第十三話 種の門
闘技場での闘技試合の翌日、その夜、カイザンたちは旅人が多く利用するという宿に泊まっている。
この宿はあくまで旅人用ではなく、旅人が多く利用するだけのこと。内装や外装はもろもろが獣種の仕様である。
獣毛絨毯、獣毛布団、獣毛の袴に、獣人のスタッフ。獣臭に溢れた洗剤なんてのもあった。一応、ブランド品らしい。どこブランドだよと実際にツッコんだ。
とにかく、やたらと獣を押し出してくる。種族にとって自種の自尊心は最も大事であると聞いていたが、これは異常じゃないかとも思う。
・・・俺なんて、トイレで鹿のツノが刺さったからね。どこに刺さったとかの質問は受け付けないけど。
「じゃあ、あの闘技試合で勝利した利益について問う質問には、答えて下さるんですか?」
未だにヒリヒリするこうも.........患部を押さえて優しく椅子に座るカイザンに、パートナーが落胆気味に質問を投げる。
時刻は太陽の傾きから考えて午後九時頃、既に食事ともに入浴を済ませた二人は今、公衆スペースで談話中とでも言ったところか。
アミネスは現在、カイザンがボコボコにされるのではなく、したことに不満を覚えている。
加えて、
「種族名に、自分が最強種族であることまでも大公開した世紀の大航海でしたが、それなりの成果というものはあったのですかね。それとも、大後悔で?」
アミネスの発音だから理解できるものの、普通なら表記されなきゃどの[だいこうかい]だか分からない。
それはともかく、その質問に対する答えは正当な理由を持つ。
「観客席から観てただろ、俺の完璧な勝利を。思ったんだけど、恐怖の象徴とか思われた方が、逆に警戒して何もしてこないんじゃって思って」
「三発ほど入れてましたけど。どれもちゃんと当たってませんでしたし」
「...獣の生命力は偉大なんだよ」
・・・それに、俺の特殊能力は俺が無...........じゃなくて、相手が有能な程に効果を発揮するからな。それにまあ、人を真正面から殴った歴が浅かったさらってのもあるけどさー。
カイザンの言い訳は戯言にように解釈され、アミネスの質問攻めは終了した。
悔しかったので、ソファの上でしばらくもじもじしておく。
そんな二人が居るのは、宿の二階広間にある公衆スペースである。
そこは会議用としても使える広さで、カイザンたちはその中でも一際大きなソファでくつろいでいるのだ。
訂正、贅沢に真ん中で一人独占座りをしているのはカイザンで、アミネスは座らずに立っている。
さっきからずっとだ。さすがに疑問に思う。
「ってか、なんで座らないんだよ。あれか、誰が座ったかも分からないような物には触れたくない的な潔癖?それとも.......あっ、スカートだから?」
「変態発言です」
「パートナーをそんな風に罵るなよ」
・・・紳士的に尋ねたつもりだぜ。
と反論しつつも、ちゃんと席をずれる。いつまでもパートナーを立たせる訳にはいかない。...遅れた紳士さ。
二つ隣の椅子へ移動、今度こそアミネスも座ってくれた。
「で、成果は?象徴にはなれたんですか?」
「言い方が強いんだよ。....成果って言えば、象徴は徐々に進めていくとして、それ以外に成果はあるだろ。今まさにこの状況さ」
・・・なんてたって、ここは獣領の最高級の宿屋で、俺たちが泊まっているのは最高の一室だからな。最上階だぞ、三階建ての。
カイザンが闘技場に行った理由は、ただの金儲けだ。象徴とやらは、アミネスに聞かれるのを見越してテキトーに考えただけ。だから問い詰められるととても浅い内容。
闘技場で行われる試合は、参加だけでも金が貰えるうえ、勝利すれば大金。さらに、カイザンは初戦の勝利以降、観客から金を賭けられるようになって、たった数回の出場で簡単に大金を儲けられた訳だ。何せ、ずっと勝っているから。
とはいえ、魔力量は限られているため、一日二試合までが限界だ。
金は有り余ってることだし、この際、豪奢な衣服でも買ってやろうかとも思っている。帝王の異名を受け入れてみようかとも。
カイザンが着ている服は、女神領にあった男向けの服。ずっと着てきたから、そろそろ飽きてきたこともあるし。替え時には丁度いい。
「そういやさあ、アミネスの着ている服ってのは、いつも同じだよな」
「変態ですか?」
相変わらず端的、かつ直球。
決め付けから疑問系にされたのがとても不思議でならない。アミネスこそ、帝王のパートナーとしての才能が染み付いていないか?
「今の質問は違うだろ。パートナーへの純粋な興味?単純に知りたいみたいなさあ」
「その質問はぱーとなー関係なしですよ。...この服は、毎朝私が特殊能力で造っているんです。鉄とかの高密度品は造れませんが、繊維系は魔力消費がごく僅かなので」
アミネスが女神領でよく造っていたタライは、鉄とかまた違った素材らしい。まあ、純鉄だったら首が折れてるけど。
・・・あれ、純鉄って脆いんだっけか?
それよりも、驚くべきは、アミネスが造っているのが繊維ではなく、服そのものだということ。オリジナル・デザインだ。
こんなに良いデザインの服を簡単に作ってしまうその技量。
・・・そういうことなら、今度...。
「俺にも造ってくれとか言わないでくださいね」
心の声の途中で、前もって依頼を断られた。
「......ですよね。....もう夜も深いし、寝るか」
普段なら夜更かしするカイザンでも、闘技試合が何度もあればさすがに疲れる。を口実に、さっきの依頼拒否の悲しみを無かったことにする。本当に魔力は底を尽きかけている状態だし、早く休みたいのも事実。
それに対し、アミネスは一言。
「変態」
「何でだよ。いよいよ端的に収めがったな」
椅子から立ち上がって全力で叱りつける。声音は優しくしておいた。それでも一応の怒号。
お互い、普通に眠気が吹っ飛んだ。もう、こうなったら今日は寝かせない気分で話をしてやる。服も造ってもらえないことだし。
・・・えっと.....話したいこと、聞きたいこと。そんなあったっけか?...あー。
「気になる単語を思い出したぞ。闘技場で実況が言ってた、門の開放って何だ?」
他種族同士の闘技試合のため、門の開放の防止で特別ルールが毎回課せられていた。ずっと気になっていたけど、ことごとく聞くチャンスを失っていたから。これが良い機会だ。
「詳しくは、[失意の呪縛]と呼ばれる種の門のことです。全ての種族が共通して内に秘める門であり、一言で言うなれば、種族の限界、特殊能力を超越したような領域ですね」
「なんか、スゴそうだな」
簡単な内容説明であるが、何となく分かる。
だって、種族を超えた力とか、そんなの。
・・・主人公だけが許された的な。
自分の立場を知っているから、優越感で勝ち誇った気分のカイザン。アミネスがその感情を打ち砕く。...ただ、事実を述べるだけ。
「私の説明聞いてましたか?全種族が開放できるんですよ。それに、種族ごとに開放条件や性能は異なりますし、他種族からの介入が必須条件。例外なしに無意識の暴走状態に陥るんですよ」
「はっ?誰でもなれるうえに暴走とか最悪じゃんか」
やっと主人公としての圧倒的な才能を発揮できると思っていたのに、これもまた違う。いつになったら自分だけの力を見つけられるのか。
・・・もう、大器晩成でいいや。
そうだ、主人公は後から強くなるものだ。焦ることはない。...最初から最強の能力を持っていたら、それこそなろう系ではないか。
...実はカイザン、いつもはあんな言ってはいるが、心ではこの特殊能力だけでは無理だと思っている。
もし、相手が魔法を使える状態で先制をされればお終い、そもそも一対一の決闘がこれからどれだけあるか。
暗い気持ちになって顔を下げていたカイザン、客観的には落ち込んだという表現が正しい。
そして、顔を上げた時、アミネスは何故かため息を吐いていた。
・・・最近、ため息吐き過ぎじゃない?幸せが逃げるって言っただろうに。
「だとしたら逃がしているのはカイザンさんです。見つかった才能は、厄神ですね」
「さっ、門の話に戻ろうか。で、どうしてため息吐いてる?」
発言が前半の時点でアミネスが後半に何を言うのか予想できたので、食い気味に話題を転換。聞かなかったことにする。やく、まではしっかりと聞こえた。
この無意味なカイザンの行動に対しても、アミネスは当然とため息を吐いている。
吐き終わると、カイザンから聞かれたため息の理由を話す。門に関しての話の続きだろう。
「あのですね。門の開放は確かに誰でも可能ですよ。でも、自ら開こうとする人なんて今の時代には居ませんよ。さっきも言いましたが、開放には他種族からの介入が必須条件。例えば、獣種の場合の開放条件は、生命力の著しい低下や命損失に近しい傷を負った時です。その傷とは、他種族からの攻撃。つまりは普通に考えたら戦争以外にないですよ。...それに、暴走中にも魔力は無意識上の任意で消費されます。ですので、閉じた頃には魔力が尽きて死んでいたりなんてのは当たり前だと思ってください」
・・・うわぁ、えぐ過ぎない?...なんか、怖いこと聞いたな。
早々の結論は、やめておこう。説明を聞いた限りでは印象が最悪だ。
諸刃の剣とは少し違うようだし、使わないのがベスト。カイザンたちには、まだ早いってことで。
「何より俺は、YDKだからな」
「わいでぃーけー?」
・・・アルファベットも言えないのか。クリエイトとかより言い易いと思うんだが。
噛む寸前くらいに言いにくそうなアミネス。
興味的に問う少女に対し、カイザンのくだらなさが現実を叩きつける。
「やらなくてもいい事は、どうでもよく感じる、頃合いを生きている少年と言っても過言でない状況下に居る」
「三つ目、長過ぎませんか?普通に言わないと伝わらないんですけど。というか、面倒ですね」
「正論ごもっともだよ。.....はぁーあ、もう寝よう。夜更かしはお肌の大敵だぞ」
まだ雑談でも続けようかと思ったが、漏れ出たあくびに任せて体の本能的な指示に従う。
アミネスにもそれとなく睡眠を促して、流れ解散とする。
「そうですね」
同意したアミネスは、カイザンより先に椅子から立ち上がり、踵を返して自分の部屋に歩いていく。そこでふと立ち止まり、「あっ」とこぼして振り返った。
「カイザンさん、他種族からの介入というの、一つだけ例外がありました」
「ん、例外?」
まだ椅子から立ち上がっていなかったカイザンは、空いた椅子を占領して端的に内容を聞き返す。
すると、アミネスは珍しく声音を変えてそれを話した。
「'多重血'の者たちは、門の開放条件がとても安易であり、自種からの攻撃ですら開いてしまいますから」
'多重血' 、それは他種族同士から生まれた両のウィルスを合わせ持つハーフの種族。
......獣領にもまた、その者は存在しているのだ。
カイザンとアミネス パターン3
「この世界、というか女神領はホントに移動とかもろもろに魔法が使えていいな」
「カイザンさんは魔法が不得意かも、ですもんね」
「愚痴的に言ってるんじゃなくてさ。俺の居た世界では、人間の移動手段とかのおかげで地球温暖化ってのが進んで、平均気温が上がりまくりなの。他にも理由はあるけどさ」
「温暖化、カイザンさんが特に詳しく無さそうな部類ですね」
「うるせぇな。...ちなみに、平均気温は一年にどれくらい上がってると思う?」
「控えめに考えて、1℃くらいですか」
「それが正解だったら今すぐに止めよう」
「....で、正解は何なんですか?」
「いや、俺も知らない」
「........」
「..........ごめん」
「では。次回、最暇の第十四話「帝王は風雲児」.....カイザンさん、学とか無さそうですもんね」




