第十八話 依頼が呼んだ出会い〜救援〜
「協力?...俺らにか」
アミネスと別れ、本会議室に入ったカイザンを待ち受けていたのは、獣人型[ビースト]が三名。予想通り、彼らが[五神最将]の団員。
リーダーであるルギリアスというビーストは、狼が基のようで、鋭い眼光で睨み付けている。狼ということで体格としてそこまで筋力を感じるものでないことから、やはり素早さが重視されているのだろう。
あとの二人は、蛇が基のスネイク、サイが基のツノークと、それぞれが基の動物に見合う体格だ。
そんな警戒しかできないメンバーの揃う部屋で、カイザンはリュファイスからとある協力を申し込まれていた。
「この領に、西大陸に君臨する光衛団の組員と思しき存在の目撃情報があったのさ。種の自尊心に反する発言ではあるが、僕ら獣種では到底対抗しきれない組織が何かを企んでいる。これは間違いなく、獣領にとっての大きな厄災と言えよう。...故にだ。彼らからの防衛、あるいは、その排除を君に協力してほしいんだよ」
領主リュファイスから示されたのは、協力という名の依頼。
獣種という下等の種族が、最強種族たるカイザンを迫る脅威への対抗手段として選んだのだ。
地位と表面上の実力で言えば、当然ながら格下からの格上への要求だ。
となれば、その依頼を受けるに当たって、結んだだけの単なる友好の関係だけでは足りな過ぎることがある。
察しの悪いカイザンとて、安易にそれを了承する訳はない。
「じゃあ聞くが、仮に俺がその役目を果たしたとする。その時、あんたたち獣種は勝利と平和的なのを手に入れる訳だが....」
「あぁ、分かってるよ」
そこまで言いかけて、その先を読まれたようにリュファイスが同意。つまり、既に用意されているということだ。
「もちろん、これは僕、獣領領主リュファイス・フェリオルからの正式な依頼だ。無事に達成できたなら、君の満足する報酬を提供すると約束しよう」
・・・俺の満足する報酬か。
カイザンの風評を知っていて、この発言を堂々と言ってみせたリュファイス。
ただの自信ではない何かがそこにある。
「......いいぜ、その依頼は俺が受けた。報酬のことも当然、暇潰しには丁度良さそうだしな」
この獣領に来た時点で、欲しい物は決まっていた。いや、旅を出る前からのこと。
それに、何てったっての極上の暇潰し案件になる。
.....それより、の話だ。
達成後のことばかり先に考えるのがカイザンの悪い癖。
光衛団なんて組織、前にアミネスからちらっと聞いた程度の知識しかない状態で了承してしまった訳だから、せめてクーリング・オフが効く間にいろいろと聞いておきたい。
「それで、光衛団って奴らの脅威ってのは、相当なものなのか?」
確かに、獣種は魔法も使えない種族で、何かの組織が存亡の脅威になり得るのは仕方がないことだし、十分にあり得る。
でも、それが獣種にとってのみの認識であれば、カイザンにとっては脅威とはならないのかもしれない。
そんな淡い期待を、案の定、リュファイスは軽く否定した。
「そういう認識が一般的だね。六年前のニールクラーロ家の話がいい例さ」
「ニールクラーロ家?」
・・・確か、ここ東大陸の共和制領地に君臨するっていう、絶滅危惧種の組織じゃなかったったけか?
女神領を出る準備の際、ミルヴァーニの件をエイメルに報告するために大図書館に寄ったカイザンは、アミネスから教わっていない知識を時間の許す限り教えてもらっていたのだ。
その中に、特に大きな存在として説明されたのがニールクラーロ家という組織。
話によれば、女神種ですら警戒する程の脅威的な戦力を保有していたとか。
・・・嫌な予感しかしない。けど、聞くしかないよな。
「......で、そのニールクラーロの話ってのは?」
「光衛団幹部の一人である氷結種フリーディス・アイシン、通称、[絶零之魔女]の襲撃に遭い、巨氷の中で滅んだって話だよ。事実はあまり詳細を語られていないが、フリーディスがあそこを支柱としていることでそれを証明している」
・・・言葉が出ねぇ。
これはかなりの死闘になりそうな予感。
リュファイスがそれをもってして脅威と言うのなら、獣領に現れるのも光衛団の幹部。
カイザンが得られる勝率は、相手が一人であり、こちら側に先制を譲ってくれてこそのもの。
となれば、獣種たちに主戦を任せつつ、良いところも報酬も全部かっさらっていくのが最適解となろう。
・・・ヤバイ、今のって帝王の考えじゃん。
しかし、結果的に有効な手段がそうなってしまうのだから仕方ない。ここは割り切ろう。
「ということで。まず、こちらの戦力を伝えておくよ」
そう言ったリュファイスが、カイザンの考えていた作戦を呼んだかのごとくピッタリの情報を口頭で提示し始めた。
「知っての通り、獣領にはビーストの精鋭五名の所属する[五神最将]って守衛団。そこに居るのは分かってるよね」
「ああ、そりゃな」
ここに来た時から、ずっと部屋の隅にはその団員と思しき者たちが静かに会談を見守っていた。襲ってくる雰囲気もないが、気になる点が一つだけある。
それは、この部屋に[五神最将]の団員が三名しか揃っていないことだ。
・・・他二人の名前よ。テキトーに名付けられてない?...ってか、
「後の二人はどうしたんだよ」
カイザンの当然ながらの問いに、リュファイスは困った顔をして、苦笑のまま「やっぱり気付いちゃうよね」とこぼした。
「それがなんだよね。一人の方は言ってしまえば[五神最将]で随一の実力を有している訳なんだけど、困ったことに今は見聞を広めるために領を出ているんだよ。.....後の一人は、ほんとに困ったことにただの遅刻なんだよ」
「.......は?」
「たぶん、あの子のことだから、何処かで好奇心をくすぐる出来事にでも遭遇しているんだと思うよ」
・・・良い風に言っても内容は変わらねぇぞー。
まあ、カイザンも日本では遅刻をしていたものだ。ここで怒ったら罪悪感が湧きそうなので許すとしよう。
それはそれとして、ある程度の戦力。というよりは、人数で埋めてくれれば実力者の不在なんて何の問題にもならない。
「俺の十代限りの長年の勘だと、たぶん、敵は一人で現れると思うんだ。総勢力、全員でかかれば勝てるかもしれないぞ」
「そうなのかい?...さすが最強種族のカイザン君、情報に長けているんだね」
・・・何だか、遠回しにそういう系のオタクと罵られた気がする。
リュファイスの言い方には多少なりにイラッと来たが、否定はしない。
この世界には長らく戦争がなかったというのなら、そういう知識はこの場ではカイザンが一番かもしれないから。
それを分かっての、リュファイスの発言だ。
「指揮に関しては、そちらに委ねた方が良いみたいだね」
「まあ、そうするべきだな。指揮ってのは、采配とかの諸々って事だろ。...一つ聞きたいんだが、リュファイスは戦えるのか?」
獣領に来て以来、ビーストの中でも細身の獣種はよく見ることがあった。基となった動物も深く関係しているが、それでも立ち振る舞いには本能的なものが出ることが多い。
それがリュファイスには見られない。
肯定されるのが分かっての質問をカイザンは投げかけた。
「いや、僕は戦わないよ。ここ王城でガイスト様、獣種の種王の護衛に付いていないとだから。...それと、僕の妹も戦力ではあるけども、どうする?」
「それはなりませんよ、リュファイス領主。レーミア様の力を借りずとも、我々だけで十分です」
接し易さが売りのリュファイスの最後にこぼした冗談混じりの一言。
それに対して、本気の声音で返したのは、[五神最将]の中で一番威圧を放っていた男、ルギリアスだ。
屈強な肉体に動き易さを重視した装備で身を包み、獰猛さを内に秘めた威嚇的な顔つき。
・・・怖えぇな。......レーミア。レーミアってのが、リュファイスの妹だよな。王女的な存在か?
ここに来る道中、騒がしいパレードノイズが邪魔をしつつも、アミネスから今更ながらの獣領講座を受けていた。
その中には、レーミア・フェリオルのことも含め、今は年老いた種王ガイスト・フェリオルのことも。
守衛として、当然的な発言をして空気を悪くしたルギリアス。尚も彼は止まらなかった。
「付け加えるのなら...」
狼のごとく鋭い眼光でカイザンを睨み付け、帝王は怖くて目を逸らすことに。
「その最強種族とやらの協力もまた不必要と存じますが」
カイザンに続き、リュファイスにまでその瞳を向ける。
彼は、この領での最高の地位たるリュファイスに対して、一歩も引くことなく物申した。真に領の安念と平和を願うからこそ、それができる。
故に、リュファイスもそれと同等に。
「どうして、そう思うんだい?」
優しい声かけの裏には、確かな意志と才能を物語る威圧が在る。側からでも、そんな気がした。
それにすらも屈しず、
「ただ、信用に値しないからです。先日のこと、西領地にて、巨人領が消滅した」
・・・げっ、そうだった。
当の本人。頭の隅に置きすぎて、ちょっとだけ忘れていた。
・・・そう言えば、俺って恐怖の象徴レベル底上げしてたんだったな。
ルギリアスの発言に耳を塞ぎたくてしょうがない。というか、もうしてる。
「消滅を行った者、それが最強種族と疑われているのは、朝刊の届く領地の全て、当然、リュファイス領主も分かっているはずです。その者を安易に信じて背中を見せれば、我々もどうなるか分かったものではなりませ...」
「僕が大丈夫と判断し、協力への意志が在る。それでこの領は動くんだよ」
ルギリアスの発言を止めるように、リュファイスが声音を強くして、自身の権限による事実を言い放った。
それを言われてしまえば、返す一切のことが無意味になる。
それを分かって、彼はそうしたから。
「...それに、最強種族のカイザンくんも協力すると言っている。備えあれば憂いなしって言うだろ」
相手側からの了承があるのだから、交渉と契約は確実に成立。後は、それに見合った報酬さえあれば、二者間には何の問題もない。
リュファイスがカイザンを選んだ要素、その一言がルギリアスの一番引っ掛かる点なのだ。
「それですよ。女神種を支配と服従の領域に収め、最強種族となった上位の種族が。何故、我々に協力をして後の報酬を望むのですか?」
「つまりは、何か理由があるか、いいとこで裏切るかもってことね。まあ、君の疑り深さは相当なものだから無理に信じろとは言わない。....って事で、僕からの提案を聞いてくれるかい?」
突然の声音変換、面白そうなことを思い付いた子供のように笑みを浮かべる。
ルギリアスはもちろん、カイザンからも反論がないことを確認すると、リュファイスは本会議室の扉へと歩いた。
ドアノブに手をかけた状態で踵を返し、振り返る。
そして、ゆっくりと開くのと同時、
「カイザンくんが信じられるか信じられないかの件に関しては、ウィバーナに全権を託そうじゃないか」
「.......へぇっ?」
素っ頓狂染みたそれは、一体誰が漏らしたものだったのだろうか。
少なくとも、扉を開けた先。
そこで微かに聞き耳を立てていた二人の少女でないことは明らかだ。
カイザン&リュファイス パターン1
「カイザンくん、これから領主同士として仲良くしようね」
「仲良くって、言ってもだぜ。無事に依頼を達成したとして、俺たちがこの領を出たら仲良くとかどうするんだよ」
「そりゃあ、君の女神領と交流をすればいいじゃないか」
「やめとけよ、あんなとこ。行ったら間違いなく狂うぞ。悪いことは言わねぇからさ、本当に関わらない方がいい」
「君の治める領だよね、そんな物言いで良いのかい?」
「俺は女神領に君臨こそすれど、女神種を統治した覚えはない」
「それでよく、あのエイメル様の代わりができるね」
「....エイメル様、って。リュファイスも様付けなんだな。今は俺が領主で最強種族だってのに」
「元とは言え、永く全種族の調和と安定を司っていた方だからね。そう呼ばない訳にはいかないんだよ」
「なら、俺にも様付けされる権利があるってことだな」
「女神種すら統治していない君にかい?」
「........それを言われると、どうにも返せなくて困る」
「次回、最暇の第十九話「猫耳少女ウィバーナ」.....まあ、ミルヴァーニがやってくれてるだろうし、別に」




