Story2 始動
轟の一言はより一層、その場の雰囲気を乱した。
ハッキリ言って、慎太郎は自分が一番驚いた自信がある。
轟はふざけた態度を取ったり、若干不真面目な面を見せる事はあるが、不誠実ではない。長いことギルドに所属しているのにも、まだ弱かった頃に世話を焼いてもらったという部分があるからだ。義理に厚い、それが東城寺轟という人間の根幹だ。男女問わず、年齢問わず、轟がギルドの中であれだけの立ち振る舞いをしても嫌われたりしないのは、そうした男気があるからだろう。細やかなフォローを忘れない紳士な一面もまた、その一助にはなっているのだが。
「ゴウ…お前」
「いやいや、慎太郎、何驚いているのさ。まぁ、確かに『百花繚乱』に在籍している身としては、あまり良い提案ではないし、ハッキリ言って確度は低いよ。ギルマスは慎太郎には遠く及ばなくても、実力はそこそこある。幹部メンバーもそれぞれ相応に強い。それに過ごした時間も違う。僕らが手を組んでのスタートは丸っきりとは言わずとも、限りなくゼロに近い地点からになる。パーティとしての戦闘力は著しく低下するだろうし、上手く機能しなくて何度も失敗を重ねてしまうかもしれない。ハイリスクだ」
でも、と轟は続ける。
「リターンも大きい。僕らはそれぞれ精鋭候補だ。ワールド二位の実力者、パーティ運用必至なソロプレイヤーに、高スペックヒーラー。そこに僕、経験豊富な盾役が加われば、ギルドという単位でも、パーティという単位でも戦っていけるだろう。まぁ、自画自賛するようで心苦しいけどね」
「だが」
轟の推測に食い気味に割って入ったのは聖羅だ。
「それはあくまで確率の話だ。ゴウも言った通り、我々、特に私とシンはソロプレイを専門にしてきた。パーティプレイに合わせたプレイスタイルを確立するのには相応の時間を要する。当然、個としての実力はつけてきたつもりだ、ワンマンプレイに合わせるのも、いづなとゴウならば得意だろう。だが、結局私やシンが上手く馴染めなければ、ゴウの示唆する強いパーティにはなれない。仮に私が馴染めても、シンが居なければ話になるまい。逆に言えば私が居なければ物理攻撃という重要なファクターに欠ける。独断専行を是とするプレイスタイルである以上、我々が上手くいく可能性はかなり低いんじゃないか」
それに。
尚も聖羅は言葉を続ける。
「私はギルドを組まない事を徹底してきた。今が緊急事態で、異常事態であることは重々承知だ。だが、今までの考え方を根底から覆してまで、どうこうしたいとは思わない。それをするだけの理由や、それをするだけの何かが無ければ、私は動けない。ゴウ、君だって長いことギルドに従事してきたのだろう。ならば、少なくとも状況に即しているなんて合理的な理由で辞められないはずだ。確度や確率や、可能性が高いから、低いからという問題ではない。感情的な、道徳的な部分で、私は動けないのだ。少なくとも、ゴウにはそれ相応の意思があると思っているが。無論、いづなにも、だ」
スッとした切れ長の瞳を轟に向ける聖羅。
一触即発、といった雰囲気の中、一人俯いていたいづなが、おずおずと話を切り出す。
「アタシは、有りだと思ってるよ、ギルド」
「いづな…君もか?」
聖羅が何故だ、と言わんばかりの視線を向ける。
「なんていうかさ、確かに今の状況で元いたギルドを離れたり、掲げてたポリシーを捨てて行動するのは裏切ったようにも見えるし、アタシ自身も感じる。後味も悪いし、きっとギルドメンバーとの交流も疎くなっていくに決まってる。でもね、それって本当の繋がり? 経緯はどうあれ、ギルドとして過ごしてきた中で、自分がこうしたいって思った方向に路線を変えただけで音信不通になるようなプレイヤーがさ、本当の意味での繋がりだって、アタシは思えない。セイラもそうでしょ? 自分は徒党を組まないって決めてきて、きっとそれに感化された人もいると思う。でも、いざギルドを組んで、その時に何だよって、勝手に離れていくプレイヤーは、きっとセイラにイメージを押し付けてただけじゃない。セイラがそのイメージを自分で推してきた部分も強いけど、セイラの人間性に惹かれた人だって沢山いるよ。だから、アタシはこうしてギルドを組むことは、この状況下で本当の繋がりを見定める為にも、そしてこのワケ分かんない状況を脱する為にも、良い選択なんじゃないかなって思う」
「いづな…」
思わずいづなの方を向けば、少し照れた様子でふいっと顔を逸らす。
轟といづな、二人が慎太郎の提案に賛成し始めた事で聖羅の表情は苦くなっていく。
「セイラ、俺はお前がそういうポリシーを掲げてやってきた事を知ってる。俺もそうあろうって思っていたし、現に意気投合して、ここまでやってこれた。決して短くない時間を、俺はお前と過ごしてきたと思ってる。だから、変な話、こうして断ってくれたことに少しだけ嬉しいんだ。お前はお前のままで、ゴウもいづなも、自分をしっかり持ってる。そういう意味じゃ、ブレたのは俺の方だろうな。怖いわけじゃない、辛いわけじゃない。ソロプレイに一家言あるのは、セイラ、お前だけじゃない。でも、俺は信じてみたいんだ。今まで信じてこれなかったから、こういう事態だからこそ、俺は信じてみたいんだ。俺が自信を持って、胸張って『信頼できる仲間』だって、お前らを言える自分になりたいんだ。計画も企画も無い、ぶっつけ本番の見切り発車も良い所だ。ナンセンスだ。でも、俺はやってけると思う。それは俺の脳味噌が言ってるんじゃない、俺がお前らと過ごしてきた時間が、俺にそう言うんだ。身勝手な提案だ、そんなの分かってる」
でも。
それでも。
「俺はお前らとギルド組んで、このくそったれな『現実』に打ち勝ちたい。他の誰でもダメなんだ。お前らと、俺はこの現状を打開して、あの仮面野郎に、ひいてはこの運営チームに、一泡吹かせてやりたい」
簡単な話だ。
一週間、慎太郎が考えに考えを重ねて、それでも答えは出なかった。
それは単に慎太郎の頭の良し悪しではない。
いくら高い知能指数を誇ろうと、ヒントもパーツも一切無い状況から答えを導き出すのは不可能だ。不確定材料しか無い中で、確実に信頼できるものを積み上げるのは無理である。今の現状を把握することでさえ、情報が欠乏しているのだから、解決策なんて高度なものを考えるにはより深刻な情報不足であると言うことは言うまでも無い。だが、取っ掛かりも手掛かりもない状態は慎太郎自身も初めてだ。いや、本当は中でも確度の高い材料はある。それに乗っかれば多分に可能性が見えてくるのも、直感や感覚で分かる。でもそれを、簡単に信じ込んで飲み込むことが出来ない。
それはなぜか。
慎太郎にとって、誰かを信頼し、頼ろうと思う事が初めてだからだ。情報不足だからだ。
初めてすることはいつだって分からない事だらけだ。勉強のように、ベースが次の段階に進むステップになってくれるわけじゃない。唐突に生まれて、唐突に始まるからこそ、分からない。信じることは簡単でも、頼ることは難しい。慎太郎にとっての、不確定材料。
でも、その中でも一番安定して、確定材料と成り得る可能性があるのは、ここだけだった。
現状を打破する方法は分からない。けれど、この四人でパーティを組んだ時、それを可能にしてくれるんじゃないか、と。そう思わせる程度には、そう思える程度には、他の判断材料よりも的確に可能性を示してくれる。
そう、信じているし、信じられる。
慎太郎は、じっと聖羅を見つめる。
「………はぁ」
こそっと、注視していなければ見逃してしまいそうなほど小さく溜息をついて。
聖羅は睨みつけるように、挑むように、慎太郎と向き合う。
「絶対に、それを成功させてくれるんだろうな?」
目は、逸らさない。逸らしてはいけない。
慎太郎はぐっと拳を握り、相手の目を見て、腹の底から一言一言を紡ぐ。
「あぁ、必ず」
暫しの睨み合いを経て、先に視線を逸らしたのは、聖羅だった。
はぁ、と脱力した様子で背凭れによしかかる。
「全く、シンには敵わないな。いや、今回に限っては、ゴウといづなにも、か」
それは、肯定の意として、十分に慎太郎に伝わった。
すっと立ち上がる。
「俺の勝手な都合に巻き込む形になって非常に申し訳なく思う。だが、それでも俺はお前らとクリアしたい。この難攻不落のクエストを、必ず。俺達で勝ち取りたいんだ。だから、よろしく頼む」
頭を下げて、手を差し出す。
生まれて初めて、自分の意思で、自分の手で、他人にものを願う。
「シン、そうじゃないでしょ」
「そうよ、慎太郎、そうじゃないわよ」
「ははっ、そうだな。シン、そうではないぞ」
三者三様、全員が慎太郎のしている事を違うと言う。
思わず顔を上げると、三人は手の上に手を重ねて待っていた。
「さぁ、手を置け、シン」
「ここに手を置いて、皆で頑張ろーうっ!ってやるのよ、当たり前でしょ?」
「シン、ほら早く」
一週間。
一人で塞ぎ込んで考えても、希望の一つも見えてこなかった。
無理難題を吹っ掛けられ、孤独に蝕まれていた。
でも、こうして手を取るだけで。
「あぁ、悪い」
こんなにも希望が見えてくるとは、知らなかった。
「よし、それじゃあ…必ず、このゲームをクリアするぞ!」
「「「おおっ!!!」」」
まだ先は分からない。絶望が待っているのかもしれない。
それでも、試す価値はある、十分に、いや、十二分に。
かくして、東城寺轟、支倉いづな、苗代聖羅、高峰慎太郎による、超少数精鋭ギルドが誕生した。
◆◆◆
ギルド結成を決意し、小洒落たカフェを後にした一行。
向かう先は当然、冒険者ギルドである。
この間、いづなと轟は各々のギルドへと向かっていった。ギルドを脱退する旨を伝えに行くのだろう。ギルド側からの強い差し止めを食らうのは目に見えているが、二人の瞳に躊躇いの感情は見えなかった。こうして聖羅も動いた事で、二人の中での決意はより堅いものになったのかもしれない。
聖羅と二人でギルドの中に入る。
「ギルド館内部は中々入らないから、随分と目新しく感じるな」
「あぁ…。きっと目新しいのはお前の方なんだろうがな」
「…? 何のことだ?」
さっきから視線が痛い、痛い。
『ドラゴンナイト』の「セイラ」の認知度は異常だ。ゲームマスターに匹敵するレベルである。当然、テルドノアなんて高レベル帯ご用達エリアのギルド館内部にて、聖羅を知らないプレイヤーは居ないだろう。その名の通りのアクティブユーザーはまだまだ数少ないが、絶対数が多いので、相応の賑わいを見せるギルド館内部では、結構などよめきに溢れていた。
ギルド作りませんを公言していた聖羅がギルド館の中に居る光景。
SNSで呟かれてもおかしくない。
「まぁ良い、折り込み済みだ。まずは、別室に向かうんだったか」
「そうだな。ゴウといづなの帰りを待ちつつ、簡易的な設定だけパパッと決めてしまおう」
ギルドの案内嬢に声をかける。
「ギルド作成ですか?」
どよめく、どよめく。
案内嬢のボイスは割と響くので、ただでさえ若干静まり返った館内、動揺が伝播していく。
「あぁ、はい。そうです」
「それではこちらの方へ」
「あ、それと、後で二名やってくるんですけど」
「では先にプレイヤー名を記入しておいてください。受付にて精査してお通しいたします」
そう言われ、慎太郎は「ゴウ」「いづな」とプレイヤー名を記入する。
口頭で言う羽目にならずに済んだ。聖羅だけでも目を引くのに、これにあの二人が加われば…。
心底自分の認知度が低くて助かった、と慎太郎は心中でほっと一息をつく。
「こちらになります」
案内嬢に連れられ、奥の個室へ慎太郎と聖羅が通される。
執務室のような部屋の中で、豪奢なソファがクリアテーブルを挟んで二つ置いてある。
「では、こちらにギルド登録の承諾書、ギルド名及び詳細設定書をご用意しましたので、ご記入をお願い致します」
ギルド登録の承諾書に慎太郎が名前を書く。
ついで聖羅も名前を。後は二人が合流し次第サクッと書き込んでもらおう。
「詳細設定…って割と項目あるんだな」
「あぁ、意外だ」
詳細設定書には、割と細かい注文が書かれていた。
まず、ギルド規模。今後規模を展開していくかどうかの見通しだ。他にも勧誘や入隊に関する設定、他薦を可とするか、自薦を可とするか、なんてものもある。ギルドスキルなんてものもあり、どうやらギルドレベルに応じて振り分けられるポイントがあり、設定したスキルに応じて、所得経験値や所得ガウス(『SSO』内部での通貨は『ガウス』である。金銀銅白銀と種類が分かれるが、これは後に)に対して増加ボーナスをもらえたりするようだ。
「セイラ、俺ら結構損してたんじゃないか?」
「…かも、しれないな」
「だって所得ガウスが20Lvで0.5倍プラスだぞ。つまり1.5倍だぞ。常時これなら今の有り金に掛ければ相当な額じゃねぇか…」
「く、くそ…何だか物凄く勿体無い事をしていた気になってくる」
まさかの事実に困惑するソロプレイヤー勢二人。
ああだこうだとギルド初心者な二人が言い合っていると、轟といづなが登場した。
「おや、其処まで決めてたんだ?」
「ちょ、ちょっと! 二人距離近い! 離れなさいよ!」
意外だな、という感じの轟と、いきなりワケの分からない理由で怒っているいづな。
何だろう、物凄く嚙み合っていない。慎太郎は思わずはぁ、と溜息をつく。
その後は二人を交えて色々と話し合う。今後の展望やら、現段階でどういう方向性に固めるか、何を主体に活動していくか。聞かれているのがNPCだと思えば会話も弾む、というもの。
なんて、そう思っていたのだが。
「皆様は素敵な冒険者様なのですね」
いきなり、唐突に、案内嬢のNPCがにこやかに話しかけてきた。
全員が固まる。珍しい事に、あの轟でさえ固まった。
「え、えぇっと、お世辞でもそう言ってもらえると、有り難いですね」
とは言え、動き出しが早かったのも轟だ。ソフトな応対をしてくれる。
轟の一言で慎太郎ら全員がハッと我に返って、笑みを浮かべながらお互いに頷き合う。
「いえいえ、わたくしは世辞は申し上げません。本心で御座います」
にこっと人好きのする笑みを浮かべる案内嬢。
そして。
「あ、申し訳ありません。カウンターに人が集中していますようなので、席を外させて頂きます。各種設定を終えた場合、そちらのテーブルの呼び鈴を鳴らして下さい。すぐに参りますので」
言うだけ言うと、丁寧にお辞儀を一つ、案内嬢NPCがそそくさと立ち去っていく。
執務室、或いは応接室のような部屋に取り残された四名。
僅かな沈黙の後。
「NPCが喋った!?」
「NPCと会話できるの!?」
「NPCがマニュアル以外の言葉を話すなんて!?」
「NPCとコミュニケーションが取れるって…!?」
全員が驚いた。多分ここ一週間の中で一番の驚きだ。
今思えば、既にあのカフェの時点でおかしかったのだ。店主のNPCはあくまで「コーヒーをテーブルに持ってくる」という動作と「注文を承る」という動作以外に無駄な動作は行わない。だが、明らかにあの店主は慎太郎ら四名の出で立ちや雰囲気に焦りや怯えを感じていた。
そしてここに来てのNPCとの会話。
慎太郎は最初ギルドNPCなら有り得るのかも知れないと感じたが、ギルド経験者である二人の反応を見るに、そして何かと物知りな聖羅の反応を見るに異例な事態だと気付いた。そもそもマニュアルで打ち込まれた会話以外は基本的に引き出せないはずだ。それなのに、ゴウの対応にこれまた淀みの無い所作で対応してくるとは、本物の「案内嬢」と言われても遜色無いと言える。
「NPCが、生きているのか?」
ギルドの名前を決めるのも忘れて、四名は茫然とその場で言葉を失った。




