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System Error   作者: 葛葉
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閉じ込められた冒険者

 ゲームの世界で生きられたら、なんて考えた事がある。


 高校三年生、十八歳の高峰慎太郎たかみねしんたろうは、特にそう思うことが多かった。元々コミュニケーション能力が高くない慎太郎は、高校でも限られた人間としか話さない。底辺カーストという位置付けは、慎太郎のポジションを示すのに端的で最も簡潔なそれである。


ただ、それでも心から楽しめる場所が無かったわけでもない。

その中の一つにして、最もウェイトを占めていたのは、オンラインゲームの中の世界だ。


 チャット機能や何やらと、コミュニケーションツールとしての側面も強いオンラインゲームだが、昨今のオンラインゲームはソロプレイヤーも十分以上に楽しめるコンテンツとなってきている。実際クランやらギルドやらといったコミュニティに属すことは無かったが、気の許せる狩り仲間や友人も割と多かったのも事実である。


ゲームの中の世界で生きられたら、そう思うのもある種必然だとも言えた。


だが。


 結局そういった思考は「たられば」にこそ意味があるのである。出来ないだろうけれど出来たら良いな、という希望的観測は、あくまで一種のストレス解消法でしかない。自分を架空の存在にすり替えたり、置き換えたりして、自分の変身願望にも似た欲求を満たす。自分は凄いんだ、自分は頼られる存在なんだ、と。そういった感覚を養う場としてなら、オンラインゲームは特に顕著な素材だろう。何せ、どんな人間でも英雄視される可能性がある。何ならニートやフリーターだって英雄になれるのだ。


誰でも、何処でも、いつでも。

誰かに頼りにされ、誰かと協力して、誰よりも凄い地位にありつける。


無論、それだけをメインにプレイしている人口はきっとそこまで多くは無いけれど。

それでもやはりゲーム、というカテゴリーは男女問わず人気なものだ。


中でも。


『Self Spin Online』━━『SSO』の愛称で親しまれるこのゲームは、VRMMOの超人気作だ。


 ブレスレット型の機械『Connecter』と対応している各種メーカーのパソコンによってプレイ可能なもので、ゲームの基本パッケージを購入しパソコンにダウンロードすることで、サーバーを介して全世界のプレイヤーと交流できる。追加コンテンツやアップデートはその度ごとに追加料金を支払う事でダウンロードが可能となり、メンテナンスを除くDLCは基本有料だが、運営の対応やイベントも素晴らしく、全世界のプレイヤーを未だに虜にして止まない超有名作品だ。


VR技術は昨今急激に進化し、今では自分がゲームの世界の中で行動できるまでになった。


 『Connecter』は人間の脳波を変形させる機能を持ち、意識をゲーム内とリンクさせることが可能だ。何十年と先になるとどうなるかはわからないが、数年以上はこのタイプが主流となるだろう。没入型、とか同調型とか、色々呼び名はある。未だに進化を続ける注目のカテゴリーなのだ。


プレイヤー人口3億人を超えるビッグネーム。

社会現象にまでなり、一世を風靡したオンラインゲームの金字塔。


しかしながら、発売・配信から約八年。


事件は起こった。


2055年 12月31日。


 『SSO』恒例の年越しイベントの真っただ中。プレイヤーは思い思いのアバターに身を包み、仲の良い友人やギルドメンバーと和気藹々と対話をしていた。基本的にチャット機能は旧世代の遺物と化し、音声での対話が可能となった。何よりも、キャラメイキングによって自分の外見を可愛く出来て、そしてそれを自分として操作出来るのが女性ウケの良いポイントだろう。男性ウケの良さはド派手なグラフィックをリアリティー抜群に感じられたりするところだろうか。


何にせよ、八年という年月を経ても一向にプレイヤーの熱が冷める事のない『SSO』

年越しイベントでは参加プレイヤー全員にアイテムや特別アバター等が配られる良心イベントだ。

当然、アクティブユーザーでなくとも、ほんの数時間なら、とログインする事が多い。


つまり、ほぼ全プレイヤー、総人口3億を誇るプレイヤーのほぼ全員がその場に会していた。


カウントダウンが始まる。

いつもの光景だ。慎太郎は今年も一人…ではなく、何名かと共に年明けを迎えようとしていた。


3

2

1


そして、カウントがゼロを示す。

周囲で「あけおめ~!」とか「おめでとう!」とかの声が聞こえる。

騒がしい。けれど嫌な喧噪じゃない。プレイヤー全員が友人のような、奇妙な感覚。


誰かがエリアエフェクトアイテムを使って空から雪やら餅やらが降ってくる。

何とも言えない高揚感の中、慎太郎達もその余韻に浸りながら談笑をする。


笑いの輪が広がり、響き渡る祝福と歓喜の声。


だが。


カウントダウンが終わって数分…時間にして五分程度だろうか。

急に視界にノイズが走り、脳に激痛が走った。


 この現象はたまにあるもので、VR系ゲームは基本的に脳にダイレクトで疲労が蓄積する。なのでプレイ時間によっては脳に痛みが走ったり、一時間ごとにゲーム内で「一時間が経過致しました」とポップアップ通知が届くのだ。常人なら連続二日程度が限界だそうである。その日の本人のコンディションによって若干の誤差はあるが、何にせよ慎太郎のプレイ時間はまだ五時間ほどであった。


三日間ほどの徹夜明けでさえ十時間は持ったというのに。

慎太郎は奇妙な違和感を覚えたが、自分の体調なんて自分でも分からないしな、と顔を上げた。


すると。


ほぼ全員。その場にいる、目に見えるだけで数百人近いプレイヤーが全員頭に手を当てていた。

俗に言う『VR頭痛』というものが、この場の全員に、全く同じタイミングで起こったのである。


おかしい。

慎太郎はそう感じた。


 『SSO』の運営チームである『Neo Games』は優良運営で知られている。前述した通り、プレイヤーの安全を第一に考えているのだ。バグ修正も早く、メンテナンスも早期解決、アップデートや追加コンテンツも良心的な値段で、故に多くのプレイヤーを魅了している。不正プレイヤーは即刻アカウント凍結をしたり、ゲームマスターというポジションでゲームに参加して内部の状況を伺って、プレイヤーの要求に応じてイベントを行ったりと、誰もが絶賛する手際の良さで有名なのだ。


だから、運営側のミス、とは慎太郎は思えなかった。


 年越しイベントはプレイヤー動員数最大規模を誇るビッグイベントだ。当日しか販売しないアイテムや出現しないダンジョン、ミニゲームやイベントが目白押しである。装備の上に装着して外見を変化させるアバターアイテムやレベル上げやらアイテム集めに有利な有料アイテムも、割安価格で販売され、一気にゲーム内外を問わずに活発化する一日だ。そんな日に限ってマイナスイメージが付きそうなミスをするとは思えない。従業員を総動員してシステム向上を目指している程だし、余程の事件が無ければこんな事態になるはずがないのだ。


とは言え、全員が全く同じタイミングでこの症状を引き起こすのもおかしい。


 体調に個人差があるのは当然として、『Connecter』とリンクPCもメーカーが数多存在する。仮に慎太郎の使用しているメーカーの整備不良やら何やらが問題だったとしても、それは個人の問題であり、慎太郎が使用しているメーカーと同様のものを使っているプレイヤーのみがなるべき症状だ。


その場にいる数百人全員が同メーカーのプレイヤーであることは限りなくゼロに近い。


焦燥感、或いは嫌悪感にも似た不安が波紋のように広がる。

それだけこの事態が異例なのだ。逆に、今までこうならなかった事自体も異例と言えるが。


オンラインゲームにバグやサーバーダウンは付き物だ。


 何にせよ、お祭りムード一色だった周囲の雰囲気は一気に萎む。頭痛は数分で止んだが、いつまた再発するか分からない。コアなプレイヤーを除いた、ライト層のプレイヤーは早々にログアウトを試みようとメニューを開いているのが遠目にもわかる。


だが、もう遅かったのだ。


たった一人の発言が、加速度的に広がっていく。


「あ、あれ? ログアウト出来ねぇぞ?」


 それはもう本当に瞬間的に広がっていった。その場にいた全員、ヘビーもライトも関係なく、全員がメニューを操作し、そして全員がログアウト出来なくなっている事実を確認した。


「お、おい! どうなってんだ!」


「ちょっと…嘘でしょ!? 何、どういうこと!?」


「運営!! 早く対応しろ!!」


怒号、悲鳴、狂笑、悲嘆。

あらゆる感情がその場で綯交ぜになり、その場の全員が各々騒ぎ出す。

嫌な、喧噪だ。


そんな時。


「Ladies&Gentlemen Boys&Girls!!」


エリア中央に浮遊する、シルクハットにタキシード、マスカレードの仮面を被ったプレイヤーが。

両手を広げ、愉快な声でそう大きく叫んだ。


「ようこそ、真の『SSO』へ。皆様奮ってのご参加、誠に感謝しております」


優雅な所作で一礼する。


「この度皆様が陥っている問題━━ログアウト不可という状況は我々『Neo Games』の不手際では御座いません」


その瞬間、その場に集うプレイヤー全員からクレームや野次が飛ぶ。

ふざけるな、嘘つくな、調子に乗りやがって、許せない。

非難囂々といった様子を意にも介さず、仮面の男は肩を震わせた。


「クク…ハハハ! いやぁ、実に素晴らしい。我々が普段から真面目な対応をして、快適なプレイング向上を目指し、日夜研究に研究を重ねているというのに、皆様は我々運営チームをお疑いになるのですか? 烏滸がましいですねぇ、クク。まぁ、そもそもプレイヤーの皆様は自分達の状況を理解していないのですよ。良いですか? VRゲームは謂わば思念体によるプレイングが定石。無論、肉体の生命活動は停止していませんが、それでも思念体はキャラクターを動かすキーストーンです。それをゲーム空間の空想のキャラクターに置いている状態なのですから、運営チームに意識を人質に取られているようなものですよ」


ご理解頂けますか? と楽しそうに仮面の男は続ける。


「つまり、今現段階を以て、総人口3億、そのプレイヤーほぼ全員を我々が人質に取ったという形になります。クク。更なるシステム向上の為、貴方方にはテストプレイヤーになってもらうのです」


瞬間、何名かのプレイヤーが外壁を駆け上り、仮面の男を攻撃する。


 街中での戦闘行為はご法度だ。すればゲーム内で警察の役割を果たす『契約守護者ガーディアン』が起動して、即座にプレイヤーを拘束する。場合によってはデスペナルティを喰らう場合もあるのだ。


とは言え、彼らもいきなり次元を歪めて登場するわけではない。


 各サーバーの各大陸、各エリアにおいて必ず設置されている『神殿』から憲兵である『契約守護者ガーディアン』が登場する。一度罰則を行うと、サーバーを変えてもログアウトしても、常に追いかけてくる。何処かの誰かが、『契約守護者ガーディアン』から逃れる方法、と題してあらゆる方法を試していたが、そのいずれも失敗に終わっていた。


捕まれば終了。だが、捕まるまでのクールタイムで仮面の男を攻撃することは可能だ。

パッと見六人ほどだ。レベルも高位のもので、ジョブも様々。


全員がスキルを起動して攻撃する。


だが。


「ふぅ。危ない危ない。随分と血の気が多いですねぇ。この状況下において、私を迷わず攻撃できる判断力は買いますが、無駄ですよ。私のキャラはまだ全プレイヤーがアンロックしていない新職業。私の前では攻撃は効きません。クク」


次の瞬間には、翼をはためかせた無機質な鎧兵が攻撃したプレイヤーを拘束した。


「あぁ、デスペナルティについてですが、当然存在します。ただ、死んだことによってログアウトと見做される事はありませんので、悪しからず」


鎧兵の拘束後、プレイヤーがパァンと光の粒子に変化し、『神殿』に向かう。

どうやら確かにデスペナルティは存在するようだ。


「さてさて、まぁそろそろお暇させて頂くわけですが」


仮面の男はそう言うと、フィンガースナップを一つ。

小気味良いその音がエリアに響き渡ると、いきなり男の頭上に大きな文字が登場した。


『SYSTEM ERROR』


そう、書かれている。


「新コンテンツ、『SYSTEM ERROR』の追加情報です。新エリア、新マップ、新ダンジョン、新クエスト。他にも新アイテム、装備、アバターも追加。ジョブシステムのサブジョブやメインジョブの追加。更にはレベル上限解放により、最高レベル300。既存の四次転職に加えて五次転職のシステムを追加。他にも新たな追加コンテンツが目白押しの特別パック…。今回は皆様に無償で提供致しますので、どうぞ、ごゆるりとお楽しみ下さい」


そして優雅な所作で、また一礼。


「では、楽しい楽しい『SSO』ライフを」


 そう言うと、男の背後のグラフィックが━━いや、今はもう現実空間というべきだろう━━歪み、ぐにゃりと不気味に捻じれ切れるようにして穴が開いた。


「See you」


飄々とした態度を残したまま、空間の中に消えていく。

男が消えると同時に穴は搔き消された。


周囲に舞い降りたのは静寂だった。沈黙、といってもいいかもしれない。

取り残されたのだ。ゲームの中に。


ゲームの中で生きられたら。


そう思ってしまったこと、現実を軽視していたこと、それに対する神様の罰だったのだろうか。


夢ならば、覚めて欲しい。


その場の全員が、そう思ったに違いない。

薄暗い街中は、プレイヤー達の心情を如実に表しているように見えた。


2055年 12月31日


後に、『Indiscriminate Shutdown』━━━『無差別閉鎖』と呼ばれる事件。


全世界約3億人をターゲットにした史上最悪の舞台が、幕を開ける。




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