの娘は、誰よりも辛い過去と戦ってきたのよ。言ってる私でも理解できないほどの苦しみを抱えてる。心の問題に慣れなんてものは通用しない。あの時の被害者はもうこの世に居ないけど、遺族は今も生きてる。それはあの娘もわかってて、遺族だってあの娘が生きてることを知ってる。それがどれだけの苦痛か、私たちには理解できないわ。だからこそ、肉体的なものじゃなく、心が傷付き続けてきたあの娘は、あなたの勝手な苦しみ一つ、何も思ったりしないってことよ」
「それはまぁ、そうかもしれないけどさ....」
多少トゲのある言葉ではあったが、レーミアなりの優しさや気遣いーーーー否、感じたものはそれ以上の、後悔や懺悔に似たものがある。
ルギリアスから、六年前にウィバーナが門を開いた時、レーミアはその場に駆け付けて門を閉じようと尽力したと聞いた。
レーミアもきっと、悔やみ続けていたのだろう....。
「....私の感情を含みすぎたわ、忘れてちょうだい。そんな表情されても困るわ。もう結論は出たんだし、そろそろ帰ってくれる?私は部屋の修理を頼んで来ないといけないから。....とりあえず、あの二人の給料から差し引けばいいかしらね」
カイザンの表情が曇ることに気付いたのか、変に気遣いを掛けられることを嫌がったレーミアは、しっしっと厄介払いするように退出要求。それから部屋の被害総額を考え始めた。
異性からあからさまに嫌な態度を取られるのはアミネスで慣れているためにそれほどダメージはないが、それでもやっぱり精神的にくるものが......
「....ってちょっと待てよ、結論って?」
「勝手に心残りを抱えて勝手に負い目を感じてるなら、直接会って謝る。それ以外にあるとでも?」
「ぅ......頑張ってみるよ」
正論という名の一番の解決法を提示され、カイザンは顔を陰らせ、俯いたままそれを口にする。すると、レーミアはそれに怒りを返す。
「男がそんな弱々しい声音で何かを誓うのはやめなさいっ。そんな保険混じりな言動ばっかりだから、あなたはここに来てるんじゃないの?どうしたいのかしっかり自分で自分を理解しないとだめよ。決意と意志が共に揃わなければ、それは覚悟なんて言えないわ」
「っ....今の俺にはとことん身に染みる言葉だな。....逃げてばっかの俺もここに来て、ようやく変わったと思ってたけど、実際は何も変わってないんだな。....うん。よしっ、頑張らないといけないよな」
レーミアが獣種であることはさておき、自分に語りかけるような小声で囁くと、自分の中で何かに対して納得したのか、あるいはレーミアの言う覚悟を決めたのか、カイザンは意を決したようにあやふやな気持ちを虫けらかのように押し潰した。
すぐ前とは対照的に違い、確かな意志のある言葉と震えることのない決意を宿した瞳だ。
それを受け取り、レーミアは静かに表情を変え、優しい口元に薄笑いを、数分前の言動から別人のような年相応に可愛げのある微笑を浮かべた。
「ほら、できるじゃないの。お兄様ならそんな覚悟要らずで何でもできちゃうけど、やっぱり所詮はあなたってことね。....じゃあ、私は朗報を待つわね」
分かりやすく兄自慢をしてくることに関しては咎めはしないが、リュファイスには嫉妬ポイント1を貯めておく。
「....朗報を待つって言っても、さっきみたいな訪問時斬撃波ドッキリは心臓どころかいろいろ悪いから、成功した時には来ないってことでよろしく。....ダメだったら、また来ちゃうかもな」
「勇気付けるのが無意味なら、私は別にこの獅子剣を以ってして脅迫まがいなことをしても構わないのだけれど」
「それはまあ、勘弁だな。少なくとも、今の俺はさっきまでのうじうじしてた自分を馬鹿らしく思えるくらいには変わったんだぜ」
「そう、なら良かったんじゃない」
軽口で喋れるまでに気分も心構えも普段通りに戻ったように思えるかもしれないが、決意が緩んだわけではない。
それはレーミアはもちろん、カイザンだってしっかりわかっている。
「今日はほんとにありがとうな」
もはや部屋とはなんだというまでに廊下との境目をなくしたその場から出る前に、カイザンは振り返って感謝の気持ちをしっかりと言葉にする。昔から、謝罪と感謝と文句をちゃんと口にできる子だった。
そんなカイザンの性格が意外だったのか、レーミアは少し驚いた顔の後に当然のことだとでも言いたげに。
「頼られたから、それに応えただけだから。困った時は人を頼るもの、あなたの行動は常識的な正解だったわ。....あの娘も、そういうことに気付いてくれるといいんだけどね」
「まあ、アミネスと親友なんだ。そこら辺はきっと大丈夫だろうさ」
そう言い、互いに互いの想う少女を思い浮かべて、カイザンを部屋を後にしたのである....。
カイザン&アミネス
「まあ、何故か今回に引き継がれた前回の次回予告雑談を続けていくわけなんだけど。ってことでアミネス、魔力の属性とやらについての知識をご享受願いたい感じです」
「じゃあ、まずは身近なところでいうウィーちゃんの扱える三属性についてですかね」
「確か、魔法が使えない獣種だけど、多重血のもう片方の種族が魔法に適性があるから、って感じだったな」
「そうです。ウィーちゃんの場合は、体術に魔力を帯びるために、魔法というよりは武装化魔力の部類に入りますね」
「これまた初耳単語だが、なんとなくの意味はわかるし、続けてどうぞ」
「一つ目は、包み込む武器の威力などを[増幅]させる特性を持つ火属性。二つ目は、纏うことで地上で圧倒的な速度を出す[加速]の特性を持つ雷属性。最後が、圧縮させることで驚異的な硬度にもなる[硬化]の特性を持つ水属性。...って感じです」
「おっとと、あんまり長くなりすぎるのもあれだな。...じゃあ次回、最暇の第四十四話「再開の日」...あれでまだ魔力に上があるって、伸びしろやばいな」




