第十二話 獣領フェリオル〜闘技場〜
「闘技試合の挑戦者希望の方ですね」
そう言って、営業スマイルでカイザンを出迎えたのは、小さな獣耳をした女性。
彼女が居るのは、闘技場の入り口付近に併設された挑戦者用受付。優しい受付嬢雰囲気が漂い、耳がピンと立っている。ネズミが基となった獣人のよう。
渡されたのは羽ペンと記入用紙。古い漫画家の強いイメージである羽ペンは、初めて使うには難しい代物だが、時間を掛けてそれなりに書けたと思う。
・・・一応、アミネスに名前の書き方だけ教えてもらっといてよかったな。さすがは、マイ・パートナー。
記入するのは、闘技場での公式な名乗りの要望と必要とあらば種族名の記載。こんなものはパッパッと書いて、すぐさま提出。
それを受付嬢は笑顔で受け取ると、「よろしいですね」と問いかけてきたので、首の上下運動だけで答える。
「では、確認させていただきますね。...えぇと、ウィル」
受け渡された記入用紙を確認と称してその場で読み上げる受付嬢、彼女の手元には今、何もない。
突然消えた記入用紙、驚くカイザンの服の襟が突然何者かに掴まれ、早すぎる動きであっという間に百八十度回転させられて、気付いた時には後ろ向いていた。
「えっ」
よく分からずに戸惑っていると、横から見知った顔が覗いてきた。怒っているご様子。
受付嬢が読んでいる途中、反射的な動きでアミネスが記入用紙を取り上げたようだ。
「ななななな何を考えているんですかっ!?」
「ななななな何って何が。お前が非戦闘種族とは思えない動きをしたことについて驚きまくってる件か」
「違いますよっ。私は、どうしてウィル種だとか明かしちゃおうとしてるんですかと聞いているんです」
場を弁えるアミネスの怒鳴り声は、小音状態に保たれているが、その代わりに耳元でお届けされている。
・・・ええええっ、そんなに怒る?
「怒るに決まってますよ。というかじゃあ、そもそも関門での件はどう思ってたんですか?」
「そりゃあ、怪しくて連行される人とかいたからで、領にさえ入っちゃえばこっちのもんだと思ったんだけど」
「バカなんですか?バカなんですね。バカですよね。バカだったんですね。納得しました」
「罵倒四連発は痛いよ。最後に納得されたし」
アミネスの怒り気味説明をされまくった結果、名乗りと種族名は全て書き変えての提出となった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
観客席は、毎日のことのように暇な者たちが集まって四六時中の満員御礼。
獣の咆哮、というよりは熱気に満ちた盛り上がりコールで会場内は溢れかえっている状況で、挑戦者たちの入場を今か今かと待ちわびている様子。
闘技場の天井部分には何も作られておらず、陽の光が直接届く仕様。だというのに、声がよく響いている。
カイザンの決闘を見守ろうと観客席に来て、やっとの思いで空き席を見つけたアミネス。
隣の席の人の異様な盛り上がりように嫌な顔を隠しつつ、開始を待つ。
しばらく経ち、ただでさえ耳を塞ぎたくなるうるささなのに、それをさらに煽る形で実況が進行を始めった。
どうやら、入場してくるらしい。
「いやいやいやいや、盛り上がってるじゃないですか、皆さん」
それに応えるのは、意味もない「オォゥーーッ!!」と言った返し。アミネスは両耳を抑えるけれど、声量の程の衝撃が激しくて体が斜めになる。
「へいへいへい、いい盛り上がりじゃないの。じゃあ、冷めちゃう前に早速だけど入場行っちゃおうか。ホォーーーーーウィッ!!!」
お前もやるんかいっ!!とカイザンならツッコんでいただろう。
闘技場内の観覧席の端と端とを繋ぐ縦に伸びた特別スペース。そこに観覧用の席はなく、実況の方のマイクがたくさん設置されていて、そこからの実況だ。
アミネスは、入場宣言でまだまだ熱くなる暇人たちの圧力に耐えながら、実況者の指す方向を追いかける。まずは、西の入場口から。
「もはやコロッセオの常連にして、勝利順位は不動の二十六位たる実力者。その名も、デイルゥぅーーーーー!!!!」
塞いでいるはずのアミネスの耳を軽く抜けて鼓膜に大音量をお送りするハイテンション実況、それと同時にデイルという名のビーストがゆっくりと入場してくる。
二十六位で実力者と呼ばれたのが恥ずかしかったらしく、顔を赤くして下を向きながらの屈辱的な入場だ。不動とか言われてるし。
そして、その被害は相手にも平等に。
「対する、その相手は。ここ、闘技場での決闘初体験にして、一ヶ月前に世界を震撼させた謎多き新進気鋭の最強種族。女神領領主のカイザーっ!!」
「カイザンだってのっ!!.....ってか、俺の素性バレてんじゃんっ!?」
怒り新党で入場よりも先に怒号を響かせたカイザンは、これまた同じく帝王イジリで彼を赤面にしている。恥辱の限り。
そこまで思ったところで、秘密の内情が公開されていることに気付いた。
観覧は盛り上がり優先で内容をあまり聞いていなかったようで、デイルだけが冷静に聞いて相手の肩書きに度肝を抜いている。
アミネスに注意された後、記入用紙はしっかりと書き直して提出した。つまり、情報漏洩が誰の仕業かははっきりしている。
・・・くっそ。こんにゃろー、あの受付嬢め。ネズミはやつだったか。
観覧席の中から水色髪を探して見れば、アミネスも同じ感情を抱いている。ただし、怒りは受付嬢に向けてではなく、カイザンに向けてだ。後でいろいろ言われそうで憂鬱な気分。
闘技試合前でありながら、両者お互いにそれぞれでそれどころではない状況下。それでも、実況は形振り構わず進んでいく。
「今回の闘技試合は、他種族同士となっちゃっているため、門の解放防止制約を課させていただきまーす。ので、攻撃は十撃。または、十合までとしてくださいね。気絶させるか、負けを認めさせるかが勝利条件となり、まァーす」
「門の解放?」
・・・何それ、おいしいの?
と心で呟きながらアミネスにちらっと視線を送る。遠くでため息を吐くのが見えた。
・・・すげー、この距離でも読めるんだ。軽く六十メートルは超えてるぞ。
創造種恐るべし。
門の解放とやらについては、これが無事に終わったら聞くとしよう。....覚えていたらの話。
「両者、準備の程は如何なものでしょうか?」
対戦相手の正体を知らされて、いつかの女神のように放心となるデイルを他所に、カイザンは控え室で教えられた所定の位置に移動。
遅れて、心が戻ってきたデイルも移動を始め、お互いに距離の空いた配置に着いた。とりあえず、手を振って実況に合図を飛ばす。
二人の準備完了のお届けに、実況は目の前の机に置いていたマイクを拾い上げ、やる気モードとなる。
「それではではではでーは、これよりぃ、一日に何度も行われる内のなんてことのないただの闘技試合の一つ、正直どうでもいいような内容がまた行われるのだろうみたいな空気の中、始まろうとしちゃっている訳ですがですがっ!!」
・・・本当のことだろうけど、そんなこと言って誰が盛り上がるんだよ。
案の定、闘技場は外を通る馬車の音を身近に感じれる程に静かになっていた。
その場のスベったような雰囲気は、全て二人のせいにされている模様。
こうなったら、この怒りごと相手にぶつけてやろう。
「えぇと、実況の私自らの合図で、始めさせていただきます。よろしいですね。はい、開始っ!!」
「「えっ」」
息つく間もないようなスタートに疑問の声をハモらせたのは、カイザンとアミネスのみ。
獣種たちは驚く素振りを一切見せず、むしろ動揺するカイザンの様子を恒例行事のように観ている。
と、悠長に考える暇はなく、既にデイルは構えから地を蹴り、走り出した。
・・・やっぱし、女神とは違って先制狙いだよな。
デイルは、カイザンを最強種族だと認識している。エイメルたちとは違い、余裕がないからこその先制攻撃。何かさせる前に、自慢の近接戦闘センスでどうにかしたかったのだろう。
一見、不利な状況と捉えられるが、彼が女神種と決定的に違うのは魔法が使えない点。接近されることに関して、カイザンからすれば恐るるに足らずだ。
急いで右手のひらに魔力を集中させ、高密度に圧縮する。これはエイメルから習ったことだ。消費魔力量を少し増やして密度を増すだけで、魔法が強化される。ウィル種の特殊能力においては、効果範囲の延長である。
チャージ完了、手のひらが煌めくのとほぼ同時、デイルが至近距離から好機と見て大きく跳躍をした。
直後、振り上げられた腕が急速に肥大化し、獣爪と獣毛が一部で急成長。ビーストが可能とする身体獣化、威力は人域を遥かに超えるもの。
・・・すっげ。
至近距離でとんでもないものを見れたことに、素直に感想をこぼしてしまう。気を取られた訳ではない。
むしろ、緊張して然るべき。あんなものをまともに受ければ、貧弱な人間では運良く気絶、悪ければ瀕死は不可避。....でも、ただの回避なら十分にチャンスはある。
「獣種、デイル....」
学力も運動神経もイマイチなカイザンだが、一応は名家として生まれたからには、不用意に突っ込む相手の初撃を避けるなんて造作もないことだと信じて生きている。
利き手と反対の足をデイルに合わせて後ろに引く。そのまま体ごと傾けて、後はすれ違う姿を見送るだけ。正直、蹴りを入れられたらどうしようとも考えたが、この体勢からでは無理なよう。
闘技場の初戦相手であればこんなものだ。後は、獣種の誰も全貌を知らないウィル種の特殊能力を放つだけ。
跳躍の勢いにより空中で体勢を崩すデイルに、白の光が淡く輝く手のひらが差し出される。
「[データ改ざん]」
デイルの着地地点から光が溢れ出し、全身を包み込む。
それも一瞬、すぐに中から姿を現わす。本人は何が起こっているのかよく分かっておらず、ここから出なければならないという意志に駆られただけ。
しかし、あの光は受けてしまえば最後。ウィルス改変による能力汚染が体内を侵す。
「なっんだ、これ」
地面に踏み込む寸前で体が違和感に反応して、踏み外したように前のめりに倒れてしまう。
あらゆる能力の喪失は、肉体的にかなりの影響がある。ステータス以外に異常が起きなかったエイメルこそ、本当の異常だ。
踏ん張って、何とか立ち上がろうとするデイルが顔を上げ、カイザンを睨む。みんなこう言った顔になることは共通だ。
女神種よりも圧倒的にウィルスで劣る獣種、無となった能力自体少ないからか、立ち上がれないことはなさそう。
[データ改ざん]の効果にもまだ気付いていないようだし、倒すなら今だ。
「んじゃまあ、俺の求める最高の暇潰しの糧になってもらおうかっ!!」
魔力の余韻が残る拳を強く握りしめ、デイルに近付く。
カイザンが無意識に浮かべる笑みを正面に、デイルが引きつった笑みになる。
その後の光景は、決闘とはあまりにかけ離れた戦いであったことはもう説明不要だ。
胆力ともに耐久力ゼロでありながら、なかなか気絶してくれないデイルを三発殴っての勝利をカイザンは手に入れた。
・・・とても不名誉な気が...。
次回予告雑談
カイザンとアミネス パターン2
「カイザンさんって、本当に面倒ですね」
「なんだよ、藪から棒にそんな物言いは」
「カイザンさんを見ていたら、何となく言いたくなったんですよ」
「何だそれ。.......面倒って言えば、俺の故郷はとにかく勉学関係が面倒なんだよ。外国の言葉も覚えなきゃだし、国語とかも意外と面倒でさ」
「国語って、日常会話の一つに繋がるようなものじゃないですか。それすらもまともにできないから、カイザンさんはこうなんですね」
「パートナーをこうとか言うな。いやさ、古文ってのがあってだな、昔の言葉とかあったりで、文字の読み方が違かったりするんだよ」
「例えば?」
「んー、そうだな。まうす、ってどう読むと思うよ」
「魔獣などの、ネズミの系統ですか?」
「いや、マウスじゃなくて。答えは、もうす。なあ、面倒だろ」
「カイザンさんと同じで、よく分からないですね」
「んじゃあ、次回、最暇の第十三話「種の門」。.....まあ、今の俺って元高校生な訳だし、学問に勤しまなくていいのはほんと助かるよなー」




