表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小江戸の春  作者: 四色美美
1/9

町お越し

仕事上でのバディとなった二人。


 迫り来る東京五輪に向けて、近場で楽しめるスポットを探すと言う企画書を作製することになった。

会社と観光地のPRも兼ねたホームページの作成がメインだった。



其処で私が目を着けたのが、池袋から30分程度で行ける小江戸川越だった。

と、言っても他人が立てた計画に乗っただけだけどね。

川越と言ったら芋。

9里4里旨い13里は9里+4里=13里で、川越のことだそうです。



江戸より13里離れたら場所にさつま芋の産地である川越のがあったから、石焼き芋屋の看板に書かれるようになったそうです。

でも川越の魅力はは芋だけじゃない。

だから私は川越へ行ってみたいと常日頃から言っていたのだ。

本当のことを言えば、また一度も訪ねたことがないのだ。

だから余計に張り切っていたのだった。





 朝ドラの舞台となった川越。

人気女優や男性俳優を配置したのに、人気は今一だったと聞く。

チラッと見た限りではギャグっぽいと感じた。

だからその酷評を納得していた。

その作品で日本各県を網羅したことになる。

だから埼玉県民の私としては見逃せなかったのだ。



川越は東武東上線と西武鉄道、JR川越線の沿線になっている。

埼京線の直通に乗れば、大宮駅からの乗り換えもなく直に着くことも可能だ。

今回の五輪で開催予定の、埼玉県で最初に出来たゴルフ場からも近い。

実は霞ヶ関のゴルフ場って川越なんだ。

だからそれらを目当てで東京を訪れた人が楽しめると踏んだのだ。



今回の相棒はニコ上の先輩。

実は私が入社当時から気になっていた人なのだ。

だから私は余計に張り切っていた。





 「待ち合わせの駅は何処にする?」

初っぱなからタメ口だった。

私は慌てて口を押さえた。



(あちゃー、何遣ってる私)

恐々と先輩を見ると気にも止めてない様子だったこともあり、ホッと胸を撫で下ろした。



「何処でもいいよ。本川越駅が一番便利だけど、川越市駅でも」



「川越駅は?」



「小江戸バスを利用するなら其処もよしだ」



「流石埼玉マニア」



「マニアと違う、そんなの常識だよ」

何をふざけたことを言って、私が知らなかったことをからかうためか?



(私が下手に出たからってそんないい方ないでしょう?)

段々と雲行きが怪しくなってきた。

私は本当はさっきまでウキウキしていたのだった。

先輩に対してため口で会話してしまうほどに……





 とにもかくにも、私達のロケーションは其処から始まったのだ。

私は川越市の駅で下りて、先輩が待つ本川越の駅に向かった。



階段を下りた場所にインフォメーションボードがあって、催し物などのパンフレットあった。

私はその中から市内を把握出来る折り畳みの地図をいただきポケットにしまった。



此処から約10分も歩けば着くはずだ。

私は自然と早足になっていた。

先輩を待たせておいて、私が遅れたりしたら何を言われるか解らないからだ。

先輩がそんな人ではないことは知っていた。

だから尚のこと時間厳守でいきたいのだ。





 でもいくら待っても先輩は現れなかった。



(何をやってるの)

腸がは煮え繰り返って、自分を押さえられない。



「先輩の馬鹿」

私は本川越駅前のスクランブル交差点を羨ましくみていた。



「此処で何をしてる?」

その声に振り向いたら先輩が怖い顔をして睨んでいた。



(えっ!? 何か悪いことした?)

私はキョトンとしていた。



「何故待ち合わせ場所に来ない?」



「だって此処でしょ?」



「まさかと思って来てみたら? やっぱり此処にいた。確かに『何処でもいいよ。本川越駅が一番便利だけど、川越市駅でも』とは言った」



「やっぱり本川越って言った」



「俺は川越市駅のつもりで言ったんだ。新河岸駅まで行こうと思っていたからな。彼処は急行は止まらないからな」



「新河岸駅? あのー川越で喜多院とか回るんじゃなく……」



「そう、新河岸駅だ。川越舟運の歴史を調べようと思ってな。だからホームで待っていたんだよ。全く、電車代の無駄遣いだ」



「そんなの聞いてないよー」

私は落ち込んでいた。

川越の蔵造りの街並みと菓子屋横丁。

楽しい取材になると思っていたからだ。

それを先輩ときたら……



嫌気が差してきた。

でも仕事と割り切らなければいけないのだ。

先輩が立てた企画なのだから。



そうは思っても納得出来ない。

それでも私は先輩に付き合うことにした。

それ以外道はなかったからだ。



新河岸駅の近くに地下道があり、中に川越舟運らしいモザイクが掲げられていた。



(えっ!? これは馬車よね?)

川越舟運だから船の絵かと思い近付いた私は、又先輩を疑い始めていた。

でも地下道の先には船着き場らしい絵も飾ってあった。





 東武東上線新河岸駅の南側踏切を東へ10分ほど歩くと、新河岸川の旭橋へ出る。

この一帯がかって江戸と川越を結んで、物資などを運んだ新河岸川舟運の出発点であり終着点でもあった。

今この場所は川越指定史跡新河岸川河岸場跡となり、記念碑が建てられていた。





 早春の川越はとてつもなく寒かった。

その上、此処は川だ。

防寒着を身に纏っていない私には耐えられそうもなかった。



でもそんなことは気にもしていない先輩は記念碑をずっと見ていた。



「あのー、寒いのですが……」

堪りかねて私は言った。



「そうか。言ってなかったな」



「当たり前です」

私の口調は思いの外強かった。

家を出る時、春の陽射しを暖かいと感じた。

だから薄手のコートで来てしまったのだった。

でももし事前に言われていたとしてもきっとこの服装を選んだに違いない。

その日の朝はそんな春らしい陽気だったのだ。

だから本当は先輩のせいではなかったのだ。

それでも、全然気を遣わない先輩に言ってやりたかった。



「だったらこのくらいにするか?」

先輩の言葉に頷いた。



「桜が咲くと、この川は一大イベント会場になるんだ。此処ではないけどな。たった一日だけだけ、その前に下見しておきたかったんだ」



「へー、どんなイベントなんですか?」



「そりゃ、素敵なイベントだよ」



「それだけじゃ解りません」



「そんなことより、移動しようか?」



「何処へですか?」



「ほら彼処。神社があるから……」

先輩が記念碑の裏を歩き始めた。

私はそれに従うことしか出来なかった。



その神社の近くに船らしき物がシートで覆われていた。



「これもかな?」



「何が?」



「だからイベント……」



「イベント?」



「日枝神社の祭りかな?」

先輩はそう言いながら鳥居方面へと向かった。





 先輩の言葉を頼りにインフォメーションボードに行ってみた。

其処には、あの船でのイベント告知があった。


「先輩、これですか?」

私が声を掛けるとやって来て、何故か首を振った。



「確か川越駅の近くに図書館があったと思う。まずは其処へ行って、川越舟運の歴史調べだ」



「えぇー、まだやるんですか?」



「当たり前だ。まだ始まったばっかりだ」

先輩は息巻いていた。





 「ああー、先が思いやられる」

私の本音の呟きが聞こえなかったのか?

それとも耳を塞いだか?

私はまだまだこの先輩にやり込められると感じて震え上がった。

そう、それは決して寒さだけのせいじゃないのだ。



いくら憧れていた先輩だったとしても、乙女を気遣う素振りさえ見せない先輩が妬ましかった。

それでも図書館に行けば冷えた体が温まる。

そうは思っていた。





 川越舟運江戸と小江戸を結ぶ歴史の本と、武州川越舟運の写真集が見つかった。

私達は図書館の中にある椅子の付いたテーブルの上でその本を読んでいた。



「これで町おこしをやるつもりなんだ」



「町おこし? 会社の企画会議のための下調べじゃなかったのですか?」



「まぁ、それもあることにはある。そうしておかないと後々面倒だからな」



「そんなー」

私はがっかりしていた。

仕事だと思って付いてきた。

もしかしたら、会社をクビになる?

私は又震えていた。

今度は寒さのせいじゃない。

だって、図書館は暖房が利いて暖かいはずなのだから。





 「さっきも言ったけど……」



「『桜が咲くと、此処は一大イベント会場になるんだ。たった一日だけだけどな。その前に下見しておきたかったんだ』でしたっけ?」



『おっ、良く覚えているな? 感心感心。どうだ、そのついでに頼まれ事をしてくれないか?」



「何をですか?」



「口裏合わせ。つまり、お前さんが取材したものを俺と組んでやったと言ってくれればいい」



「やだ、そんなこと」



「そこを曲げて」



「どうして、其処まで遣るの?」



「この写真を見てくれ」

先輩が指し示した写真は、舟下り参加者記念写真と書いてあった。

昭和63年9月18日に実施されたようだ。



「これに乗りたかったのに、乗れなかったんだって。だから乗りたいって……」



「誰が?」



「俺のじっちゃん。だから一肌脱ぐ気になった」

先輩は悪びれた様子もなく言い切った。



結局はお祖父さんのために会社の企画に乗じただけだった。

私はがっかりしながらも、先輩のために何が出来るのか思案していた。



「その後、このようなイベントは行われていないのでしょうか?」



「さあ……、何でそんなこと聞く?」

先輩が私を見る。

それだけで緊張した。





 「だってこの本、発行が平成2年よ。昭和は確か64年まであって、その年が平成元年。だから63年はその前の年で、そんなに経っていないってことじゃないの?」

もうドキドキだった。

それでも冷静さを装った。



「えっ!? それは言えてるな」



「でしょ? だから一緒に川越で遊びましょ」



「お前、遊びだったのか?」

先輩の言葉を聞いてドキッとした。

実は、それが私の本音だったのだ。





 「あははは……。俺達は似たようなもんだったのか?」



「先輩と一緒にしないでください」



「俺が見ていたのが平成2年なら、お前さんのは?」



「私のは、昭和57年6月30日に初版第1刷発行となっていますが……」



「ってことはみんな古いな」

その言葉に頷くしかなかった。





 「取り敢えず二班に別れよう。それがベストだ」

強引に言い切る先輩が憎たらしい。

とは言っても、一人でアチコチ散策出来るのは嬉しい。

私は何時の間にか、先輩のペースに乗せられていたのだ。

それでも、お祖父さんのための川遊びだったらさっき行った神社の張り紙のイベントで充分だと思っていた。

あの素敵なイベントの正体をまだ私は知らなかったからだ。

それが策略とも知らされずに……

私は不信感を抱くことになったのだった。





 「ごめん。さっきは。実は、俺も川越の蔵造りがどうして出来たのか調べようとしたんだ。明治26年の大火災で後のことなんだ」



「もしかしたら、あの新河岸川で蔵造りの物資を運んだから?」



「良く解ったな」



「だって本に書いてあったよ」



「あっ、そう言えば書いてあったな? それを知って、新河岸川に興味を抱いた訳だ」



「なあんだ。実は私もなの。だから、一緒に調べてもいい? あっ、勿論川越の人気スポットも網羅するけどね」



「そうだな。よし、それで行こう」

私達は何とか、其処まで辿り着けたのだった。





 「ところで、どんな企画を考えているのですか?」



「ホラ、船着き場近くの神社に船があっただろ? あれで幾つかの川港を巡れないかと思っている」



「それ、凄くいい。町おこしになること間違いないと思う」

私は思わず言っていた。

そうは言っても難航するだろうと思っていた。

実は新河岸川は護岸整備のお陰で船が川底にあたってしまうのだ。

その事実は、今読んでいる本の中にも記載されていたから先輩の目にも止まっているはずなのだ。






波瀾万丈な小江戸川越での散策が始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ