切羽詰まって苦しくて
今回の合宿のスケジュールは、1日目に諸星学園の学園で所有するホールで練習し、2日目に関西大会の会場であるロームシアター京都で2時間のホール練習を行う。たった2時間。そのためにはある程度の調整を今日この諸星のホールでできる限りする必要があった。
高等部の演奏を聞いている間もなんだかざわざわと心が落ち着かなくて客席から立ち上がった。
「どこいくの?」
「……ちょっと、外の空気吸ってくる」
過度な緊張はよくないとわかっているのに、明日までになんとかしてコンディションを保つ必要に、プレッシャーを感じていた。
本当に公立と私立の学校では校舎の清潔感が変わる。何のためにあるのかよく分からない廊下の中心にある広場のような場所で冷水機のスイッチを押し、冷たい水を顔に浴びる。肩に手を伸ばすと、肩にかけていたはずのタオルがないことに気付く。
「はい。どうぞ。客席に落としてたよ」
その声に顔を上げる。マイや他の同級生とは違う、凛とした声。滴る雫を気にせずに真っ直ぐ前を見ると、そこには諸星の中等部の副部長、華波の姿があった。確かに差し出すタオルは自分のものだ。
「……ありがとう」
警戒心丸出しでタオルを受け取る。やはり出会って1日目にしてのこの距離感は苦手だと再認識してしまった。
「こんなことでどうしたの? あ、移動で疲れちゃった?もっと涼しい休める場所あるから案内、」
「や、いいよ。大丈夫、です」
「……そっか!ねえ、座らない?」
そう言って華波は近くにあった木製のベンチに座って手招きする。
「……でも、戻らないと」
「ちょっとぐらい平気だよ」
本当は戻りたくなかった。しかし、立場がそれをさせてくれない。
華波に背を向けて、踵を返してホールへと戻る。
「……凛奈ちゃん、無理したら、自分を追い詰めたら駄目だよ」
後ろをついて来る華波の一言に、ぷつりと何かが切れた。
「……会ったばかりのあなたに、何がわかるの」
人を睨むことも、こうやって毒を吐くのも不慣れだ。それでも怒りを孕んだ声が出てくるのは、初対面の彼女に敵意を見せてしまうのは何故だろう。
みっともなくて、悲しくて、それでも取り返しがつかなくて、そのまま華波を見ずに戻るしかできなかった。
苦しくて、余裕がなくて、泣きたくなる。
もう一度部員に混じって高等部の演奏を聞いているが、それでも苦しくて、どうしようもなくて俯いた。




