第二十話 猫耳少女ウィバーナ 二日目
2日目
先に言っておくと、今日はシンプルに筋肉痛だ。
闘技場では避ける・殴る行為以外には特に体を動かさなかったから、完全になまりきっていた。
王城に向かうまではウィバーナもあのテンションながらしっかりと気を遣って走るペースは合わせてくれていたが、それでもペースは速い。
ちなみに言うと、アミネスはウィバーナにお姫様抱っこ状態で運んでもらっていたため、当然とスタミナ消費ゼロ。
家々の屋根の上を伝って走っていたから、それなりの注目はあっただろうが、性格からしてあまり気にしそうにない。
・・・話を戻してっと、俺は今ベッドの上でお休み中。今日はウィバーナの誘いを断ってゆっくり休もうかとも思っているところ。昨日注意したばっかりだし、さすがに今日は....。
「おっはよォーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
何かの警告音のような激しい挨拶が今日もカイザンの部屋にだけ響き渡った。
・・・なんでだよ、ってか昨日より言い切りが強いし。衝撃波すら感じたぞ、おい。
こうして、獣領での朝がまた繰り返された。
しかし、今日は筋肉痛と言う大義名分のある身。堂々と注意&お断りさせてもらわねば。
早く二度寝したい気持ちが逸り、軽快な動きで布団を飛び出したカイザンは、窓の外に顔を出す。
「うるさいってっ!!」
端的かつ直球に事を進める。
突然顔を出して急に大声を出すカイザンにびくっと反応するウィバーナ。自分の声の方が大きいだろうに。毎朝、自分の声で起きていたりするのだろうか?
・・・そんな事話すんじゃなくてー。
「昨日言ったばっかりなのに、なんでまたこっから呼んでんのっ!?中から直接ご挨拶するか、裏から呼ぶかしろって言ったよね。ねぇ、言ったよねっ!!」
我ながら誇らしいレベルで良い声が出たものだ。今度からこれで自分を覚ましたいと言ったら、アミネスは無言で軽蔑の視線とかを向けてくるのだろう。
・・・そんな事を考えるんじゃなくてー。
今はただ、ウィバーナの返答を待とう。
カイザンの追及にウィバーナは長らく沈黙を作った末に答えた。
「忘れてたーーーーっ」
「そんなに元気よく言う台詞じゃねぇよっ」
両手を上げて完全に忘れてたアピール。
元気だけで何でも乗り切れる教育でも受けてきたのだろうか?
...こうして、明日こそは普通に起きれると信じる事から今日は始まった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・・・結局、っていうか当然なんだけど、断れなかったな。
あの後、早起きに慣れているアミネスが先に下まで降りて、ウィバーナと合流して前回のような事件は未然に防がれた。
そのまま二人で遊びに言ってくれればいいものの、宿のロビーで談笑を続け、カイザンが降りて来るまで待っている作戦に出たため、仕方なくまた一緒に。
いつか獣種にも筋肉痛というものを分かって欲しい。むしろ、獣種の方がいざ筋肉痛になったら凄そうだ。
そんな事を考えながら、宿から出て日差しを浴びながら改めて体を伸ばしていると、ふと何かを感じて遠くに目をやる。
・・・やっぱり、今日もすげぇ感じるなー。
王城の方を観ながら、そんな事を口にするカイザン。
「何がですか?」
「いや、何でもないし、何にも言ってないはずだぞ」
未だに心の読みを認めてくれないアミネスには、大抵はこれを言えば黙らせられる事を最近学んだ。
面倒な時にだけ使う事を心掛けたい。毎回やってたら会話が無くなる。
「そうですか。.....ってことで、ウィーちゃん。今日はどこに行くのかな?」
カイザンの思惑通りか後に気付いてか、案外すんなりと受け入れたアミネスは、また走るのか?とばかりに準備運動をしているウィバーナにそう問う。
「んー、お店がいっぱいあるとこに行きたいかにゃー」
「商業区の事か。まあ、ここってほぼ商業区みたいなもんだし、近いから良いな」
「そういう判断基準なんですね」
「筋肉痛なんだよ。本当は宿で寝てたいんだけどねー」
そこは当然と軽くスルーされ、一行は朝からハイペースでその場所へと向かう。昨日と違い、王城よりは本当に距離が近いのでそこはあまり気にしない。
・・・いや、いくら筋肉痛でも気にさせてもらえないじゃん。
心で呟きながらも、置いていかれるのは悲しいので走るしかない。
相変わらず、悠々と走っていくウィバーナと、
・・・何故に急ぐんだよ。
お姫様抱っこされて優雅なアミネスと、
・・・獣種なら俺とアミネスを両肩に乗せて走るくらい簡単だろうに。
既に息を切らしながら愚痴り続けるカイザン。
信じられないが、この中で一番地位が高いのがカイザンである。
偉いのはアミネス。笑顔なのがウィバーナ。
・・・俺って何?
自問自答的問いの答えは出ないまま、いろいろな店が並ぶ商業区の入り口に到着した。
獣領の中心地近くで半円状に進んでいく一本の道。その両端に数えきれない程の大小様々な店が犇めき立ち、それ以上にこの場所は溢れかえる人々でとても窮屈な場所だ。
目の前に広がっている情報の数々を端的に換言にするならば、人がいっぱい。
その光景にウィバーナから、溜めに溜めた一言が発せられる。
「どぉーーーうーーーーしてーーーーーっ!!」
「そりゃそうだろうよ」
・・・ってか、毎回叫ぶ気か?沈黙入ったら一応耳は押さえる耐性が付与され始めたんだが。
後に全く意味のないスキルにスキルポイントを消費してしまった気分は置いておき、思いの外かなりしょんぼりしているウィバーナに少しばかり失望を感じざるを得ない。
ウィバーナが叫んだ理由としてはつまり、この混み具合だろう。遊ぶにしても、観光するにしても容易に溶け込めたものではない。
「商業区のど真ん中に遊びに行こうって、人混みの計算くらいしとけよな」
「わたしの今日の予定がぁわわわわわわわわ」
「カイザンさん、そんな言い方酷くありませんか?ウィーちゃんだって頑張って考えてくれたんですから、少しのミスぐらい許してあげましょうよ。カイザンさんは帝王だから、そんな人を傷付ける事しか言えないんですね」
「その発言、今まで俺がアミネスから言われた数々に当てはまる気がするんだが」
と、いつもの流れで返してみたものの。
アミネスの言う通り、こういう性格の子に今の発言は酷かったと反省。今更ながら、ウィバーナはよく考えてみれば天然だ。
久々に自分の過ちと愚かさを認めたカイザン。するとやる事は決まっている。
・・・仕方ねぇ。不本意だけど、このままつまんないのは雰囲気最悪だもんな。
諦めの念を込めてため息を吐くと、何歩か前に出てそっと空気を肺に貯める。こうした後は、一気に吐き出すものだ。
・・・なんせ今の俺ってのは、注目を集めるのが得意なもんでなっ。
何かを察したか、アミネスがとっさに両耳を塞ぐ。それに合わせてウィバーナも。
だから、思いっきり吐き出せる。
「最強種族の帝王様のお通りだぁーーーーっ!!」
空間が震えるレベルでの轟音を、カイザンはその口から解き放った。
久しぶりにこんなに大声を出したと思う。
それでも、ここで出した理由は、注目を引くためだ。
獣種と言っても、一般領民は基の獣の種類によって鼻があまり効かない者も多く、普段そこまで注目を浴びる機会もなかった。
だからだろう。当然ながら、カイザンが急にこんなことを叫んだら、民衆が危険を感じて逃げ出さない訳もなく....。
「「「「「「「「か、カカカカカ、カイザーーーーーだ ァッ!!」」」」」」」」
商業区に訪れていたビーストのおそらく全てが、口を震わせながらそう叫び返した。その中にはきっと、恐怖が詰められた悲鳴すら混ざっていてもおかしくはない。
ビーストたちは一斉に踏み出し、気付けば一瞬にして商業区は静かになった。
・・・誰がカイザーだこの野郎っ!!....って普段ならツッコむとこだが、ここは吞み込むとしようか。
すっと深呼吸しつつ、怒りを抑える。アミネス以外には日々全力でツッコミを入れているから、あまり慣れないものだ。
むしろ、よく考えたら日々、他者から帝王呼びをされている事実に虫唾が走りそうでたまらない。
「落ち着くまでには時間がかかりそうだな」
「そんなの知らないので、私たちは先に行きますねー」
「よおーし、行っちゃおうっ!!」
・・・俺の活躍だぞ、おい。
領民たちが走り叫び去り、怯える店々の店主しか居なくなった商店街の道をありがたみもなく歩いていく二人。
ウィバーナは何も知らずにアミネスに釣られて行動してそうなものだが、アミネスに至ってはいつも嫌がっていることを承知の上での行動なので悪意しか感じない。
こういうことに慣れて、何故かそれもまた日常だと思ってしまっている現状をとても怖く感じている今日この頃。
「まあ、いいか。こんなことは慣れてるし...あっ」
アミネス関連への心の対処が慣れで済まされようとしている現状にもまた、不満を抱くカイザンであった。




