59.よみがえる全ての記憶
「ウォーリス正教会は裏で長年政治を牛耳って来た。王族の力を神の実で削ぎ、傀儡として操って来たのだ。これは私が財務を担当し出してから分かったことだ。謎の収支の影に、奴隷市場の存在があったのだ。あのクソ教皇の背後を暴くことによってこそ、ウォーリスは再び立ち上がれる……」
ウォーリス正教会が青い血の奴隷市場を回していると聞いてメルは驚愕の表情だったが、レッドの方はというと、何かを考え込んでいる。
「……俺はメルに会う前、プリセベラの船引き奴隷にされると聞いていた」
ナローは「ほう」と呟いて
「当事者の話を聞こうではないか。実はその奴隷市場に直接関わったのは、レッド。この周辺では君だけなのだからな」
と話を促した。レッドは更に続ける。
「俺は見世物小屋から逃げた後、別の奴隷商人に捕まって、各地を転々としたんだ。恐らくそこで一度、青い血の奴隷市場からは出られたということか?」
「そうだろうな。君を逃した見世物小屋の連中は、かなり焦っただろうね。本来、あの市場内で取引をしなければならない貴重な奴隷だったのだろうし、秘密が世に出ればウォーリスのスキャンダルに発展する。どんな興行主でも、国を敵に回したくはないだろう」
メルは少し笑う。
「しかもそこで、私が買ってしまったわけね」
「興行主の慌てぶりが目に浮かぶな……」
「話を戻そう。そこで大きく見誤ったのがウォルターだ。メルと君を近づけたくないばかりに、君をまた奴隷市場に戻してしまった。しかしだ。レッド、君はそこで紫の血の男に出会ったんだね?」
その言葉でレッドは目を吊り上げ、再び警戒の表情になる。ナローは平然と見返した。
「待て、そう怒るでない。もうひとつ、青い血の奴隷市場の役割を話そう」
第五に、紫の血の子供ーー
「正教会の聖典を紐解くがいい。紫の血の人間は、神だ。ここに正教会の真の思惑がある。神の子を手に入れた国は、どうだ?奇跡の子を手に入れた正教会はーーこれはもう、世界に点在する各地の正教会から一歩抜けることになる。つまりだな、これも使い出があるのだ。青い血と赤い血の間に生まれた人間は、正教会がどこかでひっそりと育てているはずだ。レッド、そんな話を聞かなかったか?」
知り得ることを全て言い当てられ、レッドは不貞腐れたように腕を組み、椅子に背中を預ける。自分が世界をフラフラしている間にそこまで調べ上げられていたとなると、これからすることもすべからく監視されることになるだろう。
「気持ち悪い」
レッドはそう正直に感想を述べた。ナローは誤魔化すように、少し笑う。
「だがここでも、連中の予想に反することが起こったようだ。それが何かはまだ調査中だが……その子供はなぜか養子に出されてしまった。まるで存在を隠すように、だ。このことについてはレッド、何か聞いてないか?」
レッドはナローを睨んでから、慎重に言葉を選ぶように
「その前に、飯……」
と呟く。メルは咎めるように口を開いたが、ナローはにっかりと笑って言った。
「考える時間が欲しいんだな?お前は賢い奴隷だ」
レッドは極めて腹立たしそうに顔をしかめる。メルはハラハラして、二人の男達を交互に見つめた。
ナローの指示で食事が運ばれて来る。レッドは食べる前にその匂いを注意深く嗅いだので、メルはこら、と注意した。
「まぁ慎重になって当然だろう。青い血の奴隷市場の話を聞いた後だからな。ところで君達、神の実はもう見つけたかね?」
メルは正直に答えた。
「まだ、見つかっていません」
「紫の血の人間がいるということは、必ずどこかにあるはずだ。特に、青い血の奴隷市場の中で育てられている可能性も捨てきれない……」
レッドが割って入って来た。
「だとしたらあの樹は大きくなるから、かなり広い土地が必要になりそうなもんだが」
メルとナローは同時にレッドを見た。レッドは食事を飲み込みながら話を続ける。
「青い血の奴隷市場の目的は、ナローのおかげでよく分かった。けど、その場所はどこだ?」
ナローは無表情で黙った。レッドは馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らす。
「何だ。教えられないのは分からないからか」
「書類上、存在するのは間違いない。だが、その場所に関する記述だけは、どこを探してもないのだ。恐らく隠しているのだろうが……」
「最初からそう言えよ」
そういうわけで、彼らはレッド達との接触を図ったというわけだったらしい。レッドはしばらく黙って、自身の記憶を探り始める。
見世物小屋に行く前ーー
記憶を巻き戻し、夢のしっぽを掴むように、あてのない思索に耽る。
あ、とレッドは思わず呟いた。
「容姿……」
「どうしたの?レッド」
「容姿のいい若いのは、アーカングルに。その他は、プランテーションに」
「……組み分けされた、ってこと?」
「そう言われた記憶がある。プランテーションっていうのが恐らくナローの言った、第四の用途に使う青い血の奴隷の集約場所だろう」
言いながら、レッドの目が少し赤くなる。メルは心配そうにレッドを覗き込んだ。
「……レッド、泣いてるの?」
「ーーだめだ、これ以上思い出すと」
「おい、そのプランテーションはどこにある?」
「ちょっとナロー様、やめて下さい。レッド、気分が悪くなったらしばらく休んでていいのよ?」
レッドは歯をくいしばるように黙っていたが、ふと我に返ると食器を脇に寄せ、食事の手を休める。
「……駄目だ。少し休む」
「レッドの部屋は104号室だ。そこで休んでいなさい」
レッドは立ち上がると、赤い顔に脂汗を流しながらふらふらとナローの部屋を出て行った。
「……レッド」
メルは急にやつれたようになったレッドの背中を、不安げに見送った。




