発覚
《さあ今週も始まりましたおしゃべりエイト、今夜のゲストは、人気アイドルグループ、Night Beatより、篠田涼真さんでーす!》
《よろしくお願いします!》
「かぁっこいい〜! しの本気で結婚したい」
「え〜、あたしナイビなら的場くんがいいわ、顔面がタイプ」
愛菜と巫愛は、樋野家で定期的なお泊まり会を開催していた。毎回急に始まるそれは、男性アイドルが好きな愛菜が1番推している人物がバラエティ番組に出演することを知り、いきなり巫愛を家まで来るように呼び出したのだ。
「巫愛馬鹿なの? 顔面で旦那決めてたら駄目だからね?」
「あんたたち、芸能人との結婚夢見るのはいいけどもう少し現実見たらどうなの〜?」
「あ、愛菜ママ!アイスありがと〜」
小学生の頃から家族ぐるみであるため、お互いの家がほぼ自分の家なのだ。2人でだらしなくソファでくつろぐ姿に、母はなにも違和感を持たない。
《そんな篠田さんのJr時代の演技、特別にドラマ映像をお借りしました!当時の貴重映像まで3、2、1───》
「やっっっば!しの芋時代ないじゃん! 永遠にかっこいい」
「……え、ちょっとまって今のって……」
「「……え!?」」
*
「それじゃあ、今から基礎合奏、10時から文化祭の曲の合奏します。音出しして、5分後に始めます」
「「はい」」
今日の午前練習は、2、3年生のみ。午後からは1年生も合流し、コンクールメンバーとサポートメンバーに別れて練習をする。部員たちが基礎合奏に向けてぱらぱらと音出しを始める中、凛奈の目の前の席に座る同級生の頭が不安定に揺れていた。
「ちょっとー、巫愛。基礎合奏寝ないでよー?」
声をかけると、巫愛はそのまま上半身を逸らし、背もたれに首を預けて逆さまの顔を見せた。
「うっわ、隈酷いよ。寝てないの」
「昨日一睡もできなかった。ねえ凛奈」
「んー?」
「昨日のテレビでさ……」
その瞬間、スピーカーを繋いだハーモニーディレクターからテンポが流れ出した。基礎合奏開始の合図だ。
「あー、後で話せる?」
「?わかった」
そう言って先程とは違って、姿勢を伸ばして巫愛は真っ直ぐ前を向いた。
*
「昨日のさ、おしゃべりエイトみた?」
「え? あー昨日はすぐ寝たから見てない」
合奏が終わり、昼休憩となる。マイたちには先に弁当を食べるように促して、巫愛、そして何故か愛菜も一緒に人気の少ない廊下へとやってきた。
「これ。昨日のやつなんだけど」
「わ、ちょっと! 先生に見られたらどうすんの」
巫愛が取り出したのは携帯だった。携帯の持ち込みは禁止だが、案外皆持ってきてはいる。ただ、校内は教師たちに見つかる可能性があるためあまり出さないのが暗黙の了解だった。
「大丈夫でしょ、ここ職員室から離れてるし。それよりこれ、昨日の放送でさ、愛菜の推しが昔出てたドラマが流れたんだけど、これ」
巫愛の携帯を覗く。画面には、テレビ画面を録画した様子が映し出されていた。
《お姉ちゃんは、優希のこと嫌い? 僕、邪魔なのかなあ》
「ッ!」
思わず巫愛の携帯を手で覆って隠した。画面に映ったのは、涙を見せる、幼い子供の演技だった。たった2秒ほどの動画だが、まっすぐと巫愛と愛菜を見つめてしまいそれ以上の数秒間の沈黙が流れる。
「……やっぱりね」
「やっぱりって、なにが」
声が震えてしまう。とぼけるにも限界がある。きっと自分の今の顔で勘のいい巫愛には全てがお見通しになったのだろう。
「この男の子、壮太でしょ」
「……」
言葉が出ない。どうしてこうもポロポロと塗装が剥がれるようにばれてしまうのだろう。
「昨日の登校日の芸能人騒ぎ、壮太のことだよね」
「え、と……」
「ごめん、ネット使った。子役の野咲壮真。ホシコイの実写ドラマの優希くん役でしのと共演してる。調べたら小学生の時に芸能界引退してるみたいだけど。双子の姉、鳴宮真子ちゃんと一緒に。ここまで分かれば、芸能界復帰するとか想像つくから」
きっと2人が夜通しネットで調べたのは、凛奈と同じものだろう。もうここまで知られていたら認めて口止めをするほうが早い。
「2人とも、他の人達には……」
「別に言わないよ。言わないけど……あたしたちが言わずとも広まるよ、これ」
「え、」
「あのね。今この時代はネットでなんでも出てくるの。いくら本人が発信してなかったとしても芸能人の個人情報はばれる事がある。中高生のアイドルとかサニーズJr.の学校だって調べればすぐに出てくるし、芸能人のプライベートの流出画像なんてなかったら不思議なもんだよ。……あたしたちはそんな悪趣味なことはしないけど。ネットでそういう事を調べたらいけないなんて決まりはないし、1つ調べれば芋づる式でいろんなことがわかる。もし本当にこの野咲壮真くんが壮太のことなら、鳴宮真子ちゃんは真緒のことだし、壮太たちの場合親まで特定されてる。公表はされてなかったみたいだけど、野咲耀子と鳴宮壮亮。ほら、あたしらが昨日ちょっとネットを使っただけでここまで情報が出てきたんだよ。……さすがに、隠すには限度があるよ」
「そんな……」
愛菜がそう言うと、そのまま巫愛は携帯の電源を切ってスカートのポケットに入れる。
「凛奈は幹部だからこのこと知ってたってこと?」
「……うん。ごめん」
2年生で幹部に含まれるのは自分だけだ、きっとまた特別扱いだとか、不公平だとか言われるのかもしれない。
「そっか。大変だね幹部って」
「……怒らないの?」
「なんで私たちが怒ると思ってんの」
巫愛はそう言って、呆れたように肩をすくめる。
「いや、またみんなに黙ってたから」
「……これは黙っとかないといけなかったんでしょ。さすがになんでもかんでも話せとは言わないよ。建前を作るなって言ってるわけじゃないんだし」
なんだかほっと安堵してしまう。そのため息も束の間、でも、と巫愛は凛奈を見つめた。
「愛菜も言ってたけど、これ、何人気付いてるの?黙ってるのも限界だと思う 」
そう、問題は、壮太と同じパート、もしくは幹部でない部員がこの事を不本意に知ってしまっているという事実だ。少なくとも、マイと目の前にいる巫愛と愛菜の3人が壮太の芸能活動について知ってしまった。もしかしたら昨日愛菜たちと同じバラエティ番組を見て勘づいた部員や生徒もいるかもしれない。
昨日の様子だと、もし仮に壮太が練習にほぼ参加せずに関西大会に参加するとマイが激怒する様子も安易に思い浮かぶ。
「情報解禁まではできるだけ黙っておかないといけないみたい」
「それいつなの?」
「……関西大会の、前日」
「「……」」
巫愛と愛菜の怪訝そうな無言には、到底無理だと言うことを訴えられている気がした。
「とりあえず、タブーみたいになってるけど気付いてる人はいる。あたしら含めてね。それと、関西の前日までに本当に黙っているのか、みんなに説明するべきかはちゃんと考えた方がいいよ。まあ、まずあたしたちが口出しするなって話かもしれないけど」
「そんなことない。……ありがと、先生と茉莉花先輩に相談してみる。……あと、壮太にも」
そう結論を出したものの、頭の中では上手くまとまっていない。両手の指を絡めながら、2人に目を向けた。
「うん。そうしてみて」
「あと……ひとつだけ聞いてもいい?」
「なーに?」
「……2人は、壮太がこうやって芸能活動するって聞いて、どう思った?」
「どうって……まあびっくりが1番だよね。普段大人しいしあんまり喋らない系だし」
「正直修斗のほうがやってそうだけど。……でもまあ、あたしは反対はしないかな」
「私も。自分の将来に向けて何かを進めるって悪いことじゃないし。練習に全く参加せずに関西に参加するなら話は別だけど、新人だしそこまでじゃないでしょ?ちょい役だと思ってる」
『これは……月9のレギュラーとは言えない』
きっとほんの少しの役なら1日、2日部活を休むだけで済むはずだろう。しかし練習を抜ける日が増えるという事は、何も言われていないがきっとレギュラー出演なのだろう。それは茉莉花と話していて、あくまでも予想だが。
「……そっか。わかった、ありがとう。お弁当、食べようか」
とにかく今は、小林と茉莉花にこれを伝えるしかない。そう結論付けながら、3人で教室へと足を運んだ。
昨日、真緒が壮太の頬を叩いてから、1度も目も合わせず、口も聞かずだ。
もちろん練習への登校も別々。汗だくになりながら歩く壮太の数十メートル先に、日傘をさしながらスタスタと早く歩く真緒の姿があった。
音楽室に入ると、1年生たちは一斉にこちらを向いた。驚いた壮太は、動揺を隠すように聞こえるかどうか分からない程の小さな声で、おはよう、とだけ行って、少しだけ俯いて前髪で目元を隠す。
マーチングのために少しだけ伸ばしていた前髪。もうマーチングは半年も前に引退したと言うのに、中学にあがってからはワックスで固めるためだった前髪が、目を隠すための前髪になってしまった。
ひそひそ、ひそひそと誰かが囁く声が聞こえてくる。自意識過剰だとわかっていても、自分に向けてのものだと思い込んで冷や汗が流れ、ぎゅっと目を瞑る。中学生になってから、教室ではこんなことばかりだった。部活では自分のことなど誰も気にせず、ただの空気でいられるから心地よかった。
それが何故か今日は違う。昨日の騒ぎで、自分のことがばれてしまったのだろうか。それとも本当にただの勘違いだろうか。疑問が頭をよぎって、荷物を置いた椅子を目の前に立ち尽くしていた。
「壮太!おはよう。って、もうお昼か」
その声に顔を上げると、そこには、そんな自分を構い続ける彼女の姿があった。
「ちょっと、話さない?」
「……はい、茉莉花先輩」




