高坂 華波
「───ん、」
バスの窓に差し掛かる強い日差しと、車の止まる感覚に目が覚める。どうやら部員たちを乗せたバスは目的地である京都の諸星学園に到着したようだ。
「……ついた?」
「うん」
他の部員たちも徐々に動き出していく。運転手にありがとうございました、と挨拶をして、1年生やマイたちが降車の準備をしている間に紀穂と一足先にバスを降りて茉莉花たちの乗っているバスへ向かう。
「お疲れ様。とりあえずご挨拶に伺って、諸星の高等部さんの練習を見学させてもらおうか」
降車した茉莉花に確認をとり、辺りを見渡したがまだ小林の車は到着していなかった。
「紀穂先生、小林先生もうすぐ来られますか?」
「うーん……あとちょっとだと思うんだけどね。蒼くんがね」
「大丈夫かなぁ……参加できるといいんだけど」
「北原中学校の皆さんですか?」
パタパタと駆け寄ってきたのは紀穂と同年代くらいの男性と、1人の女子生徒だ。
「はい、北原中学校吹奏楽部副顧問の池田です。本日から2日間よろしくお願いいたします」
「あ、副顧問の方でしたか……諸星学園吹奏楽部の副顧問 佐竹と申します。どうぞよろしくお願いします」
挨拶し合う副顧問達を見て、生徒同士も一応会釈をする。諸星学園の生徒は恐らく中学生だろう。背丈は自分と同じくらいで、薄水色のブラウスに紺色のネクタイ、そしてふわりとしたプリーツスカート。髪は凛奈と同じ位の長さのはずだが、くせ毛な凛奈とは違って真っ直ぐに整えられている。いいな、と思いながら女子生徒の全身を見ると、男子が好む清楚系の女の子はきっと彼女のような人なのだろう、とぼんやり考えていると、目が合ってにっこりと笑った。
「初めまして!諸星学園の中等部吹奏楽部の副部長をしています。高坂 華波です! よろしくお願いします」
「えっ、」
"こうさか"と言う苗字は滅多にいない。驚いて変な声を出してしまった。
「北原中学校部長の泉茉莉花です。こんな機会をいただいて、本当にありがとうございます。よろしくお願いします」
「……あっ、……初めまして。北原中学校吹奏楽部の2年生リーダーの香坂凛奈です。お願いします」
「え! 苗字一緒?だよね?」
「え、あっ、はい、香坂……」
「もしかして漢字も一緒?私高い坂って書いて"高坂"なんだけど」
「あ、香る坂で"香坂"、です……」
気付いたら華波は凛奈の手を握ってぶんぶんと振っていた。
「こらこら。困ってるから止めなさい」
「あ、ごめんなさい……」
華波は佐竹に注意されるとすぐに手を離した。少し申し訳なさそうに眉を八の字にする彼女は、とても素直な性格だと出会って数分だと言うのに感じている。
「すみません、主顧問の小林は体調不良の生徒を乗せているのでもうしばらくしたら到着すると思います。北原の楽器を乗せたトラックは来ていますか……?」
「ああ、先程到着しましたよ。中等部の生徒で積み下ろししています。勝手に申し訳ないんですけど、運搬用の駐車場に長時間止めることが禁止されてて……」
「え! すみません、ありがとうございます……!」
「「ありがとうございます!」」
「いえいえ。じゃあ、生徒さんたちも先に荷物、宿泊部屋に置きにいきましょうか。華波、生徒さん達案内してくれる?」
「わかりました!」
そう言うと華波は積まれているキャリーケースを降ろすのを手伝おうとバスのトランクの前にできた部員たちの列にこんにちは、と威勢のいい挨拶とともに割り入っていく。さすがに申し訳なく感じて駆け寄って断る。
「あの、高坂さん。自分たちでできるので……大丈夫です」
「えー? いいよ! 1人でも多い方が早く終わるでしょ! あと凛奈ちゃん、敬語じゃなくていいよ!同い年だし」
「……え、?」
最後のさらりとした一言に思わず耳を疑う。
「え、でも、副部長さんじゃ、」
「そうだよ。2年生の副部長」
副部長だと聞いていたものだから、てっきり最高学年だと思っていた。驚きのあまり固まった凛奈を見て、華波は可笑しそうに笑う。
「だから華波のことも下の名前で呼んでよ。友達になろう」
「……うん、華波、ちゃん」
名前を呼ぶと、ぱあっと瞳を輝かせながら、
「可愛い〜ッ!」
と言ってまた凛奈の両手を握って飛び跳ね出した。
「こら、華波!」
遠くからまた佐竹が注意する声が聞こえ、ぴしりと背筋を伸ばして硬直する。
「ごめんね、騒いじゃって。あ、もう順番回ってくるね、行こっか!」
「え、いや、本当に大丈夫だから!」
「諸星学園の方ですよね? 私たちがやるので大丈夫ですよ。ここだと車が通って邪魔になってしまうかもしれないので、積み下ろしが終わるまで手の空いてる部員が待機できる場所に案内して貰ってもいいですか?」
「あ、副部長さんですよね。諸星学園中等部の副部長高坂華波です! そうですね。部員さんたち、とりあえず車が通らないところに移動しましょうか。じゃ、お手伝い出来ないので申し訳ないですけど……あっちに移動しましょう!」
手伝おうとする華波を拒否するのではなく、上手く提案をしてやんわりと積み下ろしを断ったのは奈津だった。
「奈津先輩……ありがとうございます」
「ううん。さすがに他校の方に積み下ろし手伝わせる訳にはいかないしね」
そう言って眉を八の字にして笑う奈津は、先程諸星の部員たちが総出で楽器の積み下ろしをしてくれた事を知らない。
「じゃあご案内します。着いてきてください! あ、ここ段差あるので気をつけて!」
はつらつとした声でおよそ70人の長蛇の列を連れ、校内へと入っていった。言われなければ気づかないような段差も、誰も躓いたり転ぶことなくついてくる。こんな大人数なのにも関わらずきちんと指示を通せる。
『底なしに明るい子だなあ』
歩きながら茉莉花たちと談笑する華波の横顔を眺めて、ぼんやり考える。
「荷物置いたら高等部のホール練見に行こう。ホールは突き当たり右です。あ、泉さん、うちの部長がもうすぐ来るので待っていて貰えますか」
部員たちは華波の指示に従い真っ直ぐホールへと向かう。
「あ、私、そのまま引率してきます」
まだ宿泊部屋に残っている部員たちを外に固め、そのまま数人で移動を始める。
「そこの突き当たり右だって。1年生、ほら急ごう」
笑いながらダラダラと歩く1年生たち。しかし、これ以上注意したところで無駄だ。空気を悪くしたくなくて、諦めて自分もホールまで歩き出した。
『……あの子にあって、私に無いものはなんだろう』
「───わ、綺麗だね。さすが私立」
そんな誰かの声に顔を上げると、自分の目に温かな光が差し込む。その先に目を向けると、窓に小さなステンドグラスが飾られていた。
他の部員たちはただの景色として通り過ぎていくが、凛奈は立ち止まって赤や青、緑の光が混じり合う空間を見つめていた。
「……今は考えても無駄、なのかな……」
華波を見ていると、まだ初めて会って数分なのに羨ましいし、なんだか嫉妬している気がして情けなくなる。考えることが嫌になって、早く行かなければ、とまたホールへと歩き始めた。
───華波のことを考えると、自分に嫌気がさすと同時に彼女のことが苦手になりそうだ。




