第三十二話 悪意の意図
それは、死神種ラーダがルギリアスとカイザンと対峙する前のこと。
獣領に再び舞い降りる前、数時間は遡るだろう。
彼らが組織する[光衛団]本拠地、その一室で二人は再会した。
「あ、ラーダ、久しぶりじゃないか。前の緊急会議以来じゃない」
「.......挨拶は不要だ。まず要件を話せ、ハル」
その者は、光衛団幹部[十字光の武衛団]
No.エイス 服従種 ハル=カテーナ。
振り返らず、そのうえ仲間に対してやや高圧的な口調のラーダは、まるでイラ付いているようにそう問い質した。
殺意も込められているのだろう。空気が凍り付いたように色を変えた気がする。
しかし、ハルには一切気にする様子はない。臆することはなく、慣れた様子で答える。
「...あなたにしては珍しく時間をかけているってのを聞いたからね。それを疑問と興味に思って今こうなってるの。要件はお分かり?」
答えから予想できる要件の内容に、ラーダは顔を顰める。ハルからすれば顰蹙を買った覚えなどないが、彼からすれば、ただの嫌味な問いでしかない。
その嫌味とは、任務終了が遅いなどという馬鹿にされている意味とは違い、ラーダの思惑に興味を持とうとしているところにある。
ハルが直接的に興味を持てばその後自分にとって悪い事になるのは、幹部としての長い付き合いの中で既に経験済みだ。
だからこそ、真意を知られないためにも偽りを吐く。振り返り、変わらない瞳の色を向けて。
「下等な獣とは言え、領一つを落とすんだ。それなりの時間と策略が必要となるのは当たり前のことだろう」
「なら、リーダーはどうして、あなた一人を指名したのかしら?」
間髪入れずに、次が問われた。
何かを探る標的がラーダからそれ以外へと移された訳だが、安心できる訳でもない。
「領を潰せとの任務は今までのからはあまり類を見ない特殊なもの。あなたの言う通り、たかだか獣ごときでも、それ相応の戦略は必要。リーダーもそう考えるでしょうね。....なら尚更のこと。どうして、あなた一人だけなのかしら?」
この任務には、もともと三人が要員とされていた。
しかし、先日の下見から帰ったラーダが、リーダーに単独での実行を頼み込んだ。その要員の中にハルが入っていた事は、報告前の時点でラーダ単独での任務とされたため、本人は知らされていないはずだ。
それなのに、この違和感。リーダーの名前まで出されては、いよいよ危険な状態と言える。
ハルを睨んだまま、ラーダは沈黙となり、不穏な空気で息苦しい程の圧力が二者間で衝突し合う。
その中でも、元のままの表情を崩さないハル。
時間経過はたったの数秒。体感で言えば数分。重すぎる静寂に嫌気が差したのか、ハルが諦めたように小さくため息を吐く。そして、手のひらを前へ。
「............隠し事はやっぱり、こう聞き出すものね」
小さく、耳を澄ました分だけ聞こえる程度にそう呟いた。
直後、手のひらに溜められていた魔力に色が与えられ、狭い空間内で風の流れが急速に変化。収束するようにまとまっていき、凄まじい風圧を伴う塊となる。
その魔法、その瞳。そこに宿るものは、
「同じに組織に属する仲間に対し、そこまでに純粋な殺意を向けられるとはな」
ただただ純粋な殺意。
深く濃く、どこにも終わりの見えない闇を有するそれ。
服従種の特殊能力は、主人自体がそうでなければ意味を持たない。彼女はそれを体現する。
ハルのそれは狂気と同等。ラーダとて、容易に対処が可能なものではない。
風魔法の特性は[斬傷]。故に、刄で迎え撃つ。
真正面に風と対峙するラーダが、どこからか現れた曲刄の柄を握る。それは死神が持つにはあまりにも似合う、漆黒の鎌。その手の魔力に与えられた色は純粋過ぎる程の黒を宿す闇属性魔力。
風と闇。どちらも強者であり狂者。またも二人は沈黙の中で殺意を向け合う。
誰も近付けない感情で塗り潰された空間が形成されて、中心地点で当たり前のよう静寂が発生する。
それを始めたのも、作ったのも、そして、破るのも。同じ人物によって。
「........まったく」
先に言葉を発したのは、ハルの方だった。
飽きやすい性格という訳でないはずの彼女が一対一の状況で相手から退く選択を選ぶ事は珍しい.....否、事の理由はそこではない。
言葉と同時に風の塊を握って、魔力へと還元。そのまま手の内に戻していく。
殺意が徐々に薄くなり、それを確認次第、ラーダも曲刄を収める。
「この長い廊下の真ん中で、こんな邪魔が入るなんて思わなかったわ」
二人が何事もなかったかのように元の状態になると、ハルが不満そうにこぼし、続く廊下の先を見やる。
すると、薄暗い廊下の暗闇から出てくる姿があった。
「...すぅ〜......お邪魔呼ばわりは心外ね。私はただ、こう言いに来ただけよ。みんなの通行の場である廊下で殺意とか向け合わないでもらえる?って。...すぅ〜...あんまり酷いと、お酒が不味くなるじゃない。...すぅ〜......それとも、私が飲んでいるのを知っての行動きゃひら?....ひっくぅ」
廊下でやけにしゃっくりを響かせながら現れたその者は、ハルの発言に対して不満げに口を尖らせつつ、ゆっくりと二人の明るさの届く視界内へと歩み寄る。
片手に酒がギリギリにまで注がれたジョッキを持ち、そこから伸びる管を目で追うと、行き着くのその背中に背負う大樽があった。
そんな彼女もまた、光衛団幹部の一翼である。
No.シックス 泥酔種ユーナ=ハツネリア。
言葉を途中で切っては酒を飲むを繰り返し、その顔色はどんどんと赤くなっていく。
「ひっくぅ........もぉ、なぁにを黙ってるんぅ?しゃっしゃと私の質問に答えなしゃいよぉ〜」
急激に酔いがまわったのか、口調がすっかり変わってしまい、足元も少しおぼつかない。重心を安定させようと踏み込んだ瞬間、とつてもない音ともに床が破裂する。
それが当然だとでも思っているのか、ユーナはなんの反応もせずにそのまま、黙り込んでしまっている二人に近付いて行く。
面倒な乱入者。この状況でそこに居座るような性格ではないラーダは、その場から逃げるように踵を返す。
「あら、行っちゃうの?私との話はまだ終わってないのだけれど」
追及はまだだとでも言いたげに、ラーダの逃亡を拒むハル。
「ユーナが酔うと面倒だ。故に、俺はもう行く」
「.....それもそうね。....じゃあ、この件に関してはまた今度にさせてもらうわ」
振り向く様子のないラーダの後ろ姿を見て諦めたのか、ハルもまた踵を返す。それを音で感じ取り、止めた歩みを再び進めていく。
「....あへぇ?ふひゃりは.....?ひっくぅ」
この場を解散に導いてくれたユーナの動揺は軽く無視し、ラーダは小さく息を吐く。
彼女が本当に厄介な存在であると、会う度に思わざるを得ないラーダ。
それが彼女、服従種 ハル=カテーナという者。
「ねぇ、最後に聞かせてくれない?」
去り際、ハルらしくない優しい声音で呼び止められた。
「なんだ?」
ちょっとした動揺も挟みつつ、いつも通りの返しをする。
それを受け、意図不明の微笑みの後に語った。
「ずっと楽しそうな顔をしてるわね。面白い標的でも見つけたのかしら?」
いつだって、ハルの推論は事実と等しいもの。
その最後の問いで、ラーダは無意識の笑みを浮かべていたことにようやく気付いたのだった。
全てはあの、多重血に対するものであろう.....。
次回予告雑談 ハル&ユーナ
「ちょっと、ハル。聞いてくれてる?」
「もちろんよ、素面のあなたが発する言語はまともだもの」
「ん?...それって、どういう意味かしら?」
「日常からあんな、度の高いお酒に手を出しているから悪いのよ。特殊能力を使えばいいものを」
「前にそうしたわよ。でも、その状態だと座った椅子も、寄り掛かった壁も全部壊れちゃうからリーダーに怒られたのよ」
「なら、飲む事自体をやめればいい話でしょう」
「嫌よっ。お酒は私にとって生命の源泉と言っても過言じゃないのよ。....それに、故郷を忘れたくないから」
「.....はぁ、どうしてあんたはその性格でこう辛気臭い雰囲気を作るのかしらね」
「くっぷぅ。あはぁ、ぐふふぅ。いぇーい、おはみーあ☀️」
「なんでそんな急に酔えるのよ」
「次回、最暇の第三十三話「死神の罠」.....ラーダが獣領を何をしているのか、私も気になるところね」




