第三十三話 死神の罠
「........貴様は、誰だ?」
先制の機を逃しながらも、そう問うたルギリアス。
飛び出した後ろ姿の急な問いに後方で頭を傾げるカイザン。
・・・ルギのやつ、急にどうし.....。
目の前の事態に対し、考察を広げようとした頭にふと浮かんでくるのは、細かく抱いていた疑問の数々だ。
確かに、今になって冷静に考えてみれば、ラーダの行動にはいくつかの不審な点があった。
当初の目的が交渉にあったのなら、何故あのような暴動を犯したのか。結果的に自分の種族が判明されてしまう結果になったのはある程度予想できたはずだ。
そして、何故カイザンの前に現れたのか。ラーダはかなり前からルギリアスの居場所とその接近に気付いていた。殺意など放っていなかったカイザンすら待ち伏せできていたのだから、それこそ最高権力者たるリュファイスを直接狙うことすらできたはずだ。
ラーダの目的は一体。その答えはすぐに分かる。
「やっと気付いたか。所詮、知能のないただの獣という事だな」
失望を残して、目の前の死神はラーダではなくなっていく。
纏われた魔力が徐々に剥がれ落ち、真っ白な外套がただの布服に、長く印象的な黒髪が薄緑色の短髪に変わる。
そして現れたのは、形が他とは違う獣耳をした獣種だった。
・・・っ、その見た目って、まさか。
今、カイザンたちの目の前にいるこの獣種。名を、レオン。確か、カメレオンが基となった獣種。
ラーダだったはずの姿が、一瞬にしてレオンへと戻った。
リュファイスから聞いた話では、死神種は洗脳系統以外の魔法を得意としていない、と。故に、こんなことをラーダができるはずがない。
つまり、これはレオン自身の何らかの能力ということになる。
.....一度、ウィバーナから聞いたことがあった。
獣種の優秀な人材は稀に、生まれた時から獣身の異能と呼ばれる、基となった生物が関係するような力を持っているのだと。
・・・基なった生物がカメレオンってことなら、ラーダの洗脳で身を被させられてたってことか!!
カイザンが導き出した答え。それよりも早く、ルギリアスもまた気付いていた。
「貴様は......っづ!!」
現れた姿にルギリアスが目を剥き、怒りを差し向けた直後、獣領を濃密な殺意が席巻した。
圧倒的に悪意を抱いたそれに、カイザンも心を縛られる。一ヶ月前に受けたエイメルの警戒や怒りによる殺意とは違う、本物の殺人の意志。
押し潰されそうな程の圧に歯を噛むのはルギリアスも同様のこと。
だが、慣れはある。感覚的に圧力の抜け道を探し出し、殺意の発現地点を視界に移そうと、上半身を傾けさせるために足掻く。
感情増幅の効果もあり、恐怖に囚われたように体が無意識に震える。動きが極限まで制限された殺意の重圧よりも遥かに重い。それでも意志は強く、抗いの果てに目を向けた。
獣種の特殊能力[強調五感]が任意の単位箇所で発動。視力が制限から解放されたように極限まで強化される。
方向は東の刻限塔。その天辺。凝視した先には、先程まで目の前にあった姿が、悠然とこちらを見下ろしていた。
ルギリアスは既に、全てを理解し終えている。
そこから予想できるラーダの目的。考えられるのは一つしかない。
「まさかっ、ウィバーナを一人にさせるのが狙いかッ!!」
歯茎が見えそうな程に大声で怒鳴るルギリアス。
それに応えるように、ラーダは嘲笑を浮かべた。
「次に会う時、異端の娘が生きているといいな」
その一言と笑みだけを残し、洗脳が解けたのか、レオンが気を失って倒れる。
「くっ」
狂気的な笑みを前に、ルギリアスはすぐさまその場から走り出す。目指すは、ラーダが映る刻限塔。
「おいっ、置いてくなよっ」
四足歩行でもしそうな勢いで飛び出し、あっという間に姿の見えなくなる姿に完全に置いて行かれたカイザン。
反射的に言い放ってしまったが、ルギリアスの考察が正しければ、今頃ウィバーナが本物のラーダと対峙している可能性がある。このままカイザンが追いかけても、獣種二人の戦闘の邪魔になる可能性が高い。
とりあえず、ルギリアスに任せて大丈夫だろう。
となると、カイザンにできるのはこの現場の後処理ぐらい。
そう思い、広場中心の噴水前を見つめる。そこには、気を失って倒れたままのレオンが。
「.......洗脳、解けてるよね?」
某推理漫画から考えれば、眠ってからが本領発揮。安易に背中を向けてしまうのは危険なはず。
と思いつつも、このまま普通にしていても何も起こらないことは明白。何が起こるか分かっていながら後ろを向かないといけないという現実。
・・・........つらっ。
仕方がない。向くしかない。
すっと深呼吸をして、数秒間心構えを整えてからゆっけりと踵を返してみると、
「らあっっ!!」
「やっぱり、来るよな。獣種レオンっ」
振り向きをほぼ二回同時に行ったためにターン的な行動をしてみれば、護身用か何かの短剣を握りしめたレオンがよく分からない掛け声で襲いかかってきていた。
・・・こうなることは想定済み。となったら、もちろん準備してるよなっ。
ターンの終わり際、カイザンが背中で隠していた右手を差し出す。淡い光を灯したそれは、既に条件を満たした状態にある。
だから、後はただ叫べばいいだけのこと。
・・・俺の代名詞にしては、なんか使うのが久しぶりだな!!
「[データ改ざん]っ!!」
久しぶりに放ったにも関わらず、命中率は完璧に良好。光の着弾地点は飛び込んだレオンの着地地点とぴったり重なる場所。
この夜、ここで魔力を使ってしまったことに後悔を抱く件について、今のカイザンは知る由も無い。
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気絶したレオン・置いて行かれたカイザン。二人になど目もくれず、ルギリアスは走り続ける。
暗い夜道こそ、彼ら狼がもっとも得意とする狩場。それでありながら、ルギリアスの中に安泰など生まれない。危惧するべき事態はさらにその先、守らなければならないものにある。
「なんだっ!?」
強調五感が遠方で起こった爆発音を感知。それが何であるのか分からず、答えの返されない問いをこぼす。
不安が色を増し、加速するルギリアス。
広い大通り、狭い路地。あらゆるルートを駆使して、刻限塔の方向に向かう中、ウィバーナの気配がその真下で止まっていることに気付いた。
数十秒後、一つの路地に差し掛かり、急ブレーキをかける。
そこに、
「ウィバーっぐっっっ...」
ウィバーナの気配を感じた路地裏を見つけ、その名を叫ぼうとした時、隙間風のようにそこから出ていた風が猛威となって吹き荒れた。
圧倒的な威圧に似た重圧。横から圧され、足先がどんどんと後ろへと下がっていき、地面と面しているはずの足裏が簡単に剥がされた。
踏ん張りの効かない状況となってしまえば、あとはただ後方の壁面へと吹き飛ばされるだけ。
凄まじい衝撃のまま叩き付けられ、苦痛を声にならない叫びで発する。
壁から落とされて膝を着き、最悪の展開を予想してしまう。
それであって欲しくないと願うのに、本能は何もかもが手遅れであると通告する。
今、目の前の路地裏で大量の負傷を抱えた少女が、種の門を開放してしまったのだと....。
アミネス&ウィバーナ +a パターン1
「ねぇーねぇー、アミちゃん」
「ん?...どうしたの、ウィーちゃん」
「わたしさ、たくさん頑張った後にゃのに、また頑張ることににゃりそうじゃにゃい?今から気合が入っちゃうよねー」
「へぇ、凄いじゃん。ウィーちゃんがたくさん頑張るってことは、カイザンさんは何もできないんだね」
「ねぇー、最強種族にゃのにさ」
「そうなんだよ。カイザンさんは基本、私が居ないとなーんにもできない人だからさ」
「にゃら、最強種族はアミちゃんにゃんだね」
「そうなるね。でも、ウィーちゃんの方がもーっと強いから、獣種が最強種族だと思うよ」
「えっ、ホント?やったぁー、わたしが最強だぁー。...じゃあ、カイザンが最下位ってことにゃんだね」
「まったくもってその通りだもん」
「....あの、さっきからさあ。反論を入れさせない仲の良いどうしのそう言った話は、一番被害を受けてる子の居ない所でしてくれないかな?」
「んじゃ、次回は最暇の第三十四話「獅子の獣乱」...ったく、リュファイス然り、ルギの教育はどうなってんだか」




