第二十一話 猫耳少女ウィバーナ〜少女の夢〜
それから五日が経った頃
毎度の事だが、獣領の布団は本当に寝心地がいい。昼寝気分でも気付いたら朝になっているタイプの心地良さだ。魔の布団と名付けつつも、毎晩の愛用は欠かせない。
獣種が動物から取られたものを使っているのを想像すると何だが面白いが、実際、動物の肉だって普通に食べているし、何らおかしいことはないはずだ。
この枕が愛用とはいえ、カイザンにはこの布団が何の動物の毛を使っているかなんて知らないし、季節的にはそろそろ暑くなってしまうので、いずれ近くにお別れが待っている。
この時期、東大陸の季節は春の中旬。朝がほんのりと暖かく、起きるまではもっと寝ていたい思う感情が激しく駆り立てられる。
さて、今日も今日とて、一つの要素を除いて爽やかな朝だ。
空は青く、一つの喧騒を除いてとても晴れやかで、静かな朝だ。
ああ、一つの邪魔を除いてなんて気持ちのいい朝なのだろうか。
結論としては、今日はこのまま、ゆっくりと寝て過ごしたいと思う。
しかしながら、残念なことに今朝はやらないといけないことが一つある。やらねばこちらがやられるのだから、今すぐに起き上がって叫ばなければならない。
ほら、耳を澄ませば、空気がどんどんと吸われていく音が聞こえる。本来ならここは、空気中の酸素が肺へと供給されていく生命の音だ。と表現したいところだが、これは単なる呼吸という生命活動ではないため、その表現は適していない。
今、カイザンの眠る部屋の外、そこで行われようとしているのは、それとは全く違うものだから。
「すぅ〜、おっは」
「もう起きてるから、すぐ行きまぁぁああああああああずーーーーーっ!!」
ウィバーナが一番力を込める瞬間、それに合わせて、カイザンもまた叫んだ。
最近なんとなく思い始めたのだが、大声で無理やり起こされるよりも、自分で大声を出して無理やり起きた方が無理やりの中ではダントツに起きやすいと気付いた。
・・・つっても、眠いには眠いけどな。まあ、体を動かせばなんとかなるしー。
「んじゃまあ、今の俺の迷惑騒音肩代わりでアミネスも起きただろうし、俺もさっさと行きますか。というか、すぐ行かないとウィバーナ来るし...」
「よんだーーー?」
「呼んでないから来ないでっ!! 今から着替えるから、というか脱ぎかけだから!!」
一瞬本当に来てないかと心配になったが、さすがにそこら辺のマナー的なのは心得ている模様。
・・・ルギリアスから教育済みってとこだろうな。毎朝俺を遠くから監視する眼といい、ウィバーナが護衛役に決まった後の裏もめといい、女神領で言うミルヴァーニと一緒だな。.....いつか喧嘩売られそうな予感。
転移要員に任命された外交司官ミルヴァーニとの決闘は、アミネスの存在があったから上手くいっただけ。
さすがに敵意と真っ向から戦い合うのは不利なので、今考えたことは忘れておくことにしよう。
「よし、じゃあ、アミネス呼んで出るか....」
「独り言くらい心で済ませたらどうですか」
「だああああああっ!!」
早速着替えようと惰性的に漏らした言葉。
思わぬ返答が返ってきて、我ながらとんでもない悲鳴を上げてしまった。
「なんですか、急に驚いたような反応をして」
すっと部屋に入ってきて悪びれなく言うその様子。
「.....分かってて言うなよ.......勝手に部屋に入るあたり、お前は女神領で例えてもアミネスのままだな」
女神領では、カイザンの部屋にノックもなしに入室するのが当たり前のアミネス。何もする気はないが、自室では変なこともできない緊張感があったのを思い出す。
特にルーティーンのないカイザンに着替えの順番などないが、危うく下から脱ぐとこだったので本当に危なかった。
さすがにアミネスだって、カイザンが脱ぎ始めたら退くだろうけど。
「何おかしなこと言っているんですか。それより、ウィーちゃんが待っているので、急いでください」
「なら、早く出てってくれよ。てか、早起きは感心だが、俺の部屋に寄る必要ないだろ」
すると、アミネスは微かに欠伸を漏らした。
「意識が完全に起きていた訳ではなかったので、私もウィーちゃんに起こしてもらおうと思いまして」
「今回はウィバーナじゃなくて俺に起こされた訳だけどな。てか、何気にお前もうるさい認定してんじゃねぇか」
「窓、開いてますよ」
「もっもちろんっ、良い目覚ましボイスっていうか、なんていうか、賑やかになるっていうか、なんとかだよなっ」
意味的にはどれも「うるさい」に当てはまるが、もしもウィバーナに聞こえても、きっと褒め言葉として受け取りそうだから大丈夫だろう。
まだ部屋に居座ろうとするアミネスを「しっしっ」とおい出し、いつもと同じを服を着始める。
カイザンが着ているこの服は、女神領で作ってもらったもので、デザインはもちろんカイザン好み、汚れも勝手に落とし、臭い問題すら魔力が込められた特殊な繊維によって分解してしまうため、洗う必要が特にない超有能な服だ。
・・・よく考えたら、これ獣領で売ったら大儲け出来そうな。
「女神領の技術を他領地に流そうなんて、正気の領主とは考えられませんね。暇とかなんとかで既に正気にはないんでしょうけど」
ふといつも通りの指摘が飛んできたので、とっさに後ろを振り向き言葉を返そうとしたが、そこにアミネスはいなかった。当然だ、その声は扉の向こうからのものなのだから。
ここで一つ、カイザンは恐ろしい事実に気付いてしまった。
「扉越しにも読めるなんて知りたくなかった...」
読心術に対して新たな危険を感じつつ、カイザンは今日も年下女子二人とともに出かけるのである。
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遊びからの帰り道はいつものようにアミネスは鋭かった。
「昨日、武具屋からの帰りに言ったじゃないですか。まさか、もう忘れたんですか?たった一日ですよ、むしろ何時間前の話ですよ」
「若干、煽り入ってないか?........あー、そうだったけか。ごめん、普通に忘れてた」
「いいんですよ、別にっ。気にしないでください。代わりに私が気にするので」
「それ言われて気にしない俺ってマズくないか?」
あれだけ遊んだ後の調子と思えない坦々口調で言ってくるアミネスには毎度のこと感服の至れり。
現在、既に夕方近くまで時が進んでいる。
withウィバーナ生活か始まってからもう五日も経った。こんなにも獣領は楽しい場所で溢れているのかと、毎日そう思うほどに充実しまくっている。
正直な気持ち、このまま日々が過ぎていくほうが一番良い。このまま、何も起きず、ウィバーナが護衛として動く日が来ないで欲しい。そう思っている。
「あっ、もうこんな時間。続きは明日にしようか」
相変わらず前に少し距離を置いて歩いているアミネスが、隣のウィバーナと後ろのカイザンに向けて刻限塔を見上げながら言った。
・・・ほんとだ、もうこんな.......いや、数字も読めないけどたぶん、5時くらいだよな、長針的に。....退学した訳じゃない元高校生な俺としてはもっと遊んでたいんだけどなー。
宿に帰ってもスマホがない現状、一人で部屋にいる時に何をすればいいのかよく分からない。
商業区で遊んだ日には、何かないかと思って遊び道具を探すとかもあったが、どう考えても飼い主がペットと遊ぶようなものばかりだった。
・・・旅での暇潰しを決意してこうなってんだから、これくらいの事は許容しないといけないかな。
すっとため息を吐いて、それだけで不満終了。
そうして、宿への一歩を踏み出そうとした時、
「あっ、待って!!」
早くも宿の方向に体を向けていたカイザンとアミネスを声だけで止めたウィバーナ。
大声で呼び止めるのならもう少し距離を空けてからにするべきだと思う。
「ん、何か忘れもの?」
突然の行動に驚きつつも、すぐに状況を理解して優しく問いかけるアミネス。
すると、ウィバーナはワクワクを抑えきれないかのように、もぞもぞと身をゆすりながら答えた。
「前にね、帰り道に面白そうにゃもの見つけたから、そこに行きたい、行きたい、行きたいの!!急がにゃいと間に合わにゃいかもにゃんだけど、すっごく綺麗にゃ景色だから」
・・・その提案に対する断り方を俺は知らないんだが。
アミネスと同い年、十四歳と聞いているが、相変わらず言動が歳よりもかなり若い。
逆に、そこら辺がアミネスとを繋ぐものがあるのだろうか。
「じゃあ、カイザンさんも行きますよ」
「へっ?....俺もう、帰りたいんだけど」
・・・良い景色が待ってるとこと言えば、登り下りが大変な高台の上って相場が決まってるんだよ。
少し夜になるくらいまで遊びたいとは思う一方、無駄に疲れる真似はしたくない。カイザンは鬼をするよりも、逃げたい派なのだ。
「でしたら、別にカイザンさんは来なくてもいいですよ。護衛のウィーちゃんから自主的に離れたいならどうぞ」
「それ言うと完全な振りになるだろうが、俺が一人になったら襲われる未来へのさあ。.....分かったよ、俺も行けばいいんだろ」
・・・...このパターン何回目だよ。いい加減学べよな、俺。
「そうですよ。どうせその結論に至るんですから、素直に「はい」って言えばいいんです」
アミネスが言うとまったくもって全てが正論に聞こえてくるのは何故だろう。
とはいえ、一言くらいは抗っておかないと...。
「男にはなあ、使い所のない小さなプライドってもんがあるんだよ....」
「使わないならそこら辺に捨てておいてくださいよ」
「いや、これは捨て所も無くてだね。つまりは」
「にゃぁあああああ、そういうの良いからはやくしてえーーーーーー。はやくはやく、夕陽が落ちる前がいいのっ!!」
「「ご、ごめんにゃさいっ」」
もはやウィバーナへの猫いじりとも思える「にゃ語」謝罪を揃ってお届けし、堪らず走り出してしまった後ろ姿を慌てて追いかけるのであった...。
・・・って。えっ、マジで止まってくれないの。ちょっ....。
ウィバーナの性格だ。一度走り始めたら後ろを振り返らなさそう。
カイザンよりも早くその結論にたどり着いていたアミネスは、ため息一つ吐かずに走り始めていた。先程の謝罪への真摯な対応だろうか。
それはともかく、アミネスは意外にもしっかりと走れていることに驚きを隠せない。
・・・物造りのインドア種族って思ってたのに。...って、俺だけ置いていかれないっ!?
一方でカイザン。ここ最近、というか転生してからはほぼ毎日が休日。ウィバーナとの生活が始まってからは、貯めておいた闘技場の賞金を使っていたので、本当に運動はしていない。
体を動かす事に気持ちいいとかの感覚はもともと持ってないタイプ故に、獣種の元気さに置いていかれるのは毎回のことだ。
・・・いや、俺の感覚って割とまともだと思うんだが。
異世界に来てからどんどんと自分の常識が怪しくなってくる中、数分と経たずに目的地に到着した。
着くまではずっと全力疾走かと思い、最初は絶望感に浸りながら走ったものだが、意外にもウィバーナが足を止めた場所は近かった。
何故なら、目的地はそこではなく、目の前の.....。
「はぁ、はぁ。........こっこれはぁ」
息切れしながら目を向けた先、その視線は徐々に昇っていき、最終的に見上げたのはその真上であった。
ウィバーナの目的地、それは地獄の上り階段を登り切った頂点にあるのだから。
「いやいや、これはさすがになー。.....よし、俺はこの件から降りさせてもらうぞ」
・・・ぱっと見でも刻限塔並みに高いじゃねぇか。
こんな建物があることに気付いていなかった自分への驚きもあったが、周りを見た感じ、どうやらここは刻限塔のすぐ横に併設されたものらしい。
何にせよ、登る気なんて一切しない。
「えぇー、にゃんでー。もうすぐじゃーーん」
「走ることより、登っていく方が断然辛いんだよっ」
「にゃら、跳んで行こうよ。ぴょーん、ぴょーんって。わたしがお手本見せるからさ」
「獣種の跳躍力舐めんなっ!!」
・・・邪気が無いから許すけども、アミネスだったら許 してるからな。...俺は許す、基本。
....仕方がない、いつものことだと思う他ない。こういう事に関しては、カイザンの折れというのはとても早いのだ。
愚痴は程々にして、せっかく着いてもウィバーナが求めるものに間に合わなかったパターンは嫌なので、仕方なく登り始める。
もちろん、アミネスはウィバーナに抱っこをされてだ。
一方で、ウィバーナは先ほどの発言を有言実行。本人にその気はなくても、カイザンに見せつけるようにアミネスを抱えてぴょんぴょんと上は登っていく姿をじっと見送り、時間差でため息が漏れる。
「種族とかで考えたら、俺が一番重労働させられてるんだが....」
いっそのことクライムしてやろう、との強行には出ず、大人しく登って二人を追う。長い階段に手すりがなかったあたり、獣種にバカにされている気分がして、俄然やる気が沸き上がった。
「こうなったら、俺の底力とことん見せてやる。誰も見てくれてないけどなっ!!」
早く休みたい一心の行動には、もはやウィバーナが期待している景色とかはもうどうでもよくなっていた。
・・・結構、時間が経った気がする。
........軽く五十段は超えただろうか。
一段一段、獣種仕様なのかかなり高く設定されていて、予想以上に体力を持っていかれた。
それでも、意地があるからには最後までは頑張る。この気骨だけは認めてもらいたい。
というか、登り始める瞬間はアミネスに見られていた気がするから、もし諦めようものなら、登り切ろうとしたけど途中で諦めた事が分かってしまう訳だ。
こうなっては、登りきらねばならないのだ。
・・・まあ、見られてなくても、アミネスなら心読んで一発なんだけどな。
登り始めからは随分とスローペースになった自分の体力のなさはさておき、ようやく階段も終わろうとしていた。
「.....あっ、見えた」
階段を登りきった先、カイザンの目の前に広がったのは、目映くも儚い夕焼けが照らす獣領だった。
巨壁に囲まれた獣領は、この世界に太陽が二つ存在している時点で決して暗い訳ではないが、朝の日差しや夕焼けはなかなか観ることができない。
女神領でもこれと言ってあまり部屋から動かなかったカイザン。双子のような太陽が別方角から照らし合うその幻想的な光景に心を奪われてしまうのも当然だ。
・・・ちょー綺麗じゃねえかよ、おいっ。
当然ながらこれは怒号ではなく歓喜によるものだ。
恍惚の表情を浮かべ、絶景に引き寄せられるまま足を進めると、建てられた腰ほどの塀にぶつかった。
危うく落ちそうになるのをなんとか堪えて、そこに手をかける。横を見ると、同じくアミネスもそうしていた。ウィバーナに至っては、真下が何十メートルというのに塀の上で平気に前のめりに腰をかける強者だったことは、もうスルーしておく。
三人はそのまま、赤みがかった獣領を静かに一望していた。
そんな中、沈みつつある夕陽を眺めていると、寂しさの感情の中で、獣種は自然と仲間本能を強くする。誰かと何かを共有したいと、そう強く願う。
「わたしね、どうしても叶えたい....ううん、叶えにゃいといけにゃい夢があるの」
ふとこぼしたその一言に、隣のアミネスはふけっていた感慨から解放される。
見れば、ウィバーナはどこか悲しそうな顔をしていた。見間違えか、気付くとその表情に悲しげな色は無く、アミネスはそれを気にせずに続きを問う。
「それって、目標とか、そういうの?」
「うん、そんにゃ感じ」
自分から話をしておいては、随分と端的な返しに心では驚きつつも、親友の立ち位置を信じてみる。
「私に教えてくれたりするの?」
「....うん、本当は恥ずかしいんだけど、アミちゃんにゃらいいよ」
「という訳なので、カイザンさんは何キロか離れてくださいね。声が少しでも聞こえたり、読唇術関係で視認したりした時点でアウトです」
予め答えが分かっていたアミネスの返しはとても早い。むしろ清々しいまでの対応に、
「何キロってそれ、遠回しに用済みだから一人で下まで降りてろって事だよな。結局、付いて来なくても変わんねぇじゃんかよ、俺は先に宿に帰る!!そして、寝る!!明日への筋肉痛と今日の感動を引きずってなっ!!」
「うるさいです」
「はい」
終始、勢いの中にもしょんぼりさを隠し切れなかったカイザンは、最終的に大人しく階段を降りて行った。何かを求めるようにちょくちょく振り向きはしたが...。
本当に降りて行ったようなので、アミネスはウィバーナへと向き直る。相変わらず、夕日を見つめた表情は変わっていない。
「行ったみたい。...もう私しか聞いてないからいいよ」
「うん。......ところでさ、アミちゃんに聞きたいんだけど。その....二人はさ、あの女神領から来たんだよね」
「そうだよ。カイザンさんはあんなでも、一応は女神領の新領主さんだからね」
「ってことは、見たんだよね。領の外で暮らしている人間型の人たちを....」
・・・やっぱりか....。ウィーちゃんが見ていたのは、あの夕陽じゃなくて、獣領の外だったんだね。
獣領は巨大な壁に囲まれている。それでも、刻限塔などの一部の建造物は、頂上まで登ることでその外をほんの少しではあるが地形上の関係で眺めることできるのだ。
ウィバーナに問われ、アミネスも巨壁の外を見つめてみる。獣種のような超視力でない限り、視覚だけで詳しく読み取ることは不可能だが、そこに点々として見える彼らだけはわかった。
「うん、獣人型の人たちと違って、領の外にある畑地帯で稲作を行わなければならない人たちになら、もちろん会ってきたよ。.....種の出来損ないとされる彼ら、人間型にね」
最後の一言、何かを思い出したように声が重くなるアミネス。
獣領に到着した頃、カイザンとアミネスはまず、畑地帯に居たアニマルのお爺さんからその形態についての話を聞いた。奇しくもそれは、一番の悲しい重荷を背負うアニマルの者から聞かされたもの。
魔力を魔法に変換する能力を持たない獣種は、何千年もの歴史の中で下位の種族とされてきた。しかし、種としての誇りはどの種族も同等に持ち合わせているもの。獣種とて同様にだ。
その種として種の力を持たない者は出来損ない。領地によっては、隔離や差別化がされて当然の存在。
女神領にはその文化が無かったが故に、その文化に対する違和感を感じざるを得ないが、それは他者からして異常と捉えられてもおかしくはないだろう。
しかし、今、目の前にいる少女は、ウィバーナは違うのだ。
「わたしは、アニマルの人たちも領の中に住ませてあげたいの」
生まれにして十四年、ウィバーナは今、歴史に抗うその夢を唱えた。
この何千年、誰も成し遂げず、為そうともしなかったことを。誰一人、願うことも、信じることすらしなかったそれを。
「だって、可哀想だもん。獣種はみんにゃ大きにゃ家族にゃのに、大きにゃ壁の中と外で違うにゃんておかしい。おかしいに決まってるよ!!」
ウィバーナの言っていることは、人の倫理観においては至極真っ当な意見であり、反論が無差別に邪論とされる正論だ。
しかし、ウィバーナが本当にそれを望むというのなら、アミネスは親友としてその倫理を問う。
種族の中でも間でも、人の価値観の全てが等しく、正しい訳ではない。価値観が違うからこそ、人々は他者の感情に気付き、その違いの中での互いを平等とする正しき世界を模索し、見出すもの。
ならば、本来馴れ合う事のない外の者たちに自分の価値観を押し付けるその行為は、果たして本当に正当なものなのだろうか。
そう思うアミネス。
親友に問うことだけじゃない。ウィバーナのその意志に対して、自然と否定的な意見が出てきた。
未だに視線を壁の方へ向けるウィバーナに、アミネスは真剣な顔を向け、その正論に対し、この領の正論をぶつける。
「ビーストは壁の内側に在り、アニマルは壁の外に生きる。この歴史は何千年も前からのもの。ウィーちゃんたちビーストの居場所がここにあるように、アニマルの人たちにも、生きるための使命があって、大切な居場所だってあるんだよ」
他領地の正論を言ったウィバーナからすれば、アミネスのこの言葉は理解ができないかもしれない。
ウィバーナはあの巨壁を、他種族の攻撃から守るためのものではなく、人種隔離の壁と認識し、外の同族に対して、とても哀れで不憫な存在として生きるのだと、そう決め付けている。
そもそも、ウィバーナはアニマルの人々を領の中に住ませたいと言った。それはつまり、それを唱えるウィバーナですら、無意識に壁の中だけを獣領として判断しているのだ。
それがもし真意ならば、そうだとしたら、単に哀れみの感情だけで壁の中へと招き入れようとしているこれこそ、相手の気持ちを無視したただの自己満足だ。
「わかってるよ。だから、だからね。外のアニマルたちと、わたしたちをつにゃぐ必要があると思うの。そのために、わたしはあの壁をにゃくすって決めたの。そうすればね、みんにゃが一緒に居られるんだよ!!」
両手を大きく広げて、視界に映る領の巨壁の大きさを表す。
とても大きく、壮大で、何千年の歴史を背負うもの。
それを無くす意味、それが分かっていても尚、ウィバーナは語っている。
その言葉たちが、どの感情から放たれているものなのか分からない。理解ができない。
故に、アミネスは続ける。
「アニマルはビーストに、ビーストはアニマルに。それぞれが大きな劣等感と優越感を抱えてる。その二つの均衡が互いに無干渉で在れたのは、あの壁があったからなんじゃないの?そうだとしても、ウィーちゃんはあの壁が無くなることを望むの?」
「.....」
夢を意気揚々と語り、共感し合いたいようものなら、とても残酷な事を聞いていると思う。アミネスにも自覚はある。親友のため、その一言の免罪符では自分を正当化できない事もまた、理解している。それだけの理由や感情だけでないことも、当然理解している。
でも、ここでウィバーナの理想と願いを、ただただ肯定するだけのことも、アミネスには許せない。
故に、問う。
何故にそこまで、種が共に在ることを望むのか。
その問いを受け、ウィバーナは少し顔を伏せてしまう。
「....わたしだって、知ってるよ。...でもね、この世界にはたくさんの種族がいて、わた.......みんにゃは獣種っていう同じ種族でうまれた。たくさんのにゃかで、一緒ににゃれた。....にゃのに、そこでも分かれちゃうにゃんてダメだよ。....わたしは、アニマルの人たちとも仲良くにゃりたいし、ビーストのみんにゃにも仲良くにゃってほしいの。だって......種族って、そういうことでしょ」
この言葉を、どう受け取るべきか。
儚くも夢を語る少女、その心からの思い。
....違う、そうじゃない。そう受け取っちゃいけない。
単なる押し付け、自分の願いを正当化させようと他者を巻き込むだけの要求で、見通しも甘く、確実性も確証もない。実に幼稚な考えだ。
そんな考えで、領を変えることなんてできるはずがない。
「ほとんどの獣種からする獣領は、あの巨壁の中のこと。アニマルの人たちの全部を、自種の誇りの外側、自分達とは関係のない他種族として認識する人たちもいるはずだよ」
紋章が種族を表したとしても、同族として彼らを扱う者が何人と居るだろうか。リュファイスたち王族の者たちが差別を望む以上、直属の守衛団[五神最将]の団員もそうなのだろう。
力有る者は誰も、協力しようとはしない。誰も望むことはない。誰一人、ウィバーナが望むような馴れ合いなど......。
「でも........でもね、わたしは信じたいの」
ウィバーナは頑なに、それを望み続ける。
だって、否定なんかできない。それを否定することなんて、あり得ない。
アミネスが言うように、壁の外に生きる者たちを他種族と見なすのなら、確証なんかなくても、確かな事実ある。
「....だって、わたしとアミちゃんは友達ににゃれたから」
恥ずかしみなんてなかった。ウィバーナに限って、そんな感情はなく、素直な気持ちのまま放たれた一言。
思わず目を見開くアミネス。視線の先、伏せられていたはずのウィバーナ顔はこちらを向き、表情に一切の曇りが無かった。
言い返せないアミネスに、ウィバーナは続ける。
「それに、カイザンは女神領の領主ににゃって、アミちゃんとぱーとにゃーっていうのににゃってるんでしょ。二人で旅に出てたんでしょ」
カイザンは確かに、異種でありながら女神領の領主となり、そこにまた異種でありながら暮らしていたアミネスと共に旅をしている。
「わたしの言ってることは間違ってにゃいよ。みんにゃ本当はにゃか良くでにるのに、あの壁が、その歴史があるから、にゃか良くしようとしにゃいんだよ。だから、わたしが今からを変えちゃえばいいのっ」
事実だけを見れば、確かにウィバーナの言っていることは間違っていない。
だが、中身を見ればどうだろう。
女神領の決闘における規則、エイメルに助けられた恩から付き従っていたアミネスの引き継ぎ、なんちゃってぱーとなー。
否定のしようなんて、いくらでもある。
しかし、止まらず言葉を続けるウィバーナに、アミネスはそれらを言葉にできない。
「だからねっ。わたし、もっと強くにゃって獣領のみんにゃから認められたいの。これから、守衛団の団員としてたくさん頑張って、リーダーにはごめんだけど、いつかわたしも団長ににゃって、そして、種王にもにゃって。みんにゃを守るために、みんにゃから認められる存在ににゃりたい。.....わたしが、この領を変えたいのっ!!」
どんどんと声音が強くなっていく。
割って入ることなんてできない程に、溜められたウィバーナの想いが込められている。
最後を強く言い切って、再度息を深く吸う。
そして、
「わたしの言葉で、みんにゃに変わってもらいたいのっ!!」
下にいるであろうカイザンにも届きそうな声量で言い放ち、いっそ清々しい表情を浮かべるウィバーナ。
何も返せないアミネス。
不思議に思って見れば、何と返そうか戸惑うアミネスの視線見つけて、ウィバーナはすっと塀に足を掛けて、軽い動きで回転してアミネスの横に立つ。
すると、照れ臭いような顔で向き合った。
「わたしの夢はこんにゃ感じ。....応援、してくれるかにゃ?」
本当に、まだまだ小さな女の子だ。
箱入りな所でもあるのか、年齢よりもまだ幼い。
素直なままに、自分の夢を語った。
ただ、友達と夢を共有したい、応援してほしい、協力してほしい。そういう思いもまた、当然と含まれている。
「.....でも、私は」
それでも、アミネスは素直に肯定の意を示さない。
何かとの狭間で葛藤し、心意と疑念の中で悩み続けている。
「.....その夢が叶うなんて思えない。協力だって何もできない」
「どうして......。どうしてそんにゃに、わたしを応援してくれにゃいの!?」
ウィバーナには理解ができない。
まるで、アミネスの行為は、ウィバーナが信じていた今までのものを否定しているようだ。自分だけが、アミネスと仲良くなれたと、親友になれたのだと錯覚していたとでも言いたげに思えてしまう。
....とっくのとうに、ウィバーナの悲しそうな顔は見えている。それでも尚、アミネスも止まれない。
「.... だって、私は[ネビアス]の出身だから。あそこの歴史を知ってるからこそ、私は....」
「ネビアス....」
アミネスの言った、ネビアスという場所。
単なる種族の領地ではなく、それは、東大陸に属する多種族共和制領地のことだ。
「ネビアスって、あのたくさんの種族が一緒に住んでるっていう?」
「うん、そうだよ。四大陸のそれぞれに存在する、他種族同士が協力して造り上げた、多種族のための領地。....酷い歴史を紡ぎ上げたあの領地で、わたしは生まれたの」
多くの種族が共に暮らすその領地。同じ領民として、そこに住む者たちには他種族への区別も差別も、概念的には存在していない。
でも、それを言われた所での話だ。ウィバーナからすれば、それは何の共通点も因果関係もないこと。その領地での中の出来事なんて、知ったこっちゃない。
「それが、にゃんだって言うのっ!?アミちゃんが応援できにゃい理由にゃんてどこにも...」
「それは....。ネビアスや他の共和制領地ができて、そこにたくさんの種族が暮らすまでには何千年もの時が流れたように、この領地にも、アニマルとビーストを分かつ歴史が何千年も紡がれて今日がある。....ウィーちゃんは、それを覆す程の力が自分にあるって、本当に思ってるの?」
アミネスの核心を突く問いに、ウィバーナは言葉を失ってしまう。
そこまでの事を問うアミネス、そうすることでウィバーナからの問いを流したかった。
「獣種の誰もしなかった。たぶん、しようとすら思ってない。たまたまとかなんじゃなくて、何千年の事実なんだよ。....した人がいたとしても、今があるってことは、成し遂げられなかったってことだし。結局の所、ウィーちゃんもその一人で....」
そこまで言いかけて、会話の主導権は奪われてしまった。他の誰でもない、目の前で胸を押さえる少女に。
「わたしは、ここに住むみんにゃとは違うの。だって.....わたしが獣種にゃのは、半分....だけだから」
「えっ....」
アミネスがこぼしたのは、驚きの感情によるのものでもあり、ある種での納得でもある。アミネスも、疑問には思っていた。ただ、無意識に考えないようにしていたのかもしれない。
本来、種の意志により色濃く刻まれて生まれるはずの紋章が、ウィバーナの場合、とても薄かったことに。
濃くあるべきものが薄色である。その原因として、今のところ解明されたのは三つ。
種としての意志や誇りが無い者や、記憶を喪失してしまった者。そしてもう一つが、他種族同士で子を生んだことによる、血を半分しか持たない多重血だ。
その事実がどれだけ重いのか、アミネスは知っている。
知っているから、知ってしまったから、動揺が激しさを増していく。
「ウィー、ちゃんが...」
「.....やっぱり、アミちゃんもそんにゃ反応しちゃうんだね。....だから、知られたくにゃかった。.....わたしは、どの種族からしても嫌われる半端にゃ存在。そう、言われたことがあるよ」
ふと口から漏れてしまった動揺に、ウィバーナは強く反応した。
種族にとって、自種に対する誇りは、常に高く持ち合わせていなければならないもの。
故に、多くの者たちは、その半端な存在に在る多重血を忌み嫌い、差別どころじゃないもっと果てしなく大きな谷をその関係に作り出し、無造作にも払い落としてしまう。
ウィバーナは一体、その小さな体にどれだけの苦しみを味わってきたのだろうか。
分からない。簡単に分かったなんて言っていいものじゃない。
「わたしは、みんにゃに、わたしっていう存在を認めてもらいたくて、許してほしくて、何度も何度も、いっぱいいっぱい頑張った」
許してほしいだなんて言わないでほしい。
ウィバーナがそう思うに至るまでの過程に、ウィバーナが悪だった事なんてないはずだ。
全て、身勝手で心のない者たちが仕組んだに過ぎない事。
ウィバーナがそれを背負う理由も意味も、そこにない。
「それにゃのに、全部全部否定されて。それでも、ここまでずっと諦めにゃいでたくさん考えて、たくさん悩んで、やっと最後まで頑張れる夢を見つけた。にゃのに.....」
それ以外に、頼れるものがなかったのだろうか。
誰にも相談せず、ずっと抱え込んだから、ひたすらそうする事しか出来なかったのだろう。
誰かに尽くすのではなく、誰かに許してもらうために。それがウィバーナの....。
「わたしの生きる理由まで否定しにゃいでよっ!!」
ウィバーナの叫びに、アミネスの心は震えた。
そして、ふとその姿に過去の自分を思い映してしまう。
女神領でずっと一人だった。
心細くて、寂しくて、ずっと、悲しかった。
そんな時、いつも助けてくれた誰かの面影が脳裏を過った。...記憶の空白にぶつかり、頭痛が走った。
脳内から意識が戻り、再びウィバーナと目が合う。
その目は.......泣いていた。感情のまま、抑えきれなかったのだろうか。
泣かせてしまったのは、自分だ。自分の言葉だ。
ウィバーナを試すように、言葉を続けた。
酷い事を言っている自覚はあったはずなのに、溢れるそれが止まってくれなかった。
・・・私はただ、自分の役目が誰にも果たせるものなんて思いたくなくて....。
思考が感情の矛盾に縛られて、今のアミネスはうまく言葉を出せない。一方で、ウィバーナは、言葉を続けていく。
「わたしはもう否定されたくにゃいの。わたしっていう存在をっ。だから、みんにゃに認めてもらうために、守衛団にも入った。みんにゃの為ににゃにかすれば、許してもらえると思った。....にゃのに、わたしを見る目は、変わらにゃい」
その言葉で、アミネスはこの五日間の違和感の正体にようやく気付いた。
いつも領民から向けられていた視線。その中にはカイザーに対する恐怖や怪訝さからのものではないものもあった。
あれはおそらく、ウィバーナを見る目だったのだろう。
そう思った途端、アミネスの胸の内でさっきまでは隠れていた感情が強く主張を始めた。
遅れて理解する。哀れんでいるんだ、ウィバーナのことを。.....いや、アミネスが哀れみ、同情しているのは、ウィバーナの瞳に映る自分自身。
自分の過去を、自分に課せられたものを、大切なはずの親友に無理やり押し付けている。本当に哀れなのには、自分自身だった。
「普通じゃないわたしは、ここにいる理由も、ここに生まれた存在も否定され続けて、それでも、やっと見つけた事にゃのっ」
言葉が続く度に、ウィバーナが自分と重なってしまってしょうがない。自分の今までと、重なり過ぎている。
しかし、同じ境遇で在ったとしても、これからの事が同じ結末を辿る訳ではない。
アミネスの果たすべき使命、それすら未知数でありながら、ウィバーナは多重血の身でそれを願う。
期待するだけ無意味な事だ。頑張りではどうにもならない世界がある。
......そうだとしても、
「わたしは、絶対に叶えてみせるの。多重血にゃんて関係にゃい、わたしは本当の獣種だって、絶対に認めてもらうからっ!!」
拳を握りしめ、口を大に叫ぶ。
それでもまだ、ウィバーナの言葉の全ては、まだアミネスに届き切っていない。たくさんの考えや感情が渦巻き、その道を閉ざしている。
言いたい事は全部言った。
後は、それを届けるんだ!!
「だから、だから。応援してよっ!! わたしの願いを、わたしを信じてっ!!アミちゃんっ!!」
ただ単に吐き捨てる訳ではなく、その言葉の中で一番の想いが込められたものだった。
「っ」
自分の名を呼ばれた。
決して聞き慣れたものではなく、まだ新鮮味の抜けない愛称だ。
他の誰でもない、ウィバーナが考えて、いつも親しげに呼んでくれるもの。
その名で呼ばれれば、響かないはずがない。
響いてしまえば、そこでそれはただの感情論の話になる。それもアミネスは理解していて、常に非常な言を繰り返した。
それなのに........
「ぁ」
涙が止まってくれない。
目の奥がだんだんと熱くなる。抑えようとしても、溢れんばかりのそれはすぐに頰を伝っていく。
....しばらくの沈黙の末、ゆっくりと口を開いた。
「....私とウィーちゃんとの間にあるものの感情だけで、私に何ができる訳でもないけど」
またも否定されたのかと、ウィバーナはそんな事を思わない。
ただじっと、ひたすらに真っ直ぐな瞳で続きを待つ。
「.....だけど、私はウィーちゃんの夢を信じてみるよ。ウィーちゃんが本気でそれを目指すなら、私は世界一番応援してみせるから」
時間を置いた事で、もうアミネスの瞳に涙の色はない。
その代わり、確かな約束と信頼による微笑みを向けた。
それは、ウィバーナが初めて見た一番のもの。
嬉しさが内から込み上げ、涙で固まってしまった頬がぽっと緩む。ここで笑顔を向けて返すためと、そう理解するまでもない。
「うんっ、ありがとう!!わたし、絶対に叶えてみせるからっ!!」
ウィバーナがアミネスの名を呼んだ時点で、この笑顔の結果は決まっていた。
アミネスが何故、あそこまでに否定を続けたのか。
何故、共和制領地の出身であることを隠していたのか。
アミネスにどんな考えや意志があり、それをどう納得させたのか、ウィバーナに分からない。
分かった所で、アミネスが応援してくれると言ってくれたことに変わりはない。
アミネスが何を隠し、偽ることに何の意味があったって、アミネスが親友であることに変わりはない。
それが変わる訳でもないなら、ウィバーナはこの先を考えようとしない。追及も詮索もだ。する必要がない。
だって、二人はこれから....。
「んっ」
笑顔を向け合う中で、その二人の間にウィバーナが手を差し出す。その手のひらの半面をアミネスに向けて。
「リュファイスとカイザンみたいに、わたしたちも」
ウィバーナが差し出した手のひらは、明らかに握手を求める出され方をしている。
そこから連想して、アミネスはウィバーナと初めて会った日のこと、会議室に突入した後のことを思い出す。
「.....あ、協力関係ってこと?」
「うんっ、それも友達のだよ」
元気な頷きが返ってきたので、アミネスはその手を取る。すると、ぎゅっと優しく握り返され、そのままもう片方の手で被された。
「....いつか、アミちゃんがわたしにもっと教えてくれて、アミちゃんのしにゃきゃいけにゃいこと、ぜーーーんぶ教えてくれる日が来たら、わたしたちは本当に心から信じ合える、そんにゃ関係ににゃれると思うの」
ウィバーナの発言には嘘がない。
感情すら偽らず、いつも素直な発言ばかりする娘だ。
別に、そこを否定する気も、ましてや馬鹿にする気なんてない。
「ウィーちゃん.....」
ただひたすらに、そんなウィバーナがそう言ってくれることが嬉しい。
.....でも、今は、今はまだ、アミネスはそれを話すことができない。
「まだ、私には時間がほしいの。たとえ、相手がウィーちゃんだとしても.....、ううん、ウィーちゃんだから、まだ全部を言うには待ってほしいの。...でも、必ず、いずれ全て教えるから」
「にゃら、わたしはにゃーんにも気にしにゃいよ。わたしはアミちゃんを信じてるからさ」
話せない理由も何も深くは聞いてこない。
普段なら質問の止まらないウィバーナが、そうしてくれた。
何だか、また涙が出そうになる。
でも、今は堪えて、言わないといけない。
「ありがとう」
本当なら、本来ならば、何も問わず、何もかも信じて、ウィバーナの夢を応援することが親友のするべきだった。
しかし、アミネスはそれを選ばなかった。選べなかったんじゃない、自分の意地を選んだだけのエゴに過ぎないのだ。
ずっと、ウィバーナの為に問うているのだと、自分を誤魔化していた。でも、気付いた今は、素直にウィバーナを信じ、信じなかった自分を謝罪できる。
「....ごめんね、いろいろ言っちゃって」
「んーん、気にしてにゃいよ。むしろ、やる気もりもりににゃったから」
その言葉にまた、嘘も偽りも存在していない。
ウィバーナはそういう娘だ。
「ならよかった。お互い、頑張ろうね」
アミネスが心からそう思えるまで、日は多く経たないだろう。
「もう、暗いし帰ろうか。今頃きっと、カイザンさんが宿で独り寂しく待ってるだろうし」
「そだね。....よし、アミちゃんはしっかり宿まで送り届けるよー」
「私ばかりじゃなくて、危ない時はカイザンさんも助けてね」
「もおー、わたしに任せてってばー」
それからの日々、特段語るべきようなことはない。
ただ、カイザンだけが一方的に置いていかれたような日々が.......二人の大切な思い出の日々がただ、進んでいっただけであった....。
カイザン&アミネス 帰宿後
「遅過ぎんだよ、帰ってくるのがなぁ。俺がどれだけ心待ちにしていたか、長文作文にてご紹介してやろうか?もちろん、日本語でな」
「その必死さがよく分かりません。ウィーちゃんとの話が長くなって遅くなっただけじゃないですか。というか、別に私は待ってくださいとか言ってないんですけど」
「パートナーと一緒に飯を食べないでどうするよ」
「どうもしませんよ。何でもぱーとなーを押し付けようとするのはやめてください。....というか、無事に帰れてたんですね」
「随分とまあ、今更の問いじゃねぇか。...んまあ、宿に入ろうとした時に、一瞬だけ変な視線を感じた気もするけどな」
「曖昧な情報程怖いものはないんですけど」
「俺の第六感とか期待しないでいいよ。自分で言ったが自信はないし」
「なら、言わないでくださいよ」
「次回、最暇の第二十二話「ふたつの意志」.....正論ごもっともだよ、まったく」




