森林都市ラジアース
=============================================
森林都市 ラジアース。
太古の森"大地の母"を管轄している中規模の城郭都市。
都市を中心にして周囲には大森林が広がっており、その広さはおよそ1500ha。
ラミンティアの東に位置しており、かつてはこの一帯もラミンティアの森であったと推測されている。
都市そのものが崖の上に建てられた為、正面を守る大正門以外からの侵入は困難だとされている。
事実、都市が建設されてから500年の間、正門を突破・占拠された事は一度もない。
土人族が製造した頑丈な大正門は『大地の盾』と呼ばれ、観光スポットにもなっている。
多種多様な露店が並んでいたり、大きな祭事を行ったりする区画"光の市場"。
大木で作られた旧い図書館"緑の知恵"や学問所、教会がある区画"識者の門"。
教会施設や各ギルドが立ち並ぶ区画"銀の金槌"。
都市唯一の歓楽街として毎晩賑わっている区画"青い蝶"。
人通りが多いのは主にこの四つの区画であり、この何れかに足を運べば大抵のものが手に入ると言われている。勿論、この国で定められている法律と都市条例の範囲内であればだが。
農業と林業が盛んだが、初級冒険者が多い事でもよく知られている。
森は生命の宝庫であるがゆえに様々な危険生物の宝庫でもある。
この森林都市も例外ではない。冒険者ギルド・ラジアース支部には毎日毎日、眉毛をハの字に曲げた
依頼人たちがやって来る。助けを請う見返りに用意した報酬を握りしめて。
=============================================
森林都市ラジアース
"光の市場"内
帝国歴 711年/ 一角馬の月/ 第一の星 五つ目
時刻◆ 07:01
天気◆ 晴天
都市の中央に作られた広場を使ってルミナマルクは開かれている。
定期市とは別に毎朝店を開いて、日が暮れれば店じまい。
閉めた後は声をかけてくる客にもお構いなし。「また明日な」と一言残して店舗を去る。
「今日も疲れたな」と店主達は互いを労いあって、我先にとブラウリングへ向かうのだ。
そんな訳で、ルミナマルクの露店商人達の朝は早い。
大抵は朝の5時から準備を始めるが、一部の店主たちは3時頃から準備を始める。
誰もが忙しなく動いている中、亜人族たちも働き手に混じっているようで、広場の方々で見かける。
亜人族といってもリザードマン、ヴァラヴォルフ、ドワーフばかりで、他の種族は居ないようだ。
彼らも店を営んでいるらしく、時折握手したり、中には悪態をついて睨み合ったり、そしてそれを仲裁に入ったりと他の種族同様に多忙極まる有様だ。
そんな様子を見て笑ったり怒鳴ったりする人間族もまた、驚いた顔をしている者は誰一人として居ない。
※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※
近年では多種族同士が共存共栄を行う事が珍しくない光景になっているのだが、異を唱える者が少ない理由として種族間通商が以前にも増して盛んになった事が挙げられる。
関税としての大きな収益の他に、多種族の文化が混ざりあう事で新たな技術が開発されたり、亜人と言えども住んでくれるならば『国の人口』扱いとなるので人口の増加=人手増加=国力増強にも直接繋がる。
当然デメリットも存在するが、表立ってそれを唱えているのは亜人嫌いの保守派ばかりだ。
いつまで続くか分からない蜜月を逃す気はないと、都市だけでなく国を挙げて積極的に諸国との交易を推奨している。
※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※
時間も経過して、広場は賑わいを見せ始めていた。
商品と値札のレイアウトを変更したり、並べ終えた物を再確認したりと開店準備を着実に終えていく。
朝日が全形を出した頃、旅人や身軽な装いの常連客たちが訪れ始めた。
「よう!今日は早いな!いつもの寝坊癖はどうした!」
「カミさんと朝まで仲良くしてたからな!寝てねえんだよ!いつものくれ。」
「あいよ。けどなぁ、カミさんっつっても奥さんじゃなくて、カミって名前の新しい女なんだろ?」
この世界で言うところの『歯ブラシ』である歯木と、歯磨き粉代わりに使う薬木の樹液を棚に出す。
続いて、金ダライに汲んであった水を小さな桶ですくって、男に差し出した。
毎朝、この店で買ってその場で歯磨きをしながら、雑談を交わすのが日課となっている。
「そりゃいいな。今度そんな名前の女でも探してみるか!」
「よせよせ!どうせ手酷くあしらわれるだけだ!奥さんのビンタより赤い痕がつくぜ!」
HAHAHAHAHA!!
と言った感じのやり取りが、どこの店でも始まったルミナマルクの朝。
あらゆる人種の往来も徐々に増えてきて、広場のあちらこちらで渋滞の兆しが見られる。
この賑わいにルミナマルクが包まれた頃、日常の景色に乱入する二人組が現れた。
大正門にて、門番兵たちの制止を無視して。
詰所から召喚された警備兵たちを振り払い。
警笛に気づいた衛兵たちの包囲を破り抜き。
裸の少年を肩に担いだ状態でルミナマルクに現れたラミエルは、開口一番こう言った。
「この子に合う服とパンツ売ってくださぁぁーい!!!」
広場に響き渡る元気な声が(一部を除いて)辺りから賑わいを奪い去った。
「…………殺せ。我を殺してくれ…。」
片手で顔を覆い、もう片方の手で股間を隠している内股のルヴは既に心が折れていた。
復活して早7時間。もう死にたいと思わせるほどの恥辱をどっぷりを味わい、勇者たちに大敗した時の十倍の絶望感に襲われる羽目となった元・大魔王。
唯一の救いは、都市に入る直前に変身魔法をかけた事だろう。
魔族の外見的特徴をすべて普通の人間に見えるよう己に偽りの姿を貼り付けたのだった。
そんな彼の心情も露知らず。
担いだルヴを放そうともせず、一言目と同じセリフを叫びながらラミエルは歩き回る。
悲惨な光景を見せつける二人の後ろから、鬼の形相を浮かべた一団が追いかけて来た。
無視されたり振り払われたりした可哀そうな衛兵隊の面々だ。
全員が揃って無能と言う訳でもないのだが、彼女の怪力に為す術がなく、突破を許してしまったようだ。
「いい加減に止まれって!!衣類はあっちの通りだぞ!!」
「もう下してやれ!服は俺たちが買ってきてやるから!!」
「おい君、大丈夫か!?俺たちの声は聞こえてるか!?どこの子だ?」
「……げッ!こらこらこらッよせ、落ち着け!!舌を噛むなッッ!!」
「布ォッ!!木でもいい、何でもいい貸せッ!!!口に突っ込め!!」
声を荒げてラミエルの腕やローブを掴んだり、泣きながら舌を噛み始めたルヴの口に無理やり布や指を
突っ込んで自害を阻止したりと忙しない衛兵たち。
「やだー何ですかぁ朝から熱烈な歓迎はちょー嬉しいんですけどねぇ今ちょっと忙しいんですよねぇ!」
「お前のやってる事は、公衆の面前で同世代の男の子を裸体で連れ回す、れっきとした犯罪行為だぞ!!」
「違いますぅーオークシ君は私のお友達で服がなくて困ってるから服を探してるんですよぉ?
裸で歩くと奴隷と間違われそうだからこうしてしっかり掴んで歩いてるんですよねぇ!
ねー!オークシ君、ねー!」
何度も相槌を求められたがルヴはそれどころではない。
口に詰められた布云々を噛み千切らん勢いで自害を試みているからだ。
それを必死に妨害しながら「人生はそんなに捨てたもんじゃないぞ!」と説いている衛兵たち。
「誰か服とパンツ売ってくださぁーーい!!古着でもいいですよぉー!!」
衛兵数名を引き摺りながらルヴを抱えつつも歩行速度に変化はない。
暴走ゴーレムを相手にしているかのような錯覚すら覚える衛兵たち。
そんな時、面白い見世物だと言わんばかりに集まっていた群衆の誰かが鶴の一声をかけた。
「ドルジのおっさん呼んだらいいんじゃねぇの?」
衛兵たちが互いに顔を見合わせて「それだ!」「何で気づかなかったんだ!」と大きく頷いた。
一人の衛兵がラミエルから手を放し、鋭い走りで広場を駆け抜けて行く。
「パンツくださぁーい!木でも鉄でもいいですからぁ早くしないと彼、風邪ひいちゃいますよぉ!」
「良くないだろ!!風邪ひく前に羞恥心で自害しようとしてるだろ、もう放してやれ!!!」
「やだもー!しつこいですねぇいいですよぉ私諦めませんからぁ!
誰かぁールヴ・オークシ君に愛の手ならぬ愛の服かパンツくださぁーい!!」
「フルネームで追い討ちかけんなッ!!!お前、どんだけの恨みがあるんだよこの子に!!」
いよいよ衛兵たちの疲労がピークに達しようかと言う時に、ルミナマルクの中心に辿り着いた。
ここに来て、今まで騒ぎに気付いていなかった者たちも何だ何だと野次馬に転じていく。
魂の抜け殻のようになったルヴを振り回しながら「衣服とパンツを!」を高らかに叫ぶラミエル。
「 ――― 衣類はッッ ここではッッ ぬわァァァァァいッッ !!!!!! 」
突如、広場に奔る轟音。
教会の鐘楼を耳元で鳴らされたかのような衝撃に、居合わせたほとんどの者が肝を縮ませた。
マイペースのカリスマであるラミエルですら呆けた顔で傾げている。
だが衛兵たちや店主たちは歓声を上げる。救いが来た、と――…
「いつも言ってるだろォ!!!衣類は、うちの隣の隣かッ!そのまた隣の隣の隣だッッ!!」
大きな声を発しながらラミエルたちに接近していくのは武骨な中年男性。
背丈は190㎝近くあり、肩幅も広く、腕や足は丸太のように筋肉が隆起している。
豊かな髭が顔の顎周辺を覆い、背丈がなければドワーフにしか見えないだろう。
だが、ラミエルは破顔して男に飛びついた――… 肩にルヴを、腕や服に衛兵たちをくっつけたまま。
「ただいまパパぁ!!」
「よくぞッ戻ってきたッ愛しい娘よッッ!!!」
感動の親子対面… という訳でもないのだが、何故か涙ぐむ者が数人。
衛兵たちもやっと抑えてくれる人が来たと安堵し、地面にへたりこむ。
内股で小刻みに震えているルヴに毛布をかけてあげるドルジ。
「お前ェが騒ぎを起こしていると聞いて急いで来てみりゃあ、何だ。このひょろっちいガキは?」
「森でねぇ燃えそうになってたから助けてあげたんだよねぇ。でも裸だったから服がいるかなって!」
「だからと言って衛兵の野郎共に迷惑をかけるなっていつも言ってるだろッ!!
…ま、とりあえず詳しい事情はうちで聞くとしよう。帰るぞ愛しい娘よッッ!!」
「はぁーい!」
ラミエルとルヴを肩に乗せて広場を立ち去るドルジ。
残された人々は騒ぎが収束された事を知ると肩をすくめて、また元の往来と喧噪に戻って行くのだった。
―――――――……
が、ドルジたちの先に衛兵たちが回り込んだ!!
「「「「「事情聴かせてもらいたいのは、俺達なんだが?????」」」」」