表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(有名無実の)最強種族は暇潰しを求める!!  作者: フリータイム
第一章 獣領の騒乱 編
33/50

第二十八話 目覚めし意志〜穢れし者〜


 ウィバーナの異質さ、それは恐怖とも捉えられてしまう程のものだ。


 安全地帯から戦場を見守り、ウィバーナの帰還で助けられたはずのカイザンも抜いた剣を収められずにいる。隣に居るアミネスもそれに気付いてる。何も言ってこないのは、自分もそういう気持ちだからか、一切の疑問もなく無条件でウィバーナを信じているのか。一番可能性があることとしては、カイザンを無視しているとか。


 ウィバーナがこちらには敵意は向けず、レンディにその全てを注いでることは武の素人たるカイザンにだってもちろん分かっている。それでも収めない、否、収められない理由は、彼女に対して抱く感情によるものなのは間違いない。


ーーーーーーー震えが、ただただ震えが止まらないだけのこと。


 剣を抜いた右手、鞘を握る左手、辛うじて立っているだけの両足。あまりに震えが止まらないので、我ながら笑みがこぼれる。


 この状況を端的に説明するならば、


・・・俺、十四の女の子を怖がってんだよな。


 それを、隠したいがために引きつったような笑みをつくってしまう。

 今のウィバーナが内に纏う気配にか弱い心が恐れをなしている。獣種の本能的なもののようだ。


「アミネス、頼みがあるんだけど」


 どうにもならないことにおいて、何でもアミネスに頼ろうとするのは、領主になって以来のカイザンの弱みであり、一種の強みでもある。


 いつもより真剣味のある深い声音に、パートナーは反応してくれた。


「何ですか?」


 今回だけは、嫌そうという訳ではなく、仕方ないなと言った感じの声音。


 パートナーとしてスゴく安心感がある。だから、頼りたくなるのがアミネスのぱーとなー、カイザンである。


「目、覚ましたいから、殴ってくれないか?」

「はい、では。[クリエイト]」

「えっちょぶふっ」


 描かれたのはタライ。描いたのはアミネス。実体化したのはタライ。落ちてきたのもタライ。落とされたのはカイザン。落としたのはアミネス。殴ってと頼んだカイザンのパートナーは、タライを落としたアミネス。


・・・眠気覚しにタライ落としなんて、昭和臭が強い。魔力を絞り出してでもパイ噴射をしてほしかった。ていうか、もう平成終わってるし。


 というか、前々から用意していたような早さだった。実際、用意しているんだろうけど。....いや、そんな話じゃなかった。


・・・華麗なる、じゃなくて、可憐な女の子殴りを期待したけど、どっちにしろ覚めたからいいや。


 何をされようと、アミネスなら結局許してしまうカイザン。

 人を改ざんする前に、まずパートナー関係を改善するべきだろうに。....結果的に良い方向に行くのだから、カイザン的にはこのままでもいいだろうと考えている。


 変わらず、このままで。


「じゃあ、やるか」


 不必要となった剣を鞘に収め、アミネスが吐いたのを軽く超えるくらいに空気を吸い込んで、


「ウィバーナーーーっ!!」


 意味そのままに広い広場で、ちっぽけな男の声が響く。名の本人に届けとの思いで。


「むん?」


 聞いたことのない反応の仕方で振り向いてくる。新鮮さの薄れない可愛いやつだ。

 この場面、この状況で、カイザンがかけてやる言葉。信じてるとかは違う。少しでも信じられなくなった時、それが負けになるから。

 だか、、確信をさせてもらうんだ。そのための、彼女からの確約が欲しい。


「絶対に、何が何でも何をどうしてどうやっても何をしてでも何を賭してでも何かとりあえず何か適当に.....負けんじゃねぇぞっ。俺らの首がかかってっからな」


 まとまらないまま発言した事はさておき、伝えたいことは伝えた。返しに期待するだけ。


「にゃにの中身がよくわかんにゃいけど、アミちゃんのは保証するよ。カイザンのはわからにゃいから」

「にゃんだとっ!!」


 護衛の公私混合問題に釣られた猫人語で怒りを挟みつつ、頼り甲斐のある背中を向けてくれるウィバーナには早くも感謝の念でいっぱいだ。


 結局、カイザンに向けての確約は下りなかったものの、一つの確信は得れた訳でもある。


 さっき、カイザンの大声で集まった注目は一つだけだった。最初からずっと、領民が皆全く反応を示していない。

 彼らも洗脳されている。操るまでには深くはなくとも、周囲に洗脳が空気的に汚染されている訳だ。


 側から見れば、健気な少女が勇敢にも立ち向かおうとしている光景。洗脳された彼らにとっては、正当な決闘にでも見えているのだろうか?


「そろそろ、いい頃じゃにゃい?」


 ウィバーナが上から目線で告げた相手は、視線の先で仁王立ちのレンディ。意識を集中させて、獣種の再生力を活性化。浅い傷のほとんどが綺麗な肌へと戻っていく。


「わざわざ待つとはな、貴様の考えが分からない」


 レンディの言う通り、ウィバーナは待っていたのだ。その辺り、今のウィバーナの余裕さが滲み出ている。

 それとも、変身中に攻撃したらアカン的な暗黙の了解が?


・・・そうなると、守衛五人でそれぞれの色を担当する必要があるな。


 丁度、[五神最将]なんてのもあるんだし、団員のやる気向上に繋がるかも。な訳ないが。


「獣種の誇りは大事にしろって、リーダーが言ってたから。正々堂々と戦いたいって言ってるの」


・・・さっき、思いっきり不意打ち仕掛けたの誰だよ。君だよね。


 空気を読んで誰も言葉にしてツッコミを入れようとしないので、さすがにカイザンも心の中に留めておく。言葉にしていたら、みんなに引かれていただろう。


・・・高校時代なら入れてたな。


 昔のカイザン情報はどうでもいいとして。

 ウィバーナの言った正々堂々。レンディが治癒をある程度施した今、その状況は成された。


「もう一度差しで打ちのめせば、絶望に堕ちてくれるのだろうか」

「試した方が早いよ。....来にゃよ、また」


 ウィバーナはレンディの回復を待った。それでも、この場は平等とは言えない。

 獣種が本来行えない魔力を変換するウィバーナと洗脳により力を得たレンディ。一見してとも思えるが、数秒前、彼はその条件下の中で圧倒的に勝利してみせた。


「でも、今のウィバーナなら」


・・・それとなく、オーラ的なのが勝ってるんじゃないか?


 カイザンに見えているオーラは錯覚か何かって事で。


 ウィバーナの見せたハンデ行動に対し、レンディは顰めっ面のまま戦闘態勢に入る。そして獰猛にも、怒りを発源として叫ぶ。


「俺は高位なる種族。たかだか獣に敗北も屈服も、あり得んのだァーーーーーーーッ!!」


 震激する咆哮と同時、強く蹴られた地に大きな亀裂が生じ、それだけで地割れ的な破壊が発生する。


 前に飛び込む跳躍で距離を詰め、大きな一歩目の着地後に果てしない加速力で駆け出す。獣の遺伝子が持つ身体能力、少しある距離なんて話にならない。

 拳撃が人域を超えた速度で、濃密な悪意と殺意で放たれる。


 込められた感情を察するのも一瞬のこと。臆する必要はない。

 迫るレンディに合わせて、ウィバーナの華奢な腕が突き出される。振りかぶった分と接近の勢いを上乗せしたうえに獣化された拳に対して、ただ前に出されただけの拳。想定外にも、衝突した両者は互角にもお互いを弾き、激しい反発で離れ合う。


 二者間にできた明確な距離。互いに崩れた体勢の中で、より速く攻撃に転じられるのは、雷からの加護を身に宿すウィバーナだ。

 レンディの攻防、敵の牙城へ一気に攻め込む。


 体勢を立て直すより、拳を引く事を優先したレンディ。ウィバーナが突っ込んでくるのは分かっている。


 対してウィバーナ。軽快な走りでの接近は、ヒトの視界では捕らえることのできない圧倒的な速さによるもの。

 低い姿勢で間合いを詰めて、あらゆる判断をさせる前に速攻で一発。後手の有利さが本来とは別の形で発揮される。


 目の前でレンディが腕を引くのが見えた。構えからして、ストレートが放たれる。だが、恐るることはない。

 先の衝突でどちらが威力にして有利であるかは証明された。このまま自らも拳を突き出せばいい。受けるダメージよりも、与えるダメージの方が大きい。それにこの身この拳には雷がある。


 至近距離でウィバーナが振り上げた拳がレンディの顔面を雷速で撃ち抜く.....が、


「一度失敗したことをもう一度するのか。学習しない獣め」


 後ろに足を下げて体勢を整えたレンディは、ウィバーナを右肩から押さえて攻撃を受け流したまま、耳元で語りかける。またも精神面での威圧を行う。


 そして、放たれるはずだったレンディの腕は、掴んだウィバーナの肩を自身に寄せて引く。間髪入れず、下腹に膝を刺す。

 先刻、ウィバーナがトリマキに向けたように、みぞおちを狙ったもの。

 それだけじゃない。今まで上半身のみでほとんどを行ってきたレンディ。意表を突くのもこいつのやり方だと理解した。


 なら、ウィバーナもまた自分のやり方で。本当に学んでいないんのがどちらであるか、知らしめてやる。


 確かに、一度は失敗した。あの時、ウィバーナは反撃を受けた。....でも、直撃は受けていない。


「なっ」


 レンディの強烈な膝突きに水の盾に覆われた手を添えるだけで完全防御とした。

 なにっ!?とポーカーフェイス越しに仰天するレンディに対し、余裕の笑みのまま笑ってしまうのを必死に堪えながらのウィバーナ。予想通りの結果と言った表情。


 この状況にレンディの余裕さに綻びが生じ、水の盾が弾け飛んだ。

 学習じゃない。彼女ら獣種は、肉体から本能で学び、それを魂に刻み込む種族。レンディだって、洗脳さえされていなければ、威力はともかく、相手の防御を掻い潜ることぐらい難しいことではなかったはず。


「ちっ」


 小さく舌打ちが聞こえ、掴んだ肩を前へと放し、その空いた距離の中で、代わりと言わんばかりに刺した膝を伸ばして蹴り上げ対応。

 今の体勢であれば、ウィバーナは攻撃に移れない。それを踏まえて、攻めを選択した。


 水の盾の範囲から考えて、蹴り上げられれば防御の意味はない。ここでウィバーナが選ぶのは、回避の一択。


 伸ばした足先で地面を蹴り込み、同時に両足を地面と平行に開く。加えて、膝に添えていた手のひらを押して、反作用により体を浮かす。


 レンディを利用した見事なまでの新体操。百四十度曲げられた蹴りを百八十度の開脚で避けた。軽やか過ぎる戦いぶり。


・・・ジャンプのT字開脚とか生で観るの初めてだわ。


 常人では再現不可能の戦闘に心から拍手を。もはや大曲芸大会。


 そうしている間にも、当たり前に戦況は動き続ける。


 回避から浮いたままのウィバーナ。このままでは着地後にまた攻撃を受けてしまう。

 分かっているのなら、今からどうとでもできる。ウィバーナならそれができる。


「っ」


 蹴り上げの体勢を直すため、即座に足を下げるレンディ。次なる攻撃へと繋げる。

 その寸前で隙を突いたウィバーナの蹴りが頰を直撃、低空で器用に脚を操作しての跳び蹴り。衝撃の余韻が脳を掻き乱す。


 決定的攻撃、かつ隙を突いたもの。

 しかし、この攻撃。レンディならば対処は容易であった。それでも対処をしなかったのは、


「にゃっ」


 弾かれた頰のすぐ横にある脚を掴まれ、無造作に振り回され、投げられた。

 予想できた反撃だ。攻撃を優先したが故に、ウィバーナ側の対処はない。


 このまま投げられる、地へと叩きつけられる。

 そう思って諦めるまでがただの守衛団団員。今戦っているのは、ウィバーナだ。[五神最将]の若き天才、現役の団員。

 投げられても、受け身を取って跳ね上がり、綺麗な着地を決める。得点はかなり高い。


 レンディの行った上記の行動。

 普通なら少女の脚を許可なく触るなんて、ただの猥褻行為に他ならない。あまつさえ、不要と言わんばかりにすぐに投げ捨てた。きっと、洗脳が解けたら次の日の始めに十代の女の子から避けられる日々を送ることになるだろう。


 着地先で猥褻犯に背を向けるウィバーナ。懲りもせずに音もなく背後から近づいて来るのが分かる。

 獣種に死角はない。特殊能力[強調五感]、五感だけでレンディの位置の完全感知が可能。


 卓越した獣種の才能なら、目を閉じていても五メートルの範囲内に存在する者の動きすらも完璧に理解できるとか。目を開けていても同様に。


 レンディの拳は凄まじい威力のまま接近している。普通じゃ、間に合わない速さ。距離からして不可避。


 普通じゃなく、ウィバーナは雷を纏う。表現的に稲光の如く、踵を返して瞬時に振り向く。その様は、一コマで画面が切り替わったよう。


 振り向きと同時進行で脚を斜め上に振り上げる。圧倒的な速さと驚きの股開き。スカートじゃなくて本当に良かったと思う。もし、そうであったら、レンディの猥褻行為が重なる。


 雷速に放たれたにも関わらず、狙った顔は既に首が傾けられていて掠りもしないのは承知の上。牽制も踏まえ、二段攻撃でやり返す。振り上げた脚でのかかと落とし。レンディを追いかけるように斜め方向に。


 数コンマ秒後に頭蓋を砕かれようとしたレンディは、右半身に重心を置いて軽くターン。避けられた踵が再び地を豪快に割って、一帯を軽く揺らす。

 レンディのターンで一般と違う点は、回転後に手刀を構えるあたり。獣種はロー・ブロウをしない主義。力に頼るのみの刀は、水平の軌道を描いて一閃。


 剣に似た斬撃も、ウィバーナにとって大した脅威とはならない。....なんて、傲岸不遜な物言いはできず、回避行動を取るのは当たり前。


 即座に膝を折ってリンボー体勢で手のひらを見送るも、前方から追加と思しきロー・キックが接近中。両足で地を弾んで、素早い後転で間を空けると、それを利用した踏み込みで跳び上がり、攻撃モーション中の無防備な顔面に一撃を叩き込む。その後、つま先から跳ねるように後方へ跳んでいく。


 息切れ一つせずに一連の動作を成し遂げたウィバーナ。

 窮地を脱した気分で、額の汗を拭う仕草をする余裕さも健在。


「......に、逃げるのか?」


 息を切らした状態で、離れた位置に居るウィバーナにそう問うのはレンディ。彼に余裕さは微塵も残っちゃいない。

 背中を押したら四つん這いにでもなりそうな。


「距離を空けただけだよ。それにしても、スゴく疲れてるね。それに大怪我、私そんにゃに攻撃してにゃいのにね」


 憎たらしいけど邪気のないその疑問はあながち間違ってはいない。

 ウィバーナの言う通り、レンディの身体中には大量の傷がある。殴ったりしただけではつきようのない、怪我の数々。まるで、体内から血が溢れ出たような肌の裂け方。

 レンディがこうも憔悴し、傷だらけにある理由は、ウィバーナが強くなっているからではない。


「....そろそろ、限界か」


 深い洗脳を長く続けた場合、洗脳された側には体内で異常が生じるもの。どこまでも洗脳者が悪意を持った魔法。


「ぶふっ」


 遂には吐血した。

 口を抑え、絶えず流れ続けようとするそれの不快感に耐えきれず、初めて膝を着く。

 それが引き金となって、負傷部位の残傷から次々と流血して、止まることなくただひたすらに。

 無数の流血箇所を二つの手で止血するのは至難の技、それだけの傷が醜くも露わとなっている。


 これ程ともなれば、洗脳者にも何らかの影響があるだろう。

 それでも、彼には彼なりの、種としてのプライドがある。レンディごときの肉体を崩壊させようとも。


「こんな体では限界が。......もういい、貴様らも手伝え」


 怒鳴り一つで命令。実行までのラグはほぼゼロ。

 言葉一つで魂が勝手に体を動かす彼らにとって、もはや個性なんてものは形をなくしている。全く同じ動きで構え、集団行動的に散開を始める。


 レンディが手伝えと命令した者たちは、場外に控えさせられていたトリマキたち。


 しばらくの休憩が与えられていた事で、焼け焦げようとしていたはずの肌は既に元の色を取り戻しつつある。再生力が古い肌の角質でも落としているのだろうか、なんと美容に特化した種族か。


「にゃー、正々堂々と戦おうよっ」


 レンディとは、本当の意味でも相対する存在。血を吐くレンディに対し、疲れを顔に出さず、元気全開で不満を口にするウィバーナ。

 どちらが生き残るかなんて簡単に判断できる状況で、レンディは諦めず、ウィバーナもまたそれに応える。


 普通に戦闘を行える程度まで回復しているトリマキたち、レンディから与えられた力の効能は凄まじいものだ。


 しかし、借り物の力を治癒だけに注いだのなら、今のウィバーナにとっては何の脅威にすらならない。


 ウィバーナが始めに見せたあの回転蹴りは相当な魔力を消費していたことはカイザンにだって分かる。


 魔力残量は少ない。そんな理由なしでも、今のウィバーナならトリマキごとき純粋な体術のみで事足りる。


 笑みのまま駆け出したウィバーナ、姿勢を低くした超速体勢で、雷の助けを必要とせず地を蹴り続けて加速を重ねる。

 急速に接近から、勢いを上乗せした膝蹴りでトリマキの顔面を突く。目を覆う骨を潰した。必然的に関節のまま曲げられたその足を伸ばすとともに、足先の触れる鎖骨部分を蹴って後ろに高く跳ぶ。跳んだ先に他のトリマキが待っているのは、獣種なら分かって当然のこと。


 空中で華麗に仰け反って身を回す。体捌きを利用して、着地点を自由に操作。降りた先のトリマキの肩にそれぞれの足を置き、広場を見渡す。


 足首を掴まれる前に跳躍なしでの前宙を行い、その過程の中で目前に映るトリマキの下顎目掛けて拳を入れる。それに回転の要素が加わったことで、強烈なアッパーとなって放たれた。何かが砕ける音。

 しゃがみ込みながら着地したウィバーナは、その体勢を利用して瞬時に踏み込みから駆け出し、そのまま他のトリマキへと突っ込んでいく。容赦が無くなったのか、骨を確実に砕いて戦闘不能とするのをただ繰り返す。


 防御・回避・反撃、彼らの戦闘において与えられた三要素、ある種でのアルゴリズムが機能を無くし、空間を自在に利用して戦うウィバーナが彼らを翻弄し始めたことは確か。


 動きの細部から、一つ一つの行動が今までとは一線を隔す程に、呼吸や一挙手一投足に至るまでのものが玉の瑕を許さない完璧さで繰り出され続ける。

 攻撃の威力、防御の硬さ、行動速度。魔法によって一要素を強化するのではなく、彼女本来の戦闘技術だけを発揮することが隙のない完璧なものとなっているのだ。


 ....一方で、レンディが自由となる時間は、酷く短いものとなった。


「使えない雑魚どもが」


 元のタイマンに戻り、数秒の時間で残る魔力を治療に注いでいたレンディが怒りと悔しさで歯を噛む。

 見れば、全身の傷はしっかりと浅く、場所によっては軽傷の数々が塞がっている。差しと言っておきながら、何と卑怯なことか。


 その汚れた自尊心も、体内で侵され、蝕まれている。


 治療のために時間を作ろうと、周囲洗脳を再開させた。それはレンディを経由して行われた洗脳。つまり、負荷は全てレンディが負うもの。


 獣ごときの再生力で、高位に属する魔法の副作用に対抗できる筈がない。


「がああああああああああっ」


 レンディが発狂して、止血した表皮から血が再噴射する。

 ただの発狂も本能的なもの。すぐに正気へと戻る。治癒に注いだ魔力は既に底を尽いた。また洗脳者から魔力を借りようとすれば、体にさらなる悪影響が出る。


「なんと脆弱で貧弱な肉体だ。下位の獣は黙って洗脳されることもできないのか」


 負のループに気付き、怒りを獣種に、下等なる種族へと。こいつは最初から、いつまでも獣種をバカにする。


 種の自尊心を貶すことは許されない行為だ。

 レンディの言葉を借りるなら、身を以てして証明してやる。獣種は他種族が思い浮かべる程に下等でないことを。今のウィバーナが、守衛の責務を果たそうとしていることを。


 ここにいる[五神最将]団員が、獣種の、獣領の代表となって微塵の強がりなく宣言してやる。

 この領に汚れた存在など不要、ここで'わたし'が渡してやるんだ。


 魂が汚染されて心を失ってしまった醜い獣に生きる理由も、助かる権利もない。...洗脳が解けたとしても、彼らに存在価値はない。


 ただの領民には生きる義務があり、守られる権利だってある。そして、ウィバーナに与えられた義務は、


「私の名は、ウィバーにゃ・フェリオル。[五神最将]の団員にして、フェリオルの家名を持つ者。この領の不届き者を処する者である」


 まさか自分の名前まで「にゃ」ににゃるとは驚きだ。

 その驚き以上にこの宣言は、相手に威嚇する役割以上の効果を持つ。


「私が、おまえに引導を渡す」


 その言葉は、その引導は誰に向けられ、渡されたものなのか。

 正面で満身創痍にあるレンディと、どこかでレンディを操っている洗脳者か。


 どちらにせよ、この戦いの終幕を告げることに変わりはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ