再度の目覚め
ゴトン……ゴトン……ガッ!
下から蹴りあげられたような衝撃に、微睡んでいた思考が一気に醒めた。上体を起こして周囲を確認すると、先ほどまでいた草原ではなく、木箱や樽が多く積まれた場所に居た。なめした皮が骨組みによって屋根を形成している所からして、どこかで見た、荷馬車……の中だろうか。
「やぁ、起きたかい?」
木箱の隙間を縫うようにして、男の顔が現れる。掘りの深い顔だ。目元の皺やほうれい線の深さからして、精々四十代半ばの男性に思われる。
「あの、ここは……」
口を開くと、男の顔がいったん引っ込み、横から縁に金色の刺繍がされた藍色のローブを纏った姿で出てきた。
「ここはセルヴェスタ商会の馬車の中だ。君がクラキワ平原で倒れていたから、安全の為に乗せたんだけど……余計な世話だったかい?」
「い、いえ! ありがとうございます」
草原で倒れていたのか……。思い返すと、倒れる寸前の記憶が浮かんでくる。全身を押しつぶすかのような圧迫感と閉塞感、それに末端から次第に動かなくなっていく身体……。あのままだったら、マキアの言うとおり、『活動停止』していたかもしれない。
……? 待て、俺は今何を思い浮かんだ。活動停止とはどういうことだ。俺は人間じゃないのか? それにマキアという名前も記憶に――。
「――痛っ!?」
「おい、大丈夫か?」
「大、丈夫……です」
脳の内側から、刺すような痛みがした。
直ぐにそれは収まったけれど、じくじくとした鈍い痛みが脳を不快にさせる。
「それならいいんだが……少し待っててくれ」
そういうと、男の人は再び木箱の横から御者の所へと向かう。
そう言えば、彼の名前を聞いていない。上等そうな服を着ているから、この荷馬車の持ち主、セルヴェスタ商会の偉い人なのだろう。
御者の人と一言二言交わした後、彼は戻ってきた。
「ジョルド……うちの使用人なんだが、彼に聞くともうすぐしたら街につくそうだ。そこの治療院で検査を受けた方がいい」
「治療院? 病院ではなくて?」
「ビョーイン? 君の所ではそう言うのかね。だが、このゲルカ帝国では治療院と呼ぶ」
ゲルカ帝国、聞いたことの無い名前だった。
彼の話によると、いまから向かう街は、帝都から北に位置するクラキワ平原(俺が倒れていた草原だ)を挟んで栄えている街で、このセルヴェスタ商会はその街にあるギルドに物資を運ぶため、帝都から移動してきているそうだ。
「そういえばまだ自己紹介が済んでいなかったね。私はオズワルド・セルヴェスタ。この商会のリーダーをしている。君は? 見たところ上等そうな衣類のようだけれど……」
名前、そう聞かれ薄ぼんやりと脳に四文字の漢字が浮かんでくる。
「賽野…裕也です。えっと、賽野が家名で、裕也が名前です」
確かめるように口に出す。口に出すことで、何処か実感のなかった名前がしっかりと刻みつけられたような、そんな感覚がした。
「ユーヤ・サイノーか。家名があるということは、中流階級以上なんだけれど、聞いたことが無いな……。家名が先にくるということは、東の大陸の出かね」
「東の大陸? ……まぁ、はい、そうですね……?」
元は現代日本から来たのだから、間違いはない。他国からしたら日本は東の端に位置する島国だ。
しかし、時代錯誤した格好を、彼、オズワルドさんはしている。多分、木箱の向こうの御者の人もそうなんだろう。車ではなく、馬車移動だし、今が西暦2018年ではないのは拙い俺の頭でも理解できた。
けれど、倒れる前に見たあの巨大な鳥。あれが脳裏にこびりついているせいで、もしかするとここが地球上ではない、という可能性が出ている。
『異世界転移』、その言葉が浮かんだが、それがどういったものなのか、わからなかった。
「そうなのか! 東の大陸は大きな山脈に阻まれて、未踏の地なんだよ。東の大陸に住む人間は空を飛べるという噂や、蛇のような長いドラゴンがいるという噂、果ては彼らは魔術を使うとき紙を使うとか! ひっきりなしに噂が立っていてね! 君を見てもしやと思ったんだ! 東の大陸の人間は、全員黒髪というのは本当だったんだと!」
少年のように目を輝かせるオズワルドさん。これ、墓穴を掘った気がする。
しかしながら、彼の話には気になる点があった。まずはドラゴン。架空の生物だとされているものが、まるで周知の事実として語っている。その次に魔術。これは、ファンタジー作品にでてくるアレ……なんだろうきっと。何故か確証がない。
とりあえず、これはそれとなく話を合わせるべきかな?
「えーっと、残念ながらその噂の真偽は、俺にはちょっとわからないです」
「どうしてだい? 君はさきほどそこの出身と言ったのに」
「出身といっても、生まれがそこなだけで、育ちはこちら側です。あ、でも両親は黒髪だったので、東の大陸の人間が、全員黒髪なのは間違いなさそうですね」
嘘も方便。今後髪色で何か言われた時は、この方法ですり抜けよう。
「そうなのか……だが見たことない服だな。失礼、少々お借りしても?」
「いいですよ」
着ていたブレザーをオズワルドさんに渡す。そういえば、あのスマートフォンどうなったんだろう。
「ふむ……。絹、ではないな。皮に近いが全然違う。手触りは麻の様だが厚く、しっかりとしている。これはどういった素材でできているのかね。それに、既存のコートとは違い丈が短い。ベストにしては袖があるようだし……」
オズワルドさんは熱心にブレザーを観察していく。素材に関しては化学繊維といっても俺も詳細はわからないし、曖昧な説明で誤解されても困る。
「そうだ、そちらの服買い取りませんか? 多分まだご興味が尽きないようですし、俺も身分を証明するものもお金もないですから。せめてその服を売って生計を立てようかなと」
そう提案すると、オズワルドさんは快く頷いでくれた。そこから細々した計算をして、お代は街についてからの支払いとなったが、ブレザーだけで銀貨3枚の価値となった。
通貨は大金貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨の五種類あります。
一枚どれぐらいの枚数に該当するのかは、また次の話。