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スケッチブックを真ん中におき、しかし三人は珍しく何も書き込むことなく、その白い紙の上に置いたスマートフォンを睨み付けていた。
その日は泉のコンクールの当日だった。彼女の作品は一次審査を勝ち抜き、本選へと進んでいた。
コンテストは枠にとらわれないプログラムを競う大会で小学生の部から22才以下のクラスまでがある。
オリジナルであればジャンルは問わない。 例えば何かを動かすためのプログラム、新しい形式の文字入力システム。自由に動画を作ることの出来るアプリなど、多岐にわたる。
その中から、正確さ、斬新さ、商品化の可能性などいくつもの項目で採点がなされ、それぞれのクラスで賞が決まる。
大手ゲーム会社やSNS運営会社などが後援、審査員を務めている。そのため認められた人材はその後押しを受けてより高い技術を得るためのトレーニングに参加できたり、企業からのスカウトが来たり、また、起業のためのサポートが受けられたりと、注目されているイベントなのだ。
そんななか、泉が提出したのはゲームだった。
インターネット内に架空の町を作り出しユーザーはその町に住む子供となってゲームを進めていく『SHOWA CITY』だ。
なにぶん舞台が昭和なので、遊びも昭和だ。鬼ごっこ、缶けり、縄跳び、メンコ……泉たちの世代ではもちろん、透だって見たこともやったこともない遊びを、画面の中の子供たちは楽しむ。
仮想のコインを使って駄菓子に迷い、がちゃぽんに興じ、ゲームに使うPP弾を買う。
個人の会話や情報を交わせるBBSやプロフなどは採用しなかった。使えるのは学校の黒板と駅の掲示板に『○○をするから、いついつ、ここに集合』という連絡だけ。フォーマットにはそれしか記入できない。そしてそれを見たいっしょに遊びたい子供たちは必要な用具を揃えて(メンコや縄跳びなどを駄菓子屋で調達する)約束の時間に集合する。
募集人数の制限は、言い出しっぺが行うが、もちろん規制をかけなくてもいい。すると百人で鬼ごっことか地獄のようなゲームが始まったりする。
勝ち数でランキングを出したり、ご褒美がもらえたりする。ご当地ルールを採用しても構わない。
泉はこのゲームを自らの経験から生み出した。
当然平成の子であった泉の回りには、意外にもこのゲーム内で遊ばれているものが健在していた。
彼女は幼い頃、ここから離れた地方に住んでいた。近くに大きな団地があり、車にもおかしな大人にも怯えずにすむ大きな公園を有していた。そこはいわゆる県営住宅で、子供のいる若い家庭と年寄り世帯が多かった。
泉の通う小学校には『昔遊びクラブ』なるものがあり、そこに所属する子供が中心になり鬼ごっこやかくれんぼなどに熱中していたようだ。体力も知力も異なる学年の違う子供たちがいっしょに遊ぶにはうってつけだったのかもしれない。
泉は学校帰りに、休日に、遠くからその子供たちを見ていた。
誘ってくれる友達も持たず、声をかける勇気もなかった子供だった泉は、ついぞその輪の中に入ることはなかった。
それよりも子供の頃から親が買い与えてくれたゲームにどっぷりだった。そのせいか、同世代の子供たちはとても幼く見えて、一緒に遊びたいとは思えなかったのだ。
心ではそう思っているのに、彼らを夕方の公園で見かけると切なくなった。下らない遊びだと思っているのに、一緒に走って鬼から逃げてみたい。あの缶を思いきり蹴飛ばせたらどんなに爽快だろう。
しかし一度も彼らの仲間に加わることはなく泉はその土地を離れることになった。高学年になった頃、親の離婚により今の住まいに母親と越すことになったのだ。
転校先の学校で、お父さんお母さんが子供の頃にしていた遊び、という授業があった。 そこで知った。ああ、あの子供たちが遊んでいたのはこれなのだ。ルールも知らなかったし、遊びの名前すら聞くことはなかった。
鬼ごっこ、氷おに、高おに、ドロケー……クラスの子供たちが親にインタビューして集めてきた遊びを、泉は目の前で確かに見ていた。昔のことではなく、今の子供たちが顔や服をを泥だらけにして遊んでいるのを。
引っ越しが決まったときも、電車の窓から離れていく育った場所を見たときも悲しくはなかった。
でもその授業中、あの夕日の中の子供たちのことを思ったら苦しいくらいに寂しくなった。大事な場所を置いてきてしまった。父がいて母がいた、なにも困ったことのない優しい場所を。
泉は、ゲームの中であの頃やりたかったことをやり尽くす。
ここは昭和なのだから、スマホもパソコンもSNSも無料通信アプリもない。ユーザー同士を繋ぐ連絡方法など必要ない。男アバターは全員坊主で女アバターは例外なくおかっぱだ。そんな子供はあの中にもいなかったように記憶しているけれど。
泉から話を聞いたとき、本当に見た目にそぐわない感性に驚いた。
いつも大抵黒い服を着ている泉は、ファッションのほうのデザイナー希望といわれても違和感はない。顔立ちも物腰もクールだし三人の中では一番背が高くスタイルもいい。
しかしその実、筋金入りのゲーマーだ。十五才以下お断りのエグいホラーゲームから長いシリーズを誇るRPG、理想の彼を落とす乙女ゲームまで何でもござれ。その上ゲームについてのうんちくもすごく語りだしたら他のメンバーではついていけない。
そんな彼女が時間をつぎ込んで作ったゲームは透だって名前くらいしか知らない遊びがテーマだった。
今ごろはプレゼンも終わって審査結果を待っている時間だろう。泉の事だから涼しい顔をして他の参加者を威圧しているかもしれない、想像すると少しおかしい。
『……遅いね』
『うーん。終了予定から……二時間か。力作揃いで審査に時間がかかってるのかもね』
『……』
『元気ないねータドケン。学校忙しい?』
『や、ダイジョブ。ちょっと疲れてるかも』
そういわれてみれば顔色が悪いような気もする。それに、心なしか痩せたような感じも見受けられる。
『そういうときは風邪引きやすいから、気ぃつけてな』
『ありがとうございます。バイト入れすぎちゃって、睡眠時間短くなっちゃっただけっす』
『なんで? なんかほしいものでもあるの?』
『まあ、そんなとこ』
なんとなくおかしいような気がしたが、その時夏希のスマホが着信を告げ、全員が勢いよくそこに注目した。
『大将、とった』
『……』
『……』
『……』
『この、大将は』
『大賞、だよね』
『え、すごーーーーーーい!!!!!』
透はどの位の応募があったのかは知らなかったが、どんな規模だって一番はすごい。彼女がこつこつと努力してきたこと、それに彼女の大切にしてきた想い出までも評価されたようで、自分のことでもないのにとても嬉しくなった。
『ちょっと返信しますねー!』
にこにこと嬉しそうに夏希は文字を入力し始めた。
『おめでとーーー! すごいよイズミ♥ まだ帰れないの?』
『ありがとーーーー! なんか、いろんな会社の人から名刺貰う会になっててもー少しかかりそう。ちょっとトイレって抜けてきた』
『今度、おめでとう会しようねっっっ』
『さーんきゅーーー』
会話が終わり興奮冷めやらぬ夏希はそれでも落ち着こうとアイスティーをぐいっと飲んだ。
『イズミすごいな。俺たちのなかで一番の出世頭になるんじゃないか?』
『うんうん! わたしも負けないでがんばろーーーーっっ』
『ごめん、僕帰るね』
「え、ちょ、どうした?」
話の流れをがらりと変える賢一郎のメッセージに、思わず筆談を忘れて透は立ち上がった。
「……どうもしてないです。ちょっと、疲れちゃって」
「そっ……か。気を付けて帰ってな。できたらバイト少し休んで、ゆっくりしろよ」
透の声に賢一郎は軽く笑って頭を下げると、帰っていった。後ろ姿を見ていた夏希は、眉をひそめてボールペンを動かした。
『……なんて?』
『あ、ああ。ごめん。ちょっと疲れたからって。最近ずっとあんな感じ?』
『うん。なんか、ボーッとしてることが多くって。バイトたくさんいれてるのは、ほんとみたい。タドケンのバイトしてるコンビニの前通ったら、いつもと違う時間にいたもん』
『それで具合悪くなったら本末転倒なんだけどなー』
心配ではあったが、イズミが受賞したことへの喜びですっかり舞い上がってしまった二人は、それからしばらくスケッチブックに向かって盛り上がっていた。
賢一郎がここ二、三日大学に来ていないと聞いたのは、それから一週間程経った頃だった。
泉が学生課に聞いたところ、祖母が亡くなったのでしばらく休まなくてはならない。一ヶ月後の提出レポートを遅らせることはできるか、と問い合わせがあったというのだ。
彼らの大学に忌引きという制度はなく、試験なら教授の計らいで追試があることもあるが、それも交渉次第だという。レポートならなおのこと、教授に相談して提出期限の延長を申し入れるしかない。それだって認められるかどうかは怪しいところだ。
祖母の忌引きだと、せいぜい三日というところだろう。彼が大学に進学するのに家族のなかで唯一賛成してくれたのが祖母だったから、レポートが手につかないほどショックが大きかったということだろうか。
「……ん?」
唯一応援してくれた……、となると、今は応援してくれる人はいない。
「と言うことは」
「なに? どした」
横から小澤にひょいっと声をかけられて、透は慌ててトレイを持つ手に力を入れ直した。危ない、せっかくのAランチがマッシュポテトになるところだった。
まさか彼は学費の工面を自分でしようとしているのか。
その可能性は大いにある。賢一郎の話が本当だったとすると、親は彼が今の大学で学び続けることを依然として喜んではいないのかもしれない。だとするとこれ幸いと大学から引き離そうとするか……。
でも、本人が医大への進学を望まなかった場合、彼の最終学歴は高校ということになる。このまま大学に残って、教員免状をとるなり公務員試験をパスするなりしたほうが、医者の父としての面目が保てるのではないだろうか。
(まあ、でも)
そうと決まったわけでない。揚げたてのコロッケに箸を差し込みながら透は思う。息子に跡を継いで欲しいというのは父親共通の望みなのだろうか。自分もその立場だし、隣に座ってここで一番安いカレーライスにサービス茹で玉子を乗せて食べている小沢もそうだ。
給料三割カットが地味に効いているらしい。専務から親御さんも助けないようにとキツく言い渡されたようだ。
「小澤さんは家業継ぐのに抵抗とか迷いとかなかったですか?」
「え? そうだなー。もう、子供の時から親からも回りからもずっと言われてきたから、自分にそれ以外の道があるって考えたことがあんまりないんだよねー。仕事じゃなくても好きなことって出来るじゃない」
「例えば?」
「歌が好きだったら思いきってのど自慢に出てみるとかさ。絵が好きだったらコンクールに出してみるとか。ただ好きなんだから失敗しても別にいいし、誉められるようなことがあれば嬉しいし?」
「あー……」
仕事は仕事、好きなことは趣味でいくらでもやればいいということか。でも学芸員を趣味でやるって、ないのではないか?
「なんで。人生に迷っちゃったの?」
「俺じゃなくて。最近、宮脇の学生とよく話すんですけど、親に学芸員になるのを反対されてるって」
「学芸員、募集が少ないからなー」
「はい。おうちが医者だから、そこを継ぐように熱望されてるんですって」
すると小澤は茹で玉子をカレーの上で崩しながら当たり前のような口調でいった。
「それは医者になるべきだ」
「え、なんで!」
「学芸員への最短コースじゃん」
「ん?」
小澤が言うにはせっかく資格を取ったって美術館や博物館に就職できる可能性は非常に低い。
それならば、自分が医者になる→もうけた金で美術品を収集する→もうけた金で美術館をたてる→一般に公開する、館長のできあがり。
「いや、館長じゃないんです」
「でも、学芸員の仕事って企画提案したり、展示の方法考えたり、正しい保存をしたりとかでしょ。自分の美術館で自分がそれやって何が悪いの?」
「……」
なるほど。伊達に酒呑んで意識ないままとんでもないことやらかしていない。目から鱗だ。
そうなれば自分の興味のある作家の作品を自ら選んで買い付けることが出来る。田所コレクションとして公開すれば立派な美術館だ。
「小澤さんて本当にすごいですねー。俺はじめて尊敬しました」
「はじめてか」
「だって、ねえ」
「みなまで言うな」
それにしても誰にもなんの連絡がないのも心配だった。祖母が亡くなったことも本人から聞いたわけではないのだ。なにも言わないまま彼は実家に帰ってしまった。
泉のコンテストの日どことなく浮かない感じだったのは、祖母の体調がよくなかったからだろうか。ああ、そういえばバイトを増やしたとも言っていたではないか。
間違いないかもしれない。祖母からの援助の続行が望めないかもしれないから、バイトを増やして何とかしようとしていたのか。
帰ってこられない理由はなんだろう。いま、何を思っているのだろう。
カレンダーは6月の最後の週に入っていた。




