第十六話 回り始めた歯車
その朝は、特に騒がしかった。
獣種たちの朝は早く、いつも二度寝を妨げるようにやたら大きい音で仕事を始める彼ら。
最近はそれに慣れ始めた頃なのに、今日は本当にうるさい。
普通なら手のひらで耳を塞ぐのが一般的だが、あまりに響きやすいので人差し指を耳に突っ込むやり方での緊急対処。
ちゃんと、アミネスが勝手に入って来ていないかを確認の上で行なっている。
カイザンはこの世の何よりも暇が嫌いだ。それと同列にあるのが、朝の二度寝を邪魔されること。
故に、とても機嫌が悪い。
自室で着替えを整え、直せる程度に寝癖をいじる。
廊下に出たところで、丁度アミネスと会えた。同じく、機嫌は悪そう。けれど、目立つ寝癖はない。女子力は高いのだ。
話を聞くと、アミネスはどうやら、騒ぎの元凶をカイザンだと思っていたらしい。納得できるが、したくはない。
・・・さすがアミネス、パートナーをよくもそう思えるよな。
この宿は、階を登るごとに客室のランクがグレードアップしていくシステム。
二人の部屋は、最上階三階の両端の部屋。
異常な騒がしさは、一階。というよりは、その外から。とりあえず、確認しに行く他ない。
「で、この騒ぎは何なんですか?」
「分からないから見に行くんだろ。それとも、まだ俺が悪いと?」
アミネスの機嫌は少しずつ戻りつつあるが、カイザンは一向して斜線上にある。
・・・元凶が男ならまず殴るね。子供でも大人でも。屈強な若者の場合は、平和的解決だな。女性の場合は見逃しましょー。
男というのに賭けて、殴ることを決意。
拳を強く握りしめて、無勝手流のデタラメな構えに。隣から小さく笑われたからやめる。
「やあ」
階段を降りている途中、声をかけられ、その美声に引き寄せられるように最後の段に。
それが自分に向けられたものだと、確信があったのではない。ただ、逆らえないと感じただけのこと。
声音からして男性のもの。声の方向、宿の入り口からだ。
受付の人が目を剥いているのを視界に入れつつ、騒ぎの中心を目前にする。
扉の前に悠々と立つ青年。周囲に多くのビーストが集まっていることから、有名人であることは間違いない。
後ろの方で女性のファンたちが垂れ幕を掲げている。
そう、こいつはイケメンだ。付け加えるなら、清楚系。
領民とはかけ離れた立派な正装に身を包み、アミネスがカイザンのと見比べる程に端正な顔立ち。
無闇にイケメンを振り撒くのではなく、隠しながらも漏れ出るイケメンさで周囲を恍惚とさせるクールさ。
獣耳は小さく、女性受けが高い。
・・・これは、殴れねぇな。
微笑する青年、神々しくすら感じる。
だが、殴れないのはそれだけが理由じゃない。
さっきから宿の奥で宿主が酷く怯えている。恐怖というよりは、領民としての服従と見えるものだ。
つまり、こいつは。
カイザンが確信にたどり着こうとした時、
「こんにちは、女神領領主のカイザンくん。初めまして。僕は、獣領領主のリュファイス・フェリオル。同じ領主としてよろしくね」
優しく笑いかけ、優雅に一礼した。
「同じ....領主」
突然のご対面に警戒する様子のカイザン。あくまで、それは外見。内では、
・・・んだ、こいつ。同じ領主って、女神種と獣種を同等化とかありえないんですけどー。
「...カイザンさん」「はい、すいません」
アミネスに読まれたので、すぐに謝った。ただの八つ当たりだったし。
目の前の青年ーーーーリュファイスがカイザンをくん付けした理由は、友好関係を示したいからだ。それは何となく分かる。
下手すれば、相手の怒りを買う行為。それを帝王に....。
その度胸と勇気に免じて、許可してやろう。
「ああ、よろしくな。リュファイス、さん?」
心では帝王、現実では弱気。まずは、さん付けから入ろう。としたら、
「同じ領主なんだから、さんも疑問系も要らないよ。呼び捨てで構わない、僕は君をくん付けをするけどさ」
彼はそう言って、握手を求めるように手を差し出す。
じっと見つめるカイザン、心の方を読んでみよう。
・・・まったく、綺麗な手をしやがって。爪で皮膚片、採取したろか?
アミネスが背後から肉をつまんできた。思ったより強め。
・・・痛い痛い、分かったから。
パートナーから促されて手を取り、友好の証として強く握ると、それを超える握力で返された。
これは、どちらかが潰れるまで終わらないパターンだと思ったので、さっと手を離した。
リュファイス側も同じことをしたおかげで変な空気にならずに済んだ。
「で、リュファイス。用は終わりか?」
「早速なことで申し訳ないんだが、王城に来てくれないか?大事な話があるんだ」
「............へっ?」
隣の晩御飯に突撃するくらいに急な申し出に、カイザンは素っ頓狂な声を出し、アミネスは微笑んで、当の本人たるリュファイスは魅惑的な笑みを浮かべた。
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時はそれと同刻のこと。
獣領の全四方位に設備された刻限塔。
その北に位置する塔の天辺に、獣領を見下ろすような二つの人影が。
フードで顔を隠した少女と、白の外套に身を包む男。
「ラーダ様、そろそろのはずです」
「........了解。これより、任務の実行段階へと移行する」
男は、転送された手持ちの機器で時刻を確認し、少女に対して頷くと、それを手のひらの闇で破壊した。
その行動に少女はため息を吐き、遠くに見える王城を静かに見据える。
「副産物として、最強種族ですか。...無事に成功すれば、ルフォールド様が喜ばれるでしょうね」
「...ああ、そうだな。...最強種族だ。リーダーやミューハを差し置いてそれを名乗る不届き者、愚者には俺が執行してやらねばならんのが種としての宿命」
悪意は、漆黒の闇を纏い、狂気に笑っていた。
その手に握られた鎌は、禍々しくも怪しげな魅力を持ち、強靭な刄は'彼ら種族'にこそ相応しいと、そう無意識に思わせる。
死屍累々の宴。騒乱はそれと同じくして、獣領を悪意で覆う闇である。
西の大陸を制する光衛団、
その幹部[十字光の武衛団]No.サード ラーダ=デスイアルという者である。
カイザンとハイゼル パターン1
「なあ、ハイゼル」
「..............えっ。あっ、はい」
「どうしてお前はそうなんだ?」
「そう、というのは、放心の件に関してですか?」
「確か、公私ともに認めたんだったな。お前自身、自分で分かってんなら改善の仕様があるんじゃないのか?」
「改善、ですか。自覚を通らないので、どうしようもない気がするのですが」
「そういや、そうか。.....なら、お前は一生そのままなんだな」
「はい、私はまだ二千歳ですから。あと、三千年はこのままのつもりです」
「さすが女神、こんな奴をあと三千年もこの世にのさばらせる寿命を持ってんのか苦笑笑」
「カイザン様。というより、ウィル種というのは、何歳ほどで?」
「転生してから身体に変わりはないんだ。寿命は百いったら良いねってとこさ。アミネスたち創造種もそうだろ」
「端的に、可哀想ですね」
「アミネスみたく言うな。....ふっ、でも足りないな。アミネスならそこは、本気で哀れみそうな視線を向けてこようとするんだぜ。...あくまで、からかいで」
「ホントですか?....ふふふ、女神領の人々は皆さん、面白いですね」
「お前が言っていい台詞ではないぞ、それ」
「じゃあ、次回。最暇の第十七話「依頼が呼んだ出会い」....遂に俺の望んだ獣耳っ娘の登場が近付いてるぜ!!」




