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異世界の魔術は実に難解だった  作者: 滝咲 白菜
第一章 魔術と自然
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優しさに包まれた味

この子、寝てばかりですわぁ。しかも、真昼間から。グータラしてないで、なにか食べ物を探しなさい。このままだと貴方、衰弱死していくのよ? 水で一週間って言っても、動かないで過ごした場合の期間よ。折角夢が叶ったというのにもったいないわ。え? 落とした環境が悪かったって? それは、この場を乗り越える力があると思ったからよ。

あら、目を覚ましたのね。このくらいにしておくわ。

「んんぅ…」


 微睡みから覚めると、空には星空があった。

 都会の明るさでは見れない光の小さな星々が所狭しと散りばめられている。雲が影となって流れ、輝きに動きが生まれる。その中にも、一際大きな元の世界とは違った模様の少し欠けた月が見える。ウサギでもカニでもない。


「本当に違う世界に来てしまったんだな」


 月とは、不思議な衛星である。公転と自転の速さが等しいので、常に地球に向けて同じ面を向いているのだ。だから、宇宙に散らばる小さな隕石がよく当たる反対側はクレーターが多く、醜いものだ。昔の人は、光る盆が空を流れていくとも思った程だ。この星の月も模様は違うが、そうなのだろうか。

 十三夜頃の月なのだが、方角がわからないせいか、これから満月に向かうのかどうかわからない。そもそも、公転の向きがわからないので方角がわかったところでという話である。これからじっくり観察しなければと、彼は思った。その為にも体力が保たなければ、また眠ってしまうだろう。

 そういえば、数回倒れるように寝ていたかと思い出し、もう一度、この世界に来てからのことを回想する。虎を追い払った後、父親牛にコッテコテにされた後の記憶がない。どうしたのだろうか。

 気がつけば、背中が仄かに暖かい。振り向けば、あの甘えたがりがいた。

 あの後、この子が甘えてきたんだったか。

 しかし今こうして無事に寝ていられるのは何故だろうか。そして、風吹きすさぶ夜の中、暖を共に出来るのは、なんとありがたいことか。仔牛を撫で、眠りに入る。


ぐぅぅぅ…


 空腹に耐えかねて、腹の虫が鳴った。決して牛が食べたいとかそういうわけではない。純粋に、この世界に来てから水以外口にしていないのだ。

 しまったな。

 彼はどうしようもない不安に襲われた。草を食べれば確実にお腹を下す。今から行動するにも暗すぎる。牛を食べようものなら反感を買う。早急に魚か果物か何かを探さなければならない。それも、明日次第だろう。無意識のうちに仔牛にしゃぶりつかなければいいが。

 眠りに就こうにも不安で目が冴えてしまった。かといって、体力は温存しなければならない。極力、身体を動かさずに目を閉じた。不安が押し寄せ、目眩のような回る感覚が押し寄せる。この感覚でさえ体力が奪われる気がして焦りを感じる。無になろうと必死に踠くも頭が冴えるばかり。永遠とも感じる夜の長さを感じた。



 気がつけば辺りは明るくなり、仔牛に舐められていた。微睡みの中うまく動かない身体を起こし、甘えたがりを撫でた。すると、仔牛は離れてしまった。少し寂しさを覚え、目で追いかけると、何かを咥えて戻ってきた。骨のナイフだ。腰に手を回し、ナイフがないのに気づく。彼は安堵し、仔牛に感謝した。盛大に撫でてやると、とても喜んだように息を漏らした。


みぉぉぉ…


ぐぅぅぅ…


 同時に腹の虫も鳴いた。それを思い出した時には、力が抜けていた。仔牛は首を傾げ、思考を巡らす。すると、仔牛は歩き始めた。それに寄りかかる形になっていた彼は、慌てて足を動かす。なんとか頑張ってひとりで立ち、追いかければ、その母にすり寄っていた。追いかける意味はなかったのかと思案してしまう。

 母はせっせと草を食べている。羨ましいと感じながら、足元の草原を見る。牛のように4つの胃を持たないので確実にお腹を壊す。生唾を飲み、溜息をつく。どうにかして食料を探さねば直ぐにでも体力が尽きてしまう。やはり、魚か果物だろうか。池には魚はいるだろうか。歩いて行ける距離に森はあるだろうか。案外、村が近くにあるかもしれない。

 そんな淡い期待を持ちつつ前を見れば仔牛が乳を飲んでいるのを目にした。頭に衝撃が走り、またも生唾が口に溢れる。しかし、逸る気持ちは抑えられた。

 俺にそんな資格があるのか。

 昨日のことを思い出し、萎縮してしまう。今生きているだけでも奇跡なのだ。

 ふと、仔牛がこちらを向き、視線が合った。母も気づいたのか、ゆっくりこちらを向いた。穏やかな眼をしている。彼は、謝罪と感謝の心を込め土下座をした。


「昨日は、貴女のお子さんを危険な目に合わせて申し訳ありませんでした。それに加えて、未だにご厄介になっている事に感謝しています」


 言葉は伝わらないとは思うが、それを出さずにはいられなかった。すると、頭頂部に温かいものがぶつかった。顔を上げれば、母が近づいて来ていた。優しい顔をしている。母は一歩下がり、火を噴く。心の奥底で縛られていたものが解けた気がした。彼の目から雫が落ちた。しかし、もう一つ頼まなければならないことに心が痛む。


「もう一つ不躾なお願いがあるのですが、私は草を食べられません。お腹を壊してしまうのです。もし良ければ、貴女の乳をお恵みいただけないでしょうか」


 すると、母は首を擦り寄せた。全ての言葉が判っているかのように。そして、我が子を愛でるように。温かい肌を感じられる。

 とは言っても、言葉が通じていなければ、彼の行動に驚かせてしまう。恐る恐る愛でる母の首から離れ、恐る恐る這って腹部へ近づく。汚れを落とすため、手を服で拭い、ゆっくりと乳房へと手を伸ばす。彼は自分の鼓動を感じつつ触れた。すんなりと受け入れたように感じた。母の鼓動を感じる。


「いただきます」


 今世一番の食事の感謝をする。小指から力を入れ、一指ずつ折っていく。口を開け、飛び出す乳液を受け止める。吸い付くような舌触り。栗の実のようなほのかな甘み。何より、身体全身が栄養に喜んでいる。目からは涙が溢れ出ていた。

絵画に描くと長閑なのに、文字にするとエロティックになるのは何故だろう。人の想像というのは操作しづらいものですねぇ。

牛乳のみだけでもいづれ体調を崩します。人間というのは、本当に弱い生き物ですねぇ。

バランスよく食べることこそ体調を崩さない何よりもの薬ですよ。ちゃんと食べましょう。

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