第十七話 依頼が呼んだ出会い〜領主と猫〜
獣領[フェリオル]の四十二代目の若き領主、リュファイス・フェリオル。コアラを基としたビーストで、幼少期の頃の実技試験で才能と実力を発揮し、妹のレーミアともにフェリオルの家名を与えられた存在。
曰く、獣神型[シリウス]にならなかったことが獣領最大の七不思議の一つだとか。
....後の六つに関しての詳細は伏せる。
話を戻すと、カイザンたちは彼、獣領領主リュファイスに連れられ、闘技場を経由して王城への一本道を歩いていた。
女神領領主カイザンの容姿は、獣領では周知のこと。故に、領主二人が歩く姿を、一目見ようと大勢の領民が集まっていることはおかしな話ではないのだ。
・・・にしても、じゃない?
カイザン自身、これがとても珍しい光景なのは理解しているが、予想を遥かに凌駕する大量の注目を浴びている。
まるで、オリンピック選手のパレードのよう。一本道の両端に居る警備的な衛兵を境に、領民たちで溢れかえっている様はまさにそうだ。
その中で、ふと目立つ集団を発見。見れば、リュファイスのファンらしき女性獣人が巨大な旗を振り回して衛兵に取り押さえられている。
これを見て思うのは、
・・・イケメンってのは、罪人なんだろうか。
「ただのヤキモチじゃないですかね」
「そうだよ、全人類はみんな焼いちまえば平等だよ。人々をサウナ的に焼いちゃう種族とか居ないの?」
「神に何の意図があって創るのか不明です」
ヤキモチから話が一方的に変わっていくカイザンと、それを修正する訳でもないアミネス。
そんな二人の会話に聞き耳を立てるリュファイス。爽やかな微笑とともに。
「君たちは、本当に仲良しなんだね」
「提言してくれていいんだぜ」「撤回してくれませんか」
アミネスが領主に対して思いの外高圧的に言い放った。その場のノリというよりは、もともと持ち合わせているものとでも言おうか。
そんな堂々と言われるとさすがのカイザンも胸を痛めるところだ。
正反対の二人の返しを受け取ったリュファイスは。
「ほら、息ピッタリじゃないか」
「俺もそう思うよ」「私はそうは思いません」
ずーーーっと、正反対の意見を述べているにも関わらず、リュファイスの発言内容もまた変わらない。
カイザンとして肯定して、アミネスらしく否定される。
・・・まっ、別にいいんだけど。
肯定されるのは、ここまできたら性に合わない。
それに、こういう感じが。
「これが、俺たちだからな」
その時、アミネスは肯定するように微笑みを見せた。
お互い、もはやこういう関係性が当たり前となっている。
パートナー・ぱーとなー、平たく言えば、何でも言い合える対等な関係。....それこそ、アミネスが真に求めていた存在だから。
「じゃあ、君たちの関係が何となく分かったところで、着いたよ。王城に」
・・・そんなあっさりと着く系なのかでっけぇーーーーな。
意外とあっさりと到着したことへのツッコミを途中に、感じたままのことが脳の裁判を無視して脊髄から漏れ出た。
闘技場からではそこまでハッキリとは見れなかった王城。リュファイスに言われて見上げるように顔を上げれば、間近に感じるディズニー感満載の建築に思わず圧倒された。
正直、心以外では言葉も出ない程に。巨壁を始めて見た時以来の感情だ。
闘技場を軽く超える大きさで、王城というのだから、読んで字のごとく形状は王を守護するための西洋の城に近い。
関門に似た城門前の検問所では、人々の行き交いや往来は激しく、おそらく商人やら何やらの交渉ごとで訪れている者たちも多いのだろう。
その中には当然、他種族は含まれちゃいない。
[五神最将]なんて最高守衛団があるのだから、警備はかなりのもの。....と言いたいが、領主たるリュファイスの護衛兵たちはただの警備員。
・・・って事は、そいつらがこの先に待ってんだよな。
本来警戒される側のカイザンたちが最も警戒していた守衛団だ。
ちょっと、深呼吸でもしておく。
「さあ、入ろうか」
リュファイスの招きで、未知なる存在たる彼らへの一抹の不安を抱きつつ、王城へと足を踏み入れた。
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獣領の王城は、フェリオルの家名を与えられた者が滞在を許された場所。つまり、種王と領主、他は、獣種としての才能を公式に現した者。
故に、王城とは、必然的に獣領の豪と華の英知が詰まった集合体なのである。
まず、入り口の大扉を開けた先に待つのは、大広間とその広さに相応しき量のメイドたち。カイザンの視線の方向が一定にならない程に獣耳メイドの大渋滞だった。
続いて、内装は正に宮殿と言えよう。
奥へと伸びる廊下は意味もなく金のような何かで輝き、壁に無数のランプが掛けられている。中にロウソクが灯され、床には延々と続いていくカーペット。どれから説明していいのか分からない。
とりあえず、リュファイスに付いて行っているだけのカイザンたち。
何十メートルも続く廊下に嫌な予感を抱きつつ、案の定、向かっているのが一番奥の部屋だと知ってあっという間に絶望した。朝っぱらから相当歩かされた。
床のカーペットのデザインが途中からテキトーになっていたところから察するに、この職人もまた廊下の長さを知って絶望したのだろうと同情する。
一見して廊下ばかりがあるものだと思ったが、王城の中心部分に中庭があるのを発見。天井は吹き抜け、昼寝をするにはとても都合がいい場所だ。
今日はリュファイスに邪魔されて二度寝をしていない訳だし、気を抜いたら無意識に誘われて行ってしまうかもしれないな。
そう思いながら、早くも誘惑に負けようとしているカイザン。つま先だけは裏庭に向いている。
すると突然、先導のリュファイスが急に立ち止まり、振り返った。
背後を歩いていたもんだから危うくぶつかりそうになったのを何とかセーフ、続いて申し訳なさそうな顔で振り返るリュファイスが目に入った。
しかし、申し訳なさを向けられているのは、カイザンではなく、その傍らの少女に対して。
「ここから先は、領内機密も関係している本会議室でね。君は確か、ぱーとなー?らしいけど、カイザン君だけしか入って欲しくないんだ、ごめんね」
領主から謝罪される少女。字面からしたらの話だが、アミネスは女神領で最強種族から土下座された経験を持ち合わせている。
一切の緊張なくして平然と答えた。
「いえ、大丈夫です。私は大人しく、近くで暇........時間を潰していますので」
・・・今、何か言いかけた?
それはともかく、相手側の欲求とあらば仕方ない。ここは、パートナーに退いてもらう他ないようだ。もしもとなったら、部屋を出ればいいこと。
リュファイスの謝罪を受け入れて一度は踵を返したアミネスは、去り際に何かを思い付いたのか近付いて来て、小さく耳打ちをしてきた。
「カイザンさんは部屋で実質上の独りな訳ですし、気をつけて下さいね」
「怖いこと言わないでくれる?」
個室内で多勢に無勢とか考えたくもない。多勢戦に弱気過ぎる最強種族なのだから。
それに、リュファイスにはそういうことをしなさそうな雰囲気がある。本当に何も考えないでも良さそうだ。
イジワルをしてきたパートナーを「しっしっ」と指先で払い、そそくさと部屋へと入っていく。
・・・さて、俺は一体どうなることやら...。
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「.......はあ、どうしようかな」
カイザンが領主リュファイスと共に本会議室に入った事で一人残されたアミネスは、自分の言ったことを振り返り、ため息を吐いていた。
王城での時間の潰し方、そんなものは一般教養の範囲外だ。教科書にも載っていない。
二人は領主同士、カイザンたちの話し合いらしきものはきっと長く続くと予想される。
仕方なく部屋を離れ、何処かその辺にゆっくりとできる場所はないかと、歩いてきた廊下を戻っていく。
見つけた場所は、中庭へと続く階段。
そこの段の一つに腰をかけ、暇潰しに創造機器に絵を描き始めた。王城は映える、良い風景画が描けそう。
そのまま、ゆっくりと時を過ごす。
廊下を行き交う者たちの物珍しそうな視線にはもう慣れている。六年前、女神領に来た時......。
「......嫌なこと、思い出しちゃったな」
女の子には、笑顔が一番似合う。そう教えてくれた誰か、それが誰だったか、もう覚えていない。
脳内の空白、記憶の喪失。どうしても思い出せない。これを考える度、いつも頭が痛くなって、あまり考えないように自分に言い聞かせてた。
無意識に暗くなって、描く手を止めたアミネス。
...あの日、母が教えてくれたーーーを自分は。
「にゃあーーーっ!!すごいすごい、創造種だぁーーっ!!」
人の気配こそ多けれど静かな王城の空気に、少女の好奇心に満ちた声が響き渡った。
「え?」
思考を中断、させられたというのが正しい。
遠くから聞こえた少女の声、声音から同年代のものだと察しが付いた。
アミネスが反応した一番の理由は、発せられた言葉の中に創造種の名があったから。それが自分に向けられた言葉だと明らかにするに十分な材料だ。
声の方向を見れば、とても離れた場所に小さな人影があった。この距離から、超視力で紋章を見たということか。実に獣種らしい。
声が聞こえてから、ずっと驚きっぱなしのアミネス。とりあえずと思って深呼吸を。吸って、吐く前に見たら、少女は目の前に居た。
しばらく、固まざるを得ない。
やっと動き始めて、若干引き気味のアミネスを置いてけぼりに、少女は興味津々に尻尾を振り振りしながら顔をじっと近付ける。
天真爛漫、純真無垢、天衣無縫。 元気いっぱいの顔だ。
「ねぇーねぇー、君って創造種でしょ。その紋章、前に見たことあるもん。ねぇーねぇー、にゃんか描いてよぉー」
「ぇ...え...うぅん...、わ、わかった」
馴れ馴れしく続けざま、返答を待たない勢いに押されつつ、アミネスはとりあえず要望に答える。
描きかけていた風景画を消して、新たに絵を描く。
この獣種の少女、猫らしき耳が頭から生え、橙色の髪はこの世界の一般的な猫の色にとても近い。猫が基になっていることは間違いないだろう。
創造種が何かを描くのを頼まれたら、特殊能力で実体化しない訳がない。なら、猫ということも含めた装飾品を造ってあげようと思う。
それ自体、造ることは何も難しいことではないのだ。
何が難しいって...。
・・・すごく、描きづらい。
ずっと、傍らからじっと創造機器を覗かれている。
アミネスは基本、描いている時に観られたくない派なのだが、小声で「すごい」等の感嘆の声が聞こえるので一応は良しとする。それに、風を払う音も聞こえるから、尻尾を振ってご機嫌の様子。尚、本来であれば、尻尾を振る猫は不機嫌である。
それから数分を要し、アミネスは描く手を止めた。
「うん、できた。...ちょっと、手を出してくれる?」
「こお?」
猫にお手を要求、素直に出された手のひらに自分の手のひらをそっと重ねる。
「...[クリエイト]」
直後に発光。淡く輝き、魔力によって描かれた物が形となって現れる。
造り出されたのは、手のひらにおさまる程度の髪飾り。魔力量を考えたらこの大きさが限界だ。
美しさと言うより、 女の子的な可愛さを優先させた実にアミネスらしいオリジナル・デザイン。真ん中には、子猫の刺繍が。リアル過ぎるのも、またアミネスらしい腕前のこと。
まあ、そこら辺を気にするような子ではなさそうだ。
「わぁーーーわ」
目を輝かせて感動を口にすると、それが置かれた手のひらをじっと見つめ始めた。
少女は受け取った髪飾りを細部まで見尽くした後、こめかみ辺りに無造作に差し込む。思いの外、綺麗に仕上がった。
「ありがとう。...えっと」
お礼の途中で突然口ごもる少女。遅れて思い出した。
・・・そう言えば、自己紹介とかしてなかったっけ。
よく考えてみれば、会話と言える会話すらしていない気がする。
そうとなったら、ここはアミネスから名乗るのが礼儀。淑女としての振る舞いを。
「私の名前は、アミネス、家名はないの。あなたのお名前は何て言うの?」
「アミネス.....うん、覚えた。わたしはね、ウィバーにゃ・フェリオルって言うの」
ぱあっと明るい顔になって名乗り返す少女ーーーーウィバーナ。見ていて微笑ましいとその歳で思ってしまうアミネス。
さっきから「な」が「にゃ」にゃるのは、猫獣人の宿命にゃのだろうか。
・・・って事は、ウィバーナ・フェリオル。
これが正しいなら、自分の名前すら言えてないということになる。....そこはあまり触れにゃいでおこう。
しばらく時間を潰していないといけないアミネス。
この子はまだ興味津々のようだし、一緒に居た方が楽しそうだ。
何より、アミネスにとっては同年代の子とに会えたこと自体、とても久しぶりなのだから。
「ウィバーナちゃん........そうだ、ウィーちゃんって呼んでもいい?」
「ぇ.......うん、いいよっ。にゃら、わたしはアミちゃんって呼ぶね」
「うん、もちろんいいよ。よろしくね、ウィーちゃん」
「うんっ、アミちゃん」
よろしくと言い合ったので、とりあえず握手をし合う二人。
その後、二人が本会議室に突入する頃、仲の良さはただの友達を超える関係になっていることだろう...。




