賽は投げられた
森林都市ラジアース "ルミナマルク管理塔1階 管理事務所"
同日
時刻◆ 11:21
天気◆ 晴天
以前説明した、ラジアースで有名な四つのエリアにはそれぞれを管理・監視している場所がある。
緊急時に即出動できるように衛兵詰所がついている為、都市内部の治安維持を果たしている。
これが区域管理塔である。
名前の通り、内部構造は塔のような作りになっており、1階から順番に管理事務所、衛兵詰所、仮眠所となっている。話し合いで解決できる場合は管理事務所が、それ以上の諍いが起きれば衛兵たちの出番となる。
「――― じゃあ明日、鐘が九つ鳴る頃に教会へ来てくれ。
公証人を呼んでおくから、彼に記録してもらうといい。」
「助かるぜ、ペルキー。」
「いいよ、別に。それよりあの子のケアをしてやってくれよ。きっと……傷ついてるだろうから…。」
朝の惨劇を思い出したのか、哀れむ余り落涙するペルキー。
彼はこの管理塔の副監理官を務めている男だ。
一連の事件を衛兵たちと目撃していたようで、ルヴに同情したのだろう。
ルヴの身の上を聞き取る際には何度も涙を流しながら頷き、その度に頭を撫でていた。
「任せておけ。俺の娘も、懐いているだけで悪意はなかったんだ。きっと仲良くなれる。」
ドルジは涙を拭く彼の肩に手を置いて、大きく頷くのだった。
「あ!ほらほらオークシ君出てきましたよぉパパーっ!」
「アア…ソウダネ…」
扉を開けて外に出ると、愛娘ラミエルとその被害者の少年ルヴが迎えてくれた。
あの事件直後からルヴの目のハイライトが消えている。心に負った傷は深そうだ。
真っ裸だった彼を哀れんだ衛兵たちのご厚意で、安物の布服と短パン、そしてパンツまで頂いた。
失ったものは大きいが、『捕まった裸族になって都市散策プレイ』を卒業する事ができた。
一方の無意識の加害者ラミエルは父親とルヴを交互に見てニコニコしている。
対称的な二人に苦笑したドルジは屈みこみ、双方の頭の上に手を置いた。
くしゃくしゃになるまでラミエルの髪を強く撫でる。
「森の火事からこの子を救ったお前ェをッパパは誇りに思うぞォッ!!でかしたァッ!!」
「へへーえへへぇー!もっと褒めていーよー!!」
次にルヴの頭を撫でる、撫でる、とにかく撫でる!過剰な愛情表現は親子共々一緒らしい。
ジョイスティックのように首を前後左右に振られてルヴは吐きそうになっていた。
「お前ェも大変だったなァッ!! だがもォう安心しろッ!!
明日から俺がお前ェの仮親だぜッッ!!パパって呼んでいいぞオッ!!ぶわっはっはっはっ!!」
「わっはっはっはー!」
ドルジとラミエルの豪快な笑い声がルヴの頭の中で反芻する。
微睡みに似た眩暈が目の奥で膨張していく感覚がある。
焦点のあわない視線の所為か、少し頭痛がする。
大魔王だった我が、人間の、しかもほぼ知らない親父の、義理の息子に、なる… だと…?
「…わ、訳がわからない…我は、偉大なる……」
「パパぁ!オークシく…じゃなくって、ルヴの歓迎会しよー!」
「おおッ良い考えだぞラミーッ!!気は早いが善は急げと言うッ!!歓迎会は善だッッ!!
ならば急いでやるしかないではないかァッ!!」
意見を挟む余地すら与えてくれない親娘に半ば引きずられる形で、ルヴは食材巡りの旅に同行した―――…
=―=―=―=―=―=―=
1時間後
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気絶した大ぶりの鶏の足を握りしめて歩くドルジ。
その横で空いたドルジの手を握ってよくわからない歌を口ずさむラミエル。
ラミエルに腕を引っ張られ、仕方なく一緒に歩いているルヴ。
傍から見れば仲睦まじい三人なのだが、ルヴの脳裏では『いつ逃げ出せば成功するか?』という題目のディスカッションが自問自答形式で延々と行われていた。
どの意見も最初は『いいね!』となるのだが、この隣で能天気に笑っている親子の対策案を求めると必ず「よくないね!」になってしまう。
結局、意見を出し尽くしてまとまった結論は『逃げ出すより二人の信用を得て地盤を固めるべき』だった。
つまりは対策など何ひとつとして出なかったのである。
「ぐぎぎぎぎ…ッ」
「?歯ぎしりしてどうしたんですかねぇルヴぅ?ねぇねぇどうしたんですかねぇ?」
変に敬語で喋ってしまう癖でもついてしまったのか、未だタメ口で会話しないラミエルの問いかけに、
心底イラッとしながらも顔には出さないように深呼吸。そう、自問自答により導き出された結論に沿う為に、己の抑制を試みるのだ。
(能ある鷹は爪を隠す! 一寸延びれば尋延びる!! 胸三寸に納めるッ!!! 以下省略ッ!!!!)
思いつく限りの諺を脳内で反芻し、自らの感情をコントロールして無理やりに笑みを作る。
「歯ぎしりではない、よ。 … お、お おおッおね、おねえ、ちゃん… 」
錆びついた玩具のようなぎこちなさだった上に、笑みは下手くその極みだった。
だがそれでも喜んでくれたようで、表情を輝かせたラミエルがルヴに飛びついてきた。
「やだもうやだもう嬉しいなぁ!!出会ってまだ間もないのに念願の弟が出来ましたよぉ!!」
「おねえちゃん、近い… 苦しい… 」
むぎゅう~~っと力強く抱かれているが、強過ぎて抱き潰されそうだ。
岩石で創られたロックゴーレムに全力で抱擁された時に感じる圧力と言えば他者に伝わるのだろうか。
「服とパンツ探しを手伝った甲斐がありましたねぇ!」
「手伝ったも何もアレは只の公開処刑だからなッッ!!!」
度量を超える発言をされたので思わず素に戻ってしまった。
あの事件だけはきっと生涯、いや、再び生まれ変わったとしても忘れる事は無いだろう。
数多の魔王が味わってきた恥辱の中でも、最大級且つ最悪の出来事だったのではないだろうか。
刻まれたトラウマを払拭するかのように大きく咳払いをして、義姉となった少女を押し退けようとする。
だがやはり単純に膂力が足りず、ビクともしない。城塞を覆う壁を押しているような錯覚を覚える。
「押しあいっこですかぁ?お姉ちゃんは強いですよぉ通りの端から端まで飛ばせますよぉ!」
「うん、我… 僕が悪かった。やめようおねえちゃん。今すぐやめよう。」
「えー!得意技なのにー!」
ラミエルが唇を尖らせて抗議するところを見ると、恐らく本当に通りの端から端まで子供をかっ飛ばせる人間離れした技を披露できるのだろう。だが飛ばされるのが自分であると言うのなら、やめない理由がない。
見た目に反して言動が熟練のサイコパスじみているラミエルと、これから長い間を"家族"として付き合っていかなくてはならないのだ。そう考えただけでルヴは、無意識に舌を歯にあてがったり、刃物を探したりしてしまうのだった。
(我がこやつらと仲良しこよしで過ごして、一か月以上生き延びられるビジョンが見えぬ。
いざとなったら… 店の武器を用いて夜襲を仕掛けるしか――― )
「さて、着いたぞッルヴよォッ!」
まだくっついて離れないラミエルと蛇行して暫く経過した頃、ドルジが立ち止まった。
"深森の暴君"として知られるブルーライオンを模した看板が扉より上に打ち付けられており、ライオンの体に浮き掘りされた『獅子の咆哮』と言う文字が見てとれた。
衛兵に召喚された時に店を閉めてきたようで、扉にかけられた三重のロックを順番に解除していく。
「ココがお前ェの新しい家だぞッ!!さあさ、遠慮なんかしてねえで入ってくれッ!」
「さあさあようこそおいでませっ!」
(いちいちボリュームが大きいのは遺伝なのか?)
オーバーリアクションを畳みかけてくる二人に徐々に慣れつつある自分が嫌になりながらも店に入る。
武器屋とは聞いていたが、思っていた以上に重厚感漂う… 打撃武器ばかりが壁に掛かっている。
斧や剣もあるにはあるが、全体の二割程度だろう。ケースの中に収められた者まで打撃武器が多い。
(…成程。出会った当初、ラミエルが『殴るのが好きだ』と云っていたのは、この父親の鈍器趣味が
影響していたのか。流石は親子だな。
―――其れにしても、低級魔物から奪った様な粗悪品から見事な業物までピンキリ揃っている。
武骨極まりない親父ゆえ、さぞ店内も錆の庭園と化しておるのだろうと高を括っていたが。
風貌とは真逆の拘りがあるのだろう。ドアノブから調度品に至るまで、塵一つ見当たらない。)
店の隅々まで目線を這わして評価を算出中のルヴ。
その様子を見てドルジは満足気に頷く。『立派な店だろ?』とばかりに腕を組み、鼻息を鳴らした。
ラミエルはルヴの目線を一緒に追って、いつ質問が来ても良いようにスタンバイしている。
(風の精霊をスクロール云々で使役して、全ての塵を排出しているのかも知れない。
とても人間風情が毎日手入れ出来るものではないだろう。
…………………
おおお、こ、この指輪は素晴らすぃ… 禍々しい魔力に溢れておる…!!
魔力の枯渇した我に最適の装備ではないか!目を盗んで懐に収めてしまいたい… が。)
ルヴが興味を示したのは、硝子のケースに収められていた二つの指輪だった。
一つは、王冠をかぶるドクロを模った貴金属が台座に嵌め込まれており、銀の艶が鈍く煌めいている。
一つは、花冠をかぶるドクロを模っている以外、片方との差異はない。
突如沸き上がった興奮からか、気づけばルヴはケースから取り出して直に確認していた。
貴金属の素材は分からない。硬くもあるような、柔らかくもあるような… 不思議な触感をしている。
値札の備考欄には『名前:無銘 作者:不明 製作年:不明 呪い:大いに危険 触るな それでも興味がある方は店主まで』と書かれていて、これが売れ残っている理由がよく分かった気がした。
「呪い…呪いか。二つ付けると発動するのか?それとも片方でも発動するのか?」
思案しながらチラッと横を見ると、ラミエルの顔が視界一杯に映った。
それもそのはず、先程からずっとにこにこしながら超至近距離に居たからだ。
ビクッとして表情を強張らせてしまったルヴを見てパチクリと瞬き一つして首を傾げる。
だがその一瞬後には満面の笑みを浮かべて指輪の説明を始めた。
「気になる気になる?気になっちゃいますぅ???
ルヴってば良い観察眼をお持ちですねぇ将来有望な装飾職人候補ですよぉ。」
「其処は武器職人候補って云うべきでは…」
「アクセの方が綺麗で良いじゃないですかぁ?どんな極ブサイク級男女だってすっっっごく綺麗なアクセをつけたらぁ真ブサイク級にランクアップされちゃう優れものだと思うんですよぉ。」
「極と真の違いが分からないけど、世のブサイク達を下に見てる事だけは分かったよ!」
ラミエルが喋る度にツッコミを入れているので疲労が半端ではない。
それも普段の高圧的な喋り方ではなく、義弟としての年相応の喋り方なので尚更疲れが溜まる。
心なしか、声も枯れてきた気がする。思えば泉で水を飲んだっきりだ。
「おっさ… ゴホン! ドルジおじさん、水が飲みたい。」
「おおッ喉が渇いたのかッ? 今持ってきてやるッ!」
ドルジが親指を立てて店の奥に引っ込んだのを確認して、大人しく待とうとした。
だが―――
左手に何か異物をつけられたような感覚が生まれる。
「………?」
ラミエルに何かいたずらでもされたのではと、手を上げて見る。
「…………………」
とても気に入ったあの指輪が自分の薬指にしっかりと嵌っている光景が視界に入った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は??????」
こんな事をするのは一人だけだ。
と言うか、この場に居る人間は他に一人しかいない。
「おい小娘おねえちゃん??これは何―――」
「話せば長いような短いようなワケがありましてぇ。とりあえずこうしますねぇ!」
文句を言おうとしたところで言葉が遮られる。
ラミエルはルヴの背後に回り込み、勢いよく抱き着いたかと思えば、耳元でそっと囁きかけた。
「 ―――― あなた、魔族ですよねぇ?」