Story3 『エクセプション・アクティブ』
NPCが、自我をもって話している。
それは慎太郎の考えを搔き乱すのに、十分な結果となった。
「(まるで生きている…? けど此処は『SSO』の世界だ。ゲーム内でプログラミングされてるマニュアルに応じた会話しか出来ないはず。でも今の対応は、どう見たって生身の人間そのもの…)」
あらゆる憶測、推測が脳内を飛来していく。
前提条件を粗方壊されたような感覚だ。考えることが馬鹿みたいに感じる。
「……」
「シン、どう思う」
聖羅に話を促され、それでも慎太郎は頭を振って肩を竦める。
「分からん。ただ、可能性は、見えてきたけどな。確証がない。戯言に過ぎない。だから、今はもっと情報を集めよう。現状、不可解なことが多すぎる」
「シンに分からないんじゃあ、僕らには分かる道理が無いよね」
「状況が状況だからね、仕方ないわよ」
あはは、と軽快に笑う轟。うんうん、と髪を揺らしながら鷹揚に頷くいづな。
聖羅は少し目を細めてこちらを見ていたが、ふっと息を吐いて、そうだな、と同調する。
「今はまず、こちらが優先だろう」
そう言ってテーブルの上の二枚の紙を指し示す。
「そうだね。僕はギルドスキルなら『所得経験値増加』と『所得ガウス増加』を推すよ」
「アタシは『アイテムドロップ率上昇』と『ギルドブレススキル』ね」
見事に割れた。
轟もいづなも、所属していたのはビッグネームだ。とは言え、基本方針によって所得するスキルが違うのだろう。轟の所属する『百花繚乱』は、新規獲得とプレイヤー個人のスキルアップ、そしてギルド全体での資産集めがメインだ。対する『Crazy Party』は元から上手いプレイヤーをスカウトして、ボスやダンジョンを攻略してレアドロップやスキルアップ、個人資産の増強をメインにしている。
なので、意見が対立した。
「ギルドブレスは有用なのではないか、シン。我々は少数精鋭。個が強化されるのであれば、全体としての戦闘力にも多大な影響を及ぼすだろう。強化によって増加率の変化もあるようだし、上昇率も悪くない。お互い資産には困っているわけではあるまい?」
「そうだな。ゴウやいづなはギルドの関係で結構持っていかれる可能性があるが、個人資産だって相当あるだろう。俺とセイラは言わずもがな、だな」
「二つ選べるんだよ。もう一つはどうする?」
ギルドブレスは確定の流れとなった。
轟の問いに全員がうぅむ、と唸る。
所得ガウス増加は確かに有り難い。だが、今後何かしら巨大投資をする場面が出てきた場合に、全員の資産の合計で足りない場面が想像できない。軽く見積もってもカンスト値近いものがあるだろう、合計は。それで足りないならもうどうしようもないというか、手の打ちようがない。
となれば。
「経験値増加だな」
「そうだね」
「そうね」
「それしかないな」
満場一致だった。
レベル上限の拡張は今後のプレイに非常に影響を与える。1Lv毎にもらえるAPとSPを振り分ける事でプレイヤー本体の能力値を強化したり、スキルダメージや効果を強化出来るのだ。それも100Lvも開いてしまってはどうしようもない。プレイヤースキル以前の問題で、レベル差の暴力でお陀仏は確定だろう。
選ぶ。
二つのスキルを選択し、最初にもらえるポイントを均等に振り分ける。
「取り敢えず序盤は経験値増加に振っていくのが良さそうだね。今のところ手も足も出ないダンジョンやボスは居ないし、ギミックにも対応できるだろうから」
「Lv2以降はそうしていこう」
最後に、ギルド名。
ぶっちゃけた話、慎太郎が一週間熟考していた中で、一応それらしきものは考えていた。机上の空論でしかなかったのだが、こうして実現した以上、徒労には終わらなかったようだ。ただ、少しばかり恥ずかしさもある。それでも、今の自分達に適しているフレーズを選ぶのなら。
「『エクセプション・アクティブ』はどうだろうか」
「エクセプション、アクティブ?」
轟が首をひねる。
実は轟はあまり頭が良くない。
割と緻密なプレイングを求められる『パラディン』の割に、だ。
感覚のままに生きている轟と違い、聖羅といづなは、こくこくと頷く。
「直訳で、例外的行動、って意味になる。今の俺達にぴったりだろ。運営が仕掛けたこのドでかいトラップに対抗して、ヤツらの考えや計画の裏を突いて、ルールの穴を見つけて、出し抜く」
「ほほう! そりゃあカッコイイ!」
轟が手放しに褒める。
いづなと聖羅も特に異論は無いようで、二人して笑みを浮かべながら頷き合っている。
「よし、それじゃあ『エクセプション・アクティブ』で登録する。略称はEAだな」
「それ略称として浸透するまでは使えないよね」
「でも長いだろ」
「その長さにしたのアンタでしょうが…」
「即した名前にするとこうなったんだから仕方ない」
「英語にする意味は、あまり無かったような気もするがな」
なんだなんだ、実は不満たらたらじゃねえか。
ムスっとした顔になる慎太郎を見て、三人はクスクスと笑い合いながら、それでいいと同調した。
何だか子供の我儘を許す保護者の様だ。まぁ、自分が子供でないわけではないので否定はしない。
呼び鈴を鳴らす。
「はーい!」
奥手から間延びした元気の良い声が聞こえる。
先程と同じ、メイド衣装に身を包んだ小さめの女性が現れる。
「お決まりになりましたか?」
「ええ、これで」
「『エクセプション・アクティブ』というギルド名でご登録致します。ギルドについての詳しい説明などは…」
「ギルド経験者が居るので、こちらで対応します」
「分かりました。では、今後とも御贔屓にお願いいたします」
ぺこり、と一礼すると、扉を開いて先を促す。
部屋を出る。
「御贔屓にってのは、どういう事だ?」
「んー、ギルド館の認知度ってトコかなぁ。ここを多用すれば、例えば『百花繚乱』がここに足繫く通っているってなれば、客寄せになるだろう? 一応案内嬢にもノルマがあるみたいだね。そのギルド館所属のギルド数に応じて、ギルドスキルに影響もあるみたいだし。一回そう言えば、『ギルド案内嬢選手権』とかやってなかった? 数十年前に流行ったアイドル総選挙みたいなやつ」
「あぁ、やってたな」
「アタシはここの子にしてたわよ。何故かアタシが出向くと大体その子と鉢合うから」
「私は寡聞にして知らないな。いや、存在は知っているんだが、イベントの内容を知らない」
「俺は確か、レイデルのギルド嬢に投票した記憶がある。なんか、有期アバがもらえたはずだ。その選んだギルド嬢の」
「何でギルドに所属してない慎太郎がそんな詳しいのよ…」
「ケモミミは正義だからな。特に猫」
「アンタほんっと猫好きよね…」
いづなに呆れられた。猫は正義だと思う。
猫が世界からいなくなる的なタイトルの本が数十年前にあった気がするけど、そしたら多分死ぬ。
慎太郎は一人うんうんと頷く。いづなは呆れ、轟は分かるなぁと頷き、聖羅は苦笑いを浮かべていた。
「まぁ、贔屓にしてくれって言われたらなら、当分は贔屓にしてやるのが礼儀ってもんか」
「おや、シンが礼儀を語るとはね」
「はは、ゴウ、そう言ってやるな」
轟と聖羅が笑う。確かにこの二人は慎太郎より年上なので、口答え出来ない。
いづなも忍び笑いをしていたが、今度頭を叩いてやろうと決めた。
それにしても。
先程から慎太郎は触れないようにしてきたつもりだが。
やはり、注目度が高い。全員の視線を一身に集めている。居心地が悪い。
「取り敢えず、あのカフェに行こう。ここじゃ人目を惹く」
「そうね、そうしましょ」
いづなも過敏に察知していたのか、速攻で提案に乗ってくる。
二人は未だに気付いた様子も無く、疑問符を浮かべながらも、いづなと慎太郎の後に続いた。
◆◆◆
「それで、当面の目標は何なんだい、シン」
カフェにて。
またも慌てた様子の店主から美味なコーヒーを頂戴し、一口啜る。
浮ついた気持ちを引き締める。地に足を付けて行動しなければならないのだ。
轟の問いかけは活動内容を決定する重要なものだった。
慎太郎はこう来ると予想していたので、予め用意しておいた回答を取り出す。
「まずは新コンテンツを粗方試そうと思っている。ついでに、俺達のチームワーク強化も兼ねて、な」
「という事は、新ダンジョン、新ボス、新マップ、あたりか?」
聖羅が何の気なしにそう言った。
慎太郎は頷く。
過去何十、何百というアップデートを通した慎太郎の経験からして、新コンテンツは毎回「死ぬこと」が前提条件となっている。それは未知のギミックに対してソロで対応する場合、対処の仕様がないからだ。聖羅は基本的にパーティを組んで挑むそうだが、そういう意味ではプレイスタイルの確執が聖羅と慎太郎の間にもある。慎太郎は9割がソロプレイで、残り1割がお遊びでのパーティプレイなのだ。
だが、今回は違う。
精鋭4人。見知ったプレイスタイルだからこそ、お互いの弱点が良く分かる。
パーティとしての完成度を高める為に、まずは連携して戦う練習が必要だろう。
「近場でも5つ、ダンジョンがある。4つは各ギルドによって探索が進められてる。内情を手軽に知れるだろう。経験を積んで、焦らずゆっくりとやっていくべきだ。プレイスタイルに慣れてきたら、大陸を変えてルートを広げるのも有りだ。一応は、そんなところか」
「まぁ、確かにそうだよね。僕らが出来るのは、あくまでもゲームをプレイすることだ。なら、そのルールに準じて、新コンテンツを楽しむことも重要だろうね」
「ただでさえクセが強い慎太郎に合わせるには相当訓練が必要よ…」
「言えた口ではないが、私はそれなりパーティプレイもしてきたからな。場数で言えば、当然いづなやゴウには及ばないが。それでもシンよりはマシだという自信もある」
「セイラ。こいつらはプロだぞ。アマチュアだろうが素人だろうが、プロの前じゃ大差ない」
そう言って二人を指し示す。
「予備知識の有無は絶対必須条件でしょうが…」
「経験の有る無しは結構影響するよ」
「だそうだ、シン」
なんだ。反抗期かお前ら。
若干嬉しそうな聖羅がちょっとばかりムカつくが…。
慎太郎はそれで聖羅の自信となり、相応に順応してくれるならそれはそれで有りだとも思っていた。
「そうだな、現状俺が一番足を引っ張るだろう。だから、頼んだぞ」
「任せなよ、シン」
「死なないように善処はしてあげるわ」
「頑張ろうな、シン」
皆一様にやる気があるみたいで助かった。
変な話、この事態に陥っても根っこの部分はゲーマーなのだ。新コンテンツというフレーズを聞いてときめかないヤツらではない。慎太郎は誰かにコントロールされる事を嫌う質なので気に入らないだけだ。それでも、このコンテンツをプレイする事に嫌悪感は無い。寧ろこれこそがこのギルド創設の理由である、脱出という目的を叶えてくれるであろう可能性が最も高い。
話は決まった。
となればまずは。
「ギルド掲示板、だな」
◆◆◆
ギルド掲示板。
街の要所要所に設置された書き込み型の掲示板である。
主にギルド勧誘のメッセージや、ギルド間での取引のやり取りを残したりする。他にもダンジョン攻略情報や、ボス攻略情報、パーティメンバーやギルドメンバーを探す際に使われる。今回の目的は後者であり、早いギルドでは事件後3日あたりから活動している。
当然、踏破済みダンジョンもあるだろう。
「見た感じ、四つ中三つはクリア済みみたいだな」
「東門側に二つ、西門側に一つ、北門側に一つ、南門側に一つ、か。踏破済みのは東門の二つと、南門の一つだな」
「レベルアベレージも踏破済みのは179ぐらいらしいね。肩慣らしには丁度良いレベル差じゃない?」
そう言って轟が振り向く。
確かにその通りだ。
慎太郎らのレベルアベレージは193。慎太郎が200、轟が198、聖羅が194、いづなが190だ。レベル差は14ほどもある。PvPにおいては致命的な差だ。経験値はあまり期待しない方が良さそうではあるが、轟の言う通り、初の実戦とするならば、程々の難易度といった所だろう。
「よし、それじゃ、東門に向かおう。そうだな…。方や精霊タイプのモンスター多数、肩やアンデッドタイプのモンスター多数。いづなとゴウの職業的にアンデッドの方が攻略はし易そうだな」
「そうだな。いづなもゴウも異論はあるまい?」
「勿論」
「ヒールで敵が溶けるなら願ってもないわ」
賛同を得られた。
かくして、四名は東門側にあるダンジョン、『魔窟王の殿堂』へと歩みを進めた。




