第30話 地上世界
「ユーフォリア。一つ聞くけどさ、君って一体何才?」
クロードは、青一色に染まった景色に見入るユーフォリアへ声をかける。
これまで感じていた違和感をはっきりさせようと思った。
彼女は、クロード達より年下ではあるものの同じ年代だ。いくつか年が離れているだけの割にしては、少しぼんやりし過ぎているというか控えめな性格だと思っていたのだが、それがもし性格のせいではないとしたら……。
「えっと、三つ……、くらい」
三つ。三歳。……と彼女は述べる。
「やっぱりね」
やはり、とクロードはその答えを聞いて、納得してしまった。
竜を倒す手段。その成果を確かめるのに十数年もかけて、なんて待つのは非効率的すぎる。遺伝子を弄るなんていう事を仕出かす連中がそれに対して、すぐに確認できる手段を用意していないわけがなかったのだ。
(ほんと、嫌になるな。そういうの)
単純にやり口が気に入らない。
綺麗事だけで世界が回っていけるとは思ってはいないが、だからといっても限度というものがあるだろうに。
これでは、遥か昔に起きた事と同じ過ちを繰り返すだけだ。
「超えちゃいけないラインってやつがあるだろ」
最初の話を聞いた時点でもうそうだと思っていたし、今更だと思うが。
クロードは改めて、ユーフォリアを作った人間達の事は、やはり許せる気がしなかった。
「ご歓談中のところ申し訳ないが、もうそろそろ地上に到着するぞ。その前に、色々とこちらの事について話しておきたい」
考え事をしていると、その意識に割り込む様に例の二人が声をかけて来た。
「そうね、方達の世界とは違う事だってあるし、前もって教えておいた方が戸惑いが少なくてすみそうだもの」
ジンとアリィ。
クロード達を助けた命の恩人であり、反政府組織だと予想を立てる人物でもあり、おそらくフィリアが頼れと言った人物。
しばらく考えない様にしていたが、これから彼等とどうやって付き合うべきだろうか。
クロード達が注意を傾けるのを待って、アリィの方が言葉を述べてくる。
「貴方達にも色々は事情があるだろうし、申し訳ないと思うけれど」
「いいや。そろそろ、頃合いかなって思ってたところだよ。とりあえずもう一度言うけど、さっきは助けてくれてありがとう。礼を言うよ。イリアがこんなだから、引率役としてどうやって逃げようか困ってたんだ」
本当に猪突猛進を引率していると、何度も何度も素で「命が足りない」ような状況に遭遇する。
そういう時の助けてくれる存在が貴重なのは、クロードの経験則だった。
イリアがあの性格だから、誰か手助けしてくれる人がいっとしても「なるべきなら巻き込みたくないよ」と発言するのがお約束だし、僕も彼女に甘いものだから「仕方ないなあ」なんて言っちゃうしで……。
「お主達が特別に気にする事は無い。フィリア殿には恩がある故。借りを返す機会を利用させてもらっただけだ」
「まあ、あの人には色々とお世話になったものね」
普通に暮らしていれば反政府組織の人間と何て接点が作られる事なんて、ありえないのだろうが、何せフィリアだ。
そんな普通の理屈は通じないのだろう。
大方治安部隊に所属していた時に、規格外れの無茶でもしたに違いない。
感激の渦がようやく薄れたらしいイリアがこちらの話に交ざってこようとする。
「あ、私も。ありがとうございます、ジンさん、アリィさん。でも気になるなー。二人はどうやってフィリアさんと会ったの?」
だが、受け答えするアリィは、慣れた様子で話題を横に流し、説明について続けるのだった。
「それについては、また後程。私達の町に着いた後で、いつでも教えてあげるわ」
「えー、そう言われるとますます気になっちゃうよー」
「こら、イリア。我慢して。今大切な話の最中なんだから」
「はーい」
クロード達は今までにないくらいの前代未聞な状況にいるのだが、そこら辺の事情をちゃんと分かっているのだろうか。
分かっている……はずだろうけれど、ちょっと不安になってきた。
イリアの勢いを削いだあと、こちらが最初に尋ねる事はもう決まっている。
「あのさ、最初に一つ確かめたいんだけど、二人って反政府組織?」
「そうよ」
意を決してそう、述べればアリィからあっさりと肯定の言葉が帰って来る。
拍子抜けだ。
割と踏み込んだ質問をしたつもりだったのだが。
「ちょっと、特殊な経緯で遺伝子研究の事を知ってね。色々活動していた最中だった。本当は、フィリアにその研究の子を保護してもらうのを予想していたんだけれど……」
彼女等の代わりにクロード達がやってしまったと言うわけか。
フィリア自身は初めからクロード達も関わらせる気満々だったようだが。
気になる事についての会話を続けていたら、ふとガラスの向こうが明るくなってきているのに気が付いた。
「こみいった話は後ね。そろそろだわ、見てた方が良いわよ」
何が、と聞く余裕はなかった。
段々と強くなっていく光。
そして、ガラスの向こうに空気の泡が大きくなってきたと思ったら、次の瞬間……海中を進んでいた船が、海面を割って飛び出して、空中を飛空していたのだから。
「わぁぁぁ!」
イリアの歓声は今まででも一番のものだった。
それに続くクロードの声も、きっと一番感情がこもっていただろう。
「すごい」
「わ……」
ユーフォリアでさえこうだ。
「ちょうど日の出の時間だったみたい。綺麗でしょう?」
そんなアリィの声に、頷かないものはいなかった。
目の前にあるのは地上の世界。
昔話の存在である、大きな海、広い空どこまでも広がる大陸だ。
昇ったばかり太陽は、水平線から顔を覗かせていて、まばゆい光で全てを照らしだしていた。
輝きを話す光の世界。
今までクロード達が生きていた世界とは何もかもが違う世界。
「じゃあ、とりあえず私達の町まで向かうわね、それまでこの地上の世界を存分に見ているといいわ」
アリィがそんな気の利いた事を言ている内でも、船はその広い世界の中を移動していく。
元から大した存在だとは思ってはいなかったけれど、人間が、一つの生命が自然の中で、世界の中ではどれだけ小さくて頼りないものなのか、思い知らされたような気がした。




