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災難魔王  作者: ひらぐもよろず
第一章
6/7

憂鬱な日々

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◎ ルヴの人物メモ ◎


■ドルジ・コボック

 年齢:40歳

 武器屋リオングレイブ 店主

 元冒険者ランク:赤鷲の羽根 三本


 元冒険者。"預かり通り"に面する武器屋の経営者。

 ラミエルの父親であり、我の義父でもある。

 筋骨隆々の肉体を持ち、豪快な言動で職人ギルドを活気づけているようだ。

 7年前に嫁を亡くしていて、今はラミエルと我を男手一つで育てている。


 目立つ存在であり、都市でも有名人のようだ。

 其処彼処で顔が立つ者が義父と云うのは悪くは無い。

 名を利用出来る場面では、確り名を借りるとしよう。


■ラミエル・コボック

 年齢:11歳 

 冒険者ランク:赤鷲の羽根 一本


 ドルジの一人娘。書類上では我の義姉。

 目が悪いながも、4歳の頃から魔導武術とやらを学んでいるらしい。

 魔法と武術を混ぜた最強の拳法だとラミエルは言い張っている。

 僧侶の恰好をしているのは敵を油断させる為で、錫杖もフェイクだそうだ。

 師匠は隣家のジジイ。流派名も看板もあらず、奴が一番弟子だと云う話だ。


 初対面から気づいていたが矢張り冒険者らしい。

 赤鷲の羽根と云うランクだそうだが、自慢された処で今一ピンと来ない。

 義父と同じランクである処を見ると中堅クラスなのだろうか?

 因みに、我が生活に慣れるまで短期休業中だそうだ。


 …休業明けには冒険者ギルドに我も連れて行く腹積もりらしい。

 正直云って興味は無いが、離れるのも怖い故に断りきれそうにもない。


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森林都市ラジアース


"銀の金槌(ジルダッカ)"内 "預かり通り" 武器屋"獅子の咆哮(リオングレイブ)"


帝国歴 同年/ 同月/ 第三の星 五つ目

時刻◆ 12:20

天気◆ 曇天



今日は朝から曇り模様。昼下がりだと言うのに、窓から差し込む陽の光は元気がない。

この食事時くらいは明るい光の下でのんびりと食べたいと思うのが人間だろう。

壁に掛けられた鳩時計がチクタクと秒針を進めていく音が妙に大きく聞こえてくる。


気だるい午後の始まりに向けて食事を始めている小さな影が二つ。

彼らが座っているカウンターにはバスケットが置かれ、そこにはパンやジャム、野菜等が入っている。

天気の所為で薄暗くなった店内で、虚ろな目を浮かべたままパンを口に運んでいるのはルヴだ。

その隣では、彼に肩をくっつけながらパンにジャムを山盛り載せて食べている義姉・ラミエルが座っている。


二人の父親であるドルジは商いの為に朝から外出しており、店に居るのはこの二人だけ。

夜に戻るまでの間、二人で留守番するよう頼まれたのだ。


店に迎えられてから早くも二週間が経過した。

養子としての手続きが正式に受理された為、書類上の名前は「ルヴ・コボック」となった。

食事も毎日三食共に十分に与えられ、衣類も世間一般の子供たちと同水準の物を買ってもらった。

寝床はさすがにラミエルと離れたかったのだが、彼女の猛抗議に押しきられてしまい、同じベッドで夜を過ごしている。

ルヴを抱きしめながらだとよく眠れるのだと彼女は言っているが、ルヴの方はいつか圧死するのではないかと毎夜を戦々恐々と過ごしている。


店員としての働きは、生きるためにやむなくとは言え、勤勉に努めている。

訪問客への対応も、教えられたマニュアル通りにこなしており、常連客の顔もちらほら覚えつつある。

様々な知識を独学で覚えてきた元大魔王にとって、小さな武器屋の受付仕事などは朝飯前なのであった。


以上の事を鑑みるに、衣食住の点はもはや完全に解決したと言って良いだろう。

落ち着ける拠点の確保、及び飲食物の安定供給。

一般市民と同じ生活水準に達する事で、次なるステップへ踏み出す事ができるのだ。


しかし彼は現状に対して満足いってないばかりか、大いに不満ばかりが募っていた。

原因は主にくっついて離れない存在、つまりは義姉である。


常時、肩をくっつけてきて暑苦しい。

パッシヴスキルが「義弟にくっつく能力」ではないのかと疑うほどに、常に傍を離れない。


傍から見れば「可愛い盛りの少女がずっとひっついている状況」なんて羨ましい限りなのだが、

「常に一緒に居られる事」を言い換えると「常に監視下に置かれている事」となる。


すなわち、現在の目的が「自分を討った伝説の勇者の子孫、関係者各位に復讐する事」である以上、一日でも早く計画を練らなければならないルヴにとって、監視者と化しているラミエルの存在ほど鬱陶しい者は居ないのである。


常識外れの娘とは言え、結局は人間。

計画が知れれば父親に密告され、治安部隊に捕らえられ、何処ぞで処刑されてしまうに違いない。

また生き返る事ができると保障されているわけではないのだ。

こんな初手の初手で無駄死にするのだけは避けねばならない。


様々な思惑を脳内でぐるぐる回しながら、固いパンを温い牛乳で胃の中まで流し込み、ホッと一息吐く。

不意に唇に押し当てられる手拭いには無抵抗の姿勢を見せる。

毎食後にラミエルが口の周りを拭いてくれる事にはすっかり慣れてしまった、わけではないのだが。


「ごしごしごし、っと!はいこれでキレイになりましたよぉ可愛い弟になりましたよぉ。」


「…ありがとう、おねえちゃん。」


「うんうん、良い響きですねぇ。毎日聞いてもまっっったく飽きない魔法の言葉ですよぉ!」


「食器、片付ける。」


「へへ~。じゃーその様子を眺めちゃいましょうかねぇ。」


二人分の皿を重ねて洗い場に向かうにも、やはりラミエルがついてくる。

時折、彼女から「父親の言いつけを守っている優しい義姉ちゃん」ではなく「弟が皿を洗う姿を見ていたいブラコン義姉ちゃん」という単純かつ厄介な属性が垣間見える。


義弟ができて大変嬉しい、と彼女は毎日毎日ルヴとドルジに言い放っているのだが、それが過剰な好意である事に本人はまったく気づいていないようだ。


洗い物が終わった後はまた店番だ。

そう頻繁に客が来る事もないので、店内に並んでいる品の詳細を見て、書いて、覚えていく。

ラミエルはそんな義弟を見ながらあちらこちらの清掃に励むのだった。


「どうですかぁ?二週間くらいになりますけどぉ覚えてきましたかぁ?」


二週間経過していると言うのに何故か丁寧語を崩さない義姉に溜息で返事をする。


「覚えにくい単語とかぁわからない言葉があったらもーすっごく教えますよぉ??」


「会話を投げられる方が覚えにくいよ、おねえちゃん。」


「えぇぇー。今の言葉は私の心に渾身の一撃ですよぉ?」


(ならば泡を吹いて倒れてくれ。頼むから。)


心の中で懇願するも、眼前で大きなリアクションをとっている娘には実は何のダメージも入っていないのが現実なのだろう。彼女だってそれを知りながら()()()()()を求めての返事だったのだ。


(知識だ… 今は兎に角、知識を集めねばならん。)


この二週間、街の大動脈とも言えるメインストリート沿いの人気店から人気のない路地裏にあるマイナーな店まで、ひたすら歩いて探索し回った。

結局のところ大きな収入はなく、今のところ頼りになりそうなのは"緑の知恵(リグラーク)"という図書館で自由に閲覧できる数々の蔵書だった。


一日中図書館にこもっていたいのだが、店の手伝いや買い出し等々の雑務で一日の大半が終わってしまう。

週末になれば丸一日、休みをもらえる。思う存分調べられる日は、今のところその時だけだ。


――どこへでもついてくるであろう、目の前に居る義姉の事を考える。

図書館で読み漁る資料は果てしなく多いので、人手として使うのであれば助けとなるだろう。

調査内容から目的を導き出されないようにさえすれば、きっと。



「…おねえちゃん。」


「ん?何ですか何ですかぁ?お姉ちゃんに質問ですかぁ?」


「今週末、リグラークに行こう。調べたい事があるから、手伝ってよ。」


こうしてはっきりと助けを請えば、義弟に頼られたがっている彼女の反応は容易く想像できる。


「え!?手伝って欲しいんですかぁ?ふっふふーん!やっと頼ってくれましたねぇ。

 いいですよぉいいですよぉ、このお姉ちゃんが何でも調べてあげますよぉ!」


「う、うん。頼りにしてる。」


あまりにも想像通りの反応で、したり顔になるところだった。

顔の体操をしているフリをして表情を誤魔化していると、駆け寄る義姉と視線が交差した。


「そ・れ・で?調べる目的は何ですかぁ?」


「歴史とか、伝承とか…。」


「えーー?そんなつまらない話なんですかぁ?」


途端にラミエルのテンションが下がる。

急降下というより暴落といった言葉の方が似合うくらいの下がりようだ。


「…大事な事なんだよ?逆に聞くけど、一体何を調べると思ったの?」


「禁呪とかぁ禁じ手とかぁ禁断の地とかぁ?」


「違法モノに偏り過ぎてない? 今の言葉、憲兵共に聞かせたらきっと青褪めるよ。」


「やだもー!私ってばルヴと私以外はどうなっても気にしませんよぉ!」


(此奴は危ない。至極、危ない。)


心中で呟きながら、大きな溜息を吐く。

今後、どれ程の時間をこの危ない少女と過ごさねばならないのか。

考えただけで意識を失いそうになるくらい重いストレスを感じる。


今週末は都市で一番大きな図書館・リグラークへ向かう。

『赤い夜』の時代に関する知識は人一倍あるものの、現代に関する知識は無いに等しい。

多種多様な情報を吸収して、なるだけ早く計画を立てなければならない。


(つい)でに指輪に関する情報も出て来てくれたなら万々歳よな。」


このストレスフルな環境を改善しないと、近い将来に胃潰瘍で倒れるだろう。

ブラックな職場環境でもないのに日々蓄積されていくストレスの量は半端ではない。

これが真性のロリコンであれば至福の毎日へと早変わりするのだろう。

だが、ルヴはノーマル且つ異種族お断り派だった。


「はあ。精神操作系の魔法さえ使えたなら、容易であっただろうに。」


精神操作系の魔法は遥か太古の時代に、偉大なる使い手が一人だけ現れたという。

彼の者が歴史から忽然と姿を消して以来、六部族のどの記録にも使い手が現れた記録は無い。

よって魔法に関する記録も一切無く、言い伝えによる眉唾ものである可能性が非常に高いと世間一般では認識されている。

魔王自身も『赤い夜』の時代の中で一度も見た記憶がなく、一般認識と同じ見解を持っている。


もっとも、見た事があったとしても口封じとして記憶を改竄(かいざん)されている可能性も否定できないのだが。



(未だ夢幻に頼るレベルではないか。)


「なーに考えこんでるんですかぁ? かぁ? かぁ?」


「カラスかッ!! 語尾だけループすん…しない。」


世間体と言うものを気にしなければいけない立場になった為、店では乱暴な口調をなるべく控えている。

『武器屋の養子は真面目で大人しいただの子供』という役を徹底しようと心がけているのだ。

横にいる少女のせいで、頻繁に崩れてしまうのが問題点ではあるが。


「図書館で調べなくちゃいけない事を頭の中で纏めてただけだよ。」


「ふぅん?何を調べるんですぅ?」


(…ん?)


「――さっき、云ったよね? あれ? 僕の記憶、巻き戻ってる?」


「言いましたけどぉ聞いてなかっただけですよぉ?」


「おっと、想像もしてない返事だ。滅すぞ、小娘。」


怒りのあまり、額にはっきりと青筋が浮かぶ。

維持していた変身魔法が不安定になってしまったのか、頭の角や体毛が半透明で現れている。


「可愛い義弟を眺めてたら聞き逃すに決まってるじゃないですかぁ!!

 魔族なのに可愛い顔してるルヴが悪いんですぅ!!ムー!!」


「暴論振り翳しながら頬を膨らませても、僕は許さないよ。」


「褒めたのに暴論ってなんですかぁ?『ありがとうおねえちゃん!』って頭預けてきてぇ

 私によしよし可愛いねーってナデナデされる場面ですよぉしっかり空気読んでくれないとぉ!」


そう言いながらラミエルはルヴの頭を引き寄せようと、正面から掴みにかかる。

理解不能な行動を全力で防御するルヴ。力では敵わないが、上手く捌いて回避を繰り返す。


「空気読んでそんな理不尽な答えに辿り着くか痴れ者ッ!!」


「しれものってなんですかぁ? けどけどぉしれものって言う方がしれものなんですぅ!!」


平手打ちでルヴの手を弾くも残った手が邪魔をする。

しかし塞いできた手も手刀で打ち下ろして更にガードを解く。

ガードの解けた胸ぐら目がけて伸ばした細い腕は、体を右に捻ってかわされた。



そんな攻防を二人で繰り広げている一方、実は五分ほど前からずっと半開きの扉から顔を出して

姉弟のやり取りが収まるのを待っている人物がいた。


隣で隠居暮らしを満喫している元・武闘家のザック・バランさん(74歳・男性)である。

彼こそがラミエルに魔導武術を教えた張本人だったりする。


「…声をかけるタイミングが見つからんのお…。」


老人の彼から見て、孫同然の年頃の二人がとても楽しそうに遊んでいる(?)のは微笑ましい光景だ。

彼は汗ばんだ手でずっと持っている回覧板を握りしめた。



「……うむ。 一回、帰ろ。」



そ、っと閉じられた扉に気づく事なく、ルヴとラミエルの攻防は続くのだった―――…

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