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災難魔王  作者: ひらぐもよろず
第一章
5/7

少女の思惑

扉越しに聞こえていたはずの路地の喧噪が静まりかえる。

心臓の鼓動ばかりがうるさく聞こえて仕方がない。

外の音が聞こえなくなったのは、急激に緊張感が高まった所為だろう。

先程嵌められた指輪の呪いの事など、一瞬で思考の中から消し飛んでしまった。


義理の姉となった少女から伝わる温もりとは正反対の、氷のように鋭く冷えた囁きに思考が停止する。

ゆっくりと顔を向けると、笑顔を張り付けたままのラミエルと視線が交差した。


「……… 何…?」


「だからぁ魔族ですよねぇって聞いたんですよぉ。」


「………」


「ほら、森で会ったじゃないですかぁ?薬草を噛んでる時って手持無沙汰でぇ。せっかくだしお肌チェックでもしよっかなーってちょっと目を凝らしてあなたの体を観察してたんですよねぇ。」


「……、あの時か。」


こめかみを押えて小さく呻く。

薬草を咀嚼しながらこちらをしつこくチェックしていたのは知っていたが、月明りの下ではあまり見られてはいないだろうと勝手に安心していた。特に質問も来なかったので尚更だ。


「角も肌の色も翼もありましたよねぇ?手足も、もっとモジャってましたしー。」


「言い方を変えようか?もっと毛深くて~とか、より獣じみた~とか。」


「モジャってるでいいんですよぉ!可愛いからモジャってるがいいんですよぉ!」


「お、おう…」


強い意思に押されて思わず頷いたが、話を脱線している場合ではないのだった。


(魔族だと気づいていながら我を家族として迎い入れたと云う事か…?)


「おねえ… いや、演技は止めよう。 貴様の意図は何だ? 我の正体を、そして一族を知っているのなら、貴様たちと相容れぬ存在だと年端のいかぬ貴様でも分かるであろう?」


「いとって何ですかぁ?」


「…目的と言い換えても良い。」


「目的ですかぁ。私の目的…………………………。」












ラミエル、長考に入る。










「おーい!もしもーしッ!! フンッ、そらぞらしい芝居はよせ。見ていて寒くなるわ。」


「お空のお芝居はしてませんよぉ?目的なんて何もないからどう言おうか考えてただけなんですよねぇ。」


「…は?」


「あーでもでもぉ強いて言えばあるかもぉ?」


うんうんと頷いて手を叩くラミエルは()()()()を浮かべてこう言った。



「聖域で見つけた魔族の子供なんてぇ波乱を呼びそうじゃないですかぁ?」


「波乱…?」


「ですですー!ここってぇ刺激が薄いんですよねぇ。ほらあれですよほらぁ冒険者って言ったらやっぱりロマンと刺激を求めて動くものじゃないですかぁ?でしたら冒険者の端くれたる私も刺激を求めたいものじゃないですかぁ?」


ルヴの耳にかかる吐息と共に、ラミエルの心が漏れてくる。

じ、っと強い意志のこもった双眸の奥を覗き見れば、そこには仄暗く灯る炎が揺らめいている。



( …嗚呼、成程。漸く、こ奴の正体が視えたわ。)



「言動からして頭の可笑しい娘ゆえ、どうにも世俗とズレが在る様に思っていたが。


 ――貴様、()()()()()()()()だな?


 通常、気が触れた者は自覚症状もなく只管異常行動に出る。ゆえに気狂いと分かる。

 だが自覚が有れば行動をある程度は制御が出来る。裏でははっきりとした異常を起こしていたとしても、

 表で見せねば誰にも気づかれる事は無い。」


「あははぁ!こーんな可憐な眼鏡少女のどこが異常だって言うんですかねぇ?

 髪だってほらほら三つ編みですよぉ?ちょっと釘も編み込んでますけどぉ冒険者なら必須ですよねぇ。


「自覚あるけど表でも異常行動するのは只のサイコだよ!!本当何なのこいつッ!!

 決め顔のシリアス調で説明した我の7行を返せ!!」


「サイコじゃないですぅサイコってよくわかりませんけどサイコじゃないですぅ。

 けどけど気狂いって言葉は何だか気に入っちゃいましたねぇ気狂いのラミエルって二つ名に変更届出しても良いかなって思いました、まる!」


「マルいのは貴様のシワひとつなさそうな脳みそくらいだ。変更届を出すのは勝手にするが良いわ。

 …だがな、一つだけはっきりとしておきたい事がある。」


咳払いをして店内のドアを見やる。

幸い、ドルジはまだ戻って来そうにない。水一杯にどこまで行ったのだろう。

バケツ一杯に汲んできてさあ飲め!とか言いそうな親父なので少し不安になった。


そんな考えはとりあえず置いて、直面している問題に意識を戻す。

まずはラミエルの頬に手を当て、押しきって引き剥がそうと試みる。


「結局、貴様は何がしたいのだ?真面目な顔をしたと思ったら普段の呆け頭に戻りよって!」


だがラミエルの豪腕がルヴの行動を許さない。

むしろ互いの頬がくっつく距離にまで縮められてしまった。


「そもそも何故に此の指輪を我に… しかも左手の薬指だぞッ!?意味が分かっておるのか!?」


人間では婚姻の証となるのだが、魔族では同性のカップルがつける物として有名である。


「…クッ!やはり、取れぬッ!!流石は大いに呪われた指輪!!」


「んふふー、ん、んー、んーんーいいですねぇいいですねぇ。

 ルヴの指が細くて可愛かったからぁ似合うかなぁ思ってぇつけてみたらぁ

 ほらぁやっぱりぴったりで似合うじゃないですかぁ!

 だから何ひとつ問題ないんですよぉそんなにワタワタしなくてもいいですよぉ。」


「大いに呪われてますよこれって書かれた指輪を嵌めたら誰だってワタワタするわッッ!!!

 似合ったから呪い無効化される素敵な世界だったら幾つでも嵌めてくれるけどなッ!!!」


「違うんですかぁ?」


「貴様は異世界から来たの???この世界のルール分かってない系なの???」


「異世界なんてあるわけじゃないじゃないですかぁルヴは面白い魔族ですねぇ!」


「ぐぎぎぎぎ!!殴りたい…!!貧弱な坊やでしかない今の状態が心底憎い…ッ!!」


魔力が完全に戻れば『指先一つでダウンさ!』とか出来るのだが、戻っている訳がない。

出来ないことを夢想するよりも、まずすべきことをしなければ。

そう考えながら左手薬指に嵌った指輪に視線を移す。


手に入れたいとは思ったが、呪いの効果も知らずに装備をするつもりは全くなかった『それ』は、

未だ何らかの効力を発揮する様子もなく、不気味に煌めいている。

引き抜こうと必死に引っ張るも、がっちり固定されたかのように微動だにしない。

よく見れば指のサイズに合わせて大きさが変化していることに気づく。


「貴様の無礼は一先ず置いて、だ。此の指輪の呪いの効果は何か教えろ。

 一切が謎に包まれていようと一応は売り物で、しかも『呪われている事が分かった代物』だ。

 ならばその呪いの内容くらいは判明しているのだろう?」


「してますけどぉ聞かない方がいいですよぉ?」


「うむ、理解した。では解呪しに行こう。今直ぐに。」


「パパの冒険仲間が昔ぃそれを拾ってつけてぇ呪われてるって気づいてぇ。

 解呪しようとしてぇ頭が破裂しちゃったって話をしたら解呪したくなくなりますぅ?」


「貴様、本当、あのな。 貴様、えとな… 本当、ちょっと、うむ。 殴らせて?」


怒りが限界を通り越して言動が不安定になってしまったが、要求だけは最後に言えた。


「えーーーいいじゃないですかぁ似合ってるしぃ可愛いしぃ。可愛さは世界最強の武器ですよぉ?」


「可愛さが通じない敵に遭遇しても同じ事が云えるのか?」


「無理ですよぉ決まってるじゃないですかぁ。」


「怒り過ぎて眩暈がしてきた。」


こめかみを押えて項垂れるルヴ。

ふらつく彼の身体を抱き支えながら少し思案顔のラミエル。


「んーーー。でもでもぉ1()()1()()()()()()()()()()()ですからねぇ悩む必要もないと思うんですよぉ。」


「…………」


聞き違いだろうかと天を仰ぐ。

たった今、指輪の効果をはっきりと聞かされた気がしたのだが――


「待て貴様。災難云々とは何の話だ?」


「災難ってほら考え方でそれが災難なのかどうか変わっちゃうじゃないですかぁ?起きることぜーんぶ

 『あ、よくあるよくある』って考えちゃえばへっちゃらだって思うんですよねぇ!」


「我の言葉を聞け!!1日に1度、必ず災難に遭うと云うのは指輪の効果なのだな!?」


マイペースに喋り続けるラミエルの胸倉を掴んで、憎々いとばかりに睨みをきかせる。

話が事実であれば今後の謀や生活、あまつさえ生命さえも左右してしまう可能性だって大いにある。

指輪から強力な魔力を感知したのは、装備した者の運命を弄るほどの呪力を秘めていたからに違いない。


「…解呪…… 無傷で解呪が出来る方法を模索せねば…」


彼女から手を放して頭を抱える。膝から崩れ落ちそうになるが、それは何とか堪えた。

ただでさえ見通しのきかない今後の人生設計だというのに、初手から躓きっぱなしである。

容赦なく畳み掛けるストレスの数々に耐えかねたのか、やや熱が出てきた気すらする。


「大丈夫ですよぉほら!私もおそろにしましたからぁこれで寂しくないですよぉ?」


「おそろ?」


顔を向けた先には嬉しそうなラミエルと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が視界に入った。


事態がまた一歩、悪化した瞬間だった。


「何してんだァァァ!!!」


「えー?だってねぇだってねぇですよ?すごく寂しそうな顔をして悩んでいる様子だったからぁ

 ああきっと呪いにかかっちゃったのが一人で心細いんだぁって気付いちゃいましてぇ。

 ほらほら私は今日からルヴのお姉ちゃんですからぁ?

 その気持ちを救ってあげなくちゃいけないじゃないですかぁ?」


人差し指を天井に向けて胸を張り、『可哀そうな弟と同じ立場に立ってあげた優しい姉』を熱く解説する。

だが内容がどうであれ、彼女もまた、指輪の力に呪われてしまったに違いないのだ。


「救われるかッ!!其れより、其方の指輪の効果は何だ!!」


彼女からジワジワと離れながら相手の指輪を指差す。

こちらが災難に遭う指輪なのだとしたら、彼女の指輪は一体何なのか。


ペアで陳列されていた事や、似たデザインである事から恐らく一対として製作された物なのだろう。

だとすれば、似かよった効果か正反対の効果である可能性が高いはず――


「んー?こっちは何でしたっけねぇ。効果、効果、うーん??何だと思いますぅ?」


左手で拳を作り、腕を持ち上げる。ドクロが正面を向いた状態にしてルヴに近づいて来た。

彼女の歩数に合わせてルヴも後退していく。だが手狭な店内なので、すぐに逃げ場が無くなった。


「寄るな寄るなッ!其方も災難だったら如何する気だ!?」


「どうってことないですよぉどんな災難が来ても私が守ってあげますよぉお姉ちゃんですからねぇ!」


「ぎゃあー!!寄るな止めよ触るな抱き着くなァッ!!!」


ギャアギャア騒いでいるところにドルジがバケツを持って戻って来た。

ラミエルの顔面に掌を乗せて押し退けようとするルヴと、その手からするりと抜けて抱き着いてエヘヘエヘヘと嬉しそうに笑っているラミエル、という光景を見ながらも止めるような真似はしない。


「仲良き事は美しきかなッッ!!!」


二人が酷く騒いでいる様子を見て満足気に頷き、バケツに汲んできた水をルヴへ差し出す。


「そら、水だァッ!!腹いっぱい飲めッッ!!!」


「親娘揃って手に負えない馬鹿だなッ!!!馬鹿、バーカッ!!

 其れより、緊急事態だ!!此の指輪を外す方法を教えよ、ドルジ!!」


最早、少年の演技すら忘れてしまっているが、ドルジは不思議そうな顔をしなかった。

自分の指輪とラミエルの指輪を見せて、事情をかいつまんで説明する。


「……………」


二人が装備している指輪を見て、ドルジの動きが止まった。

さっきまでの和気藹々とした空気はどこへやら。

ドルジの顔は強張っており、緊張しているようにも見える。

虎の唸り声にも似たような呻き声を発したと思ったら、ルヴとラミエルの肩を掴んで頷いた。


「今後から二人一緒に行動しろッ!!トイレも、風呂も、寝る時さえも一緒に居るんだ。いいな?」


「は…?」


「はーい!!やったぁ!」


真面目な顔で話を聞かされた二人の反応は明暗分かれたものとなった。


「え?いや、いやいや…、云ってる意味が理解出来ぬ。常に一緒とは流石に―――」


「一緒に行動しないとお前ェは1日経たずに死ぬぜ。」


「……はい?」


災難に遭うとは聞いていたが、生死に関わるクラスの災いとは聞いていない。

頭が真っ白になってしまいそうだったが、強い意志で現実に戻ってきて頭を振る。


「それが指輪の、『死神夫妻(ダジュアシーカ)』の力だ。

 王冠の方は強力な災難を呼び、花冠の方はどんな災難をも退ける力を持つんだ。


 つまり、共に安全で居るには二人一緒に行動する必要がある。

 花冠が傍に居なくちゃあ、王冠を助ける事ができないからだ。災難はいつ来るかわからねえしな。」


「私は平気ですよぉ!むしろ一緒に居るなんてぇ姉弟らしくって胸が高鳴りますよねぇ!」


「此方は死ぬかも知れん呪いなのだぞ。高鳴る処か、動機が止まぬわ。

 …ドルジ。解呪の方法は、無いのか?」


恐る恐る聞いてみるも、ドルジは首を振る。やはり予想通りの反応が返ってきた。


「少なくとも俺は知らねえ。なんせ、教会に持ち込むと盗掘品ってのがバレちまいそうだから

 娯楽狂いの蒐集家にでも売りつけちまって厄介払いする予定だったんでなッ!」


「おいこら、ドワーフもどき。」


兎にも角にも解呪できないほど強力な代物であるならば、災難から守る力を秘めた指輪の所持者、ラミエルに常時べったりとくっついているのが得策なのだろう。

最も取りたくない手段ではあるが、指輪に詳しいと踏んでいたドルジでさえこの有様なので他に手を打つ事ができない。限られた選択肢は、既に選ばれているにも等しかった。


腕にしがみついているラミエルを見遣ると、笑顔のままで父親に目線を送っている。

眺めている笑顔は可愛らしい少女のそれ、なのだが――…


(目が、笑っていない… )


常に人懐こい雰囲気をまとわせていると思いきや、時折近寄りがたい剣呑な雰囲気を見せる事がある。

どうやら彼女にはまだ何かしらの隠された思惑があるようで―――…


「しばらくの間は娘と一緒に動くように癖づけてくれ。ゆっくり解決策を探っていこうや。

 とりあえず今日のところは部屋の案内と家の掟と、明日からの仕事と、色々教えてやる。」


「よろしくお願いしますねぇ弟くん!」


「…………分かった。お、お願い、しま、す… 」


日数を要する案件ばかりが山積していく。

若干のめまいを覚えるも、ひたすら前を見て進むしかない。


虎穴に入らずんば虎子を得ず。郷に入っては郷に従え。

二つの諺を飲み込んで親娘の後をついて行く。


先の見えない未来とはこうも真っ暗なものだったかと、不安に圧し潰されそうになりながら。

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