人懐っこい
目を覚ますと、いつもの天井だ。とはならないのです。
ちゃんと、異世界物語します。
顔に冷たい感触を感じ、雨漏りでもしたのだろうかと彼は目を覚ました。
「うひゃ!?」
目の前に真っ黒な顔があった。
思い出した。
異世界に飛ばされて草原に放り出されたことを。
水を求めて牛とお見合いしたことを。
そういえば、歩くこと以外ここに来てから何もしてないな。
黒い顔は、ピンク色の舌で彼の顔を撫で付ける。
ザラザラしていて、とても擽ったい。
舐め回すのをやめる気配がない。
ふと、横を見ればさっき見合った相手(多分)がいるではないか。
困惑したような顔をしている気がする。
目の前の仔牛は、尚も舐め続ける。
仔牛と侮ることなかれ。その身体はとても重い。
しかし、大人の牛が見守っているため下手な行動ができない。
されるがままにされていた。
今度は、頭を擦りつけてきた。
この甘えたがりは俺に何を求めているのか。
隣の牛の反応を見ながら手を伸ばす。
目に力が入っていたが、特に構わないらしい。
仔牛に手が触れる。
と、それに吸い寄せられるように頭を擦りつけてきた。
意外としっとりとしている。
手の動きに合わせて頭が動く。
牛の目からは力が抜けており、呆れた表情をしていた。
これは受け入れられたのだろうか。
仔牛が飽きるまで待ちーー
ーー牛が火を噴いた。
ビックリした。
仔牛もビクッとさせて動かなくなった。
痺れを切らしたのだろう。
首で池の方を指し、歩いて行ってしまった。
仔牛もそれに付いて行く。
少し離れて、仔牛は戻ってくる。
何か寂しそうな顔をしている。
すると、彼の元を通り過ぎ、背後へと回った。
どうしたかと思えば、グイグイと背中を押していた。
このままではコケてしまう。
仔牛と言えども、牛は牛。
力は強いのだ。
「わかった、わかった」
彼は、池の方に歩き出した。
尚も押し続ける仔牛の頭を軽く叩き、話しかける。
「もういいから。歩くから、な?」
仔牛はつぶらな目を向けてきた。
ここで逃げるわけでもあるまいに。
水にありつけるのだから願ったり叶ったりである。
仔牛の頭を撫で、池の方へと向かう。
仔牛は手に頭を擦り付けながら進む。
風は止む事なく、軽快な足音が鳴る。
陽は、正午を過ぎ、まだそれほど傾いていない。
それほど眠れてなかったようだ。
疲れが溜まってないか心配だが、水の取得が最優先である。
だいぶ歩いて、池にたどり着いた。
多くの牛が待っていた。
何度見ても迫力がある。
そして今回は全員がこちらを見ていた。
顳顬に冷や汗が伝う。
と、不意に後ろから押された。
そうだな。
今はこの子がいるんだった。
おずおずと前に進み出ると、興味を無くしたかのように牛達は水浴びしたり、足を折って休んだりしている。
その中で二頭だけ、こちらの様子を見ている。
片方は先程一緒にいた牛だろう。
もしかしたら、親の番なのかもしれない。
二頭に対してお辞儀をしてみると、首を下げて歓迎されたように感じた。
仔牛は母親と思われる方に走っていき、擦り寄る。
母親は、再びお辞儀をした。
彼は、水を飲みに池へ向かった。
池の水は澄み、小魚が数匹か泳いでいるのが見える。飲む分には問題なさそうだ。水を掬い、手を洗い、また少し掬い、水を舐めた。特に変な味がする事はなかった。今回は炭を用意できないので、生で水を飲まなければならない。慎重に慎重を重ねて段階を踏んでいく。片手で水を掬い飲み、身体に異変がない事を確認する。
異変を確認して寝転がっている間、甘えたがりが駆け寄ってきた。身を起こして迎え入れると、
「ぐぉっ」
一瞬、星が見えかかった。
チラチラと網膜が斑点する。
これでは水の影響かまったくわからないものだ。
仔牛は"大丈夫?"と言わんばかりに顔を舐め回している。
もしかしたら、何も考えていないかもしれない。
ひとしきり舐め終わると、顔を擦り付けはじめる。
なぜこんなにも気に入られたのだろうか。
そう考えていると、父親らしき牛が声を上げた。
ンモォーー!
牛達が反応し、同じ向きに移動し始めた。
ヤバイな。
彼は、まだ水を汲んでいない。
今までの水に混ぜるというのも、何かもったいない気がした。
水袋はそのままで池の水をある程度飲むか。
水袋の中身を全て飲んで入れ替えるか。
すぐに後者に決め、池の方に行く。
彼の狂行に仔牛は戸惑う。
水を両手で掬い、口に運ぶこと5回。
息を吐いて振り返る。
そこには、ひとりになった仔牛と、
それに走り寄る、虎の姿があった。
フラグは彼らを逃しはしなかったらしい。
突然現れた相棒(予定)の危機です!
はっきり言って、まともに太刀打ちできねぇ相手です。
しかし、異世界の環境整備って難しい。
ビギナーズラックというご都合主義がないと、生きていけないじゃないか。