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北原中学校吹奏楽部  作者: 星野 美織
挑む、関西大会へ
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部内の噂

「ねえ、結局芸能人って誰なの?」

「ゆうちゃんたちが神戸で見たの、ほんとにうちの生徒だったかもわかんなくない?」

「でも北原中学校吹奏楽部って書いた黒ファイルマネージャーぽい人が持ってたんだって」

「それ、スタッフがただの卒業生じゃないの?」

「私話聞いたけど、ほんとに見たことある顔だったらしいよ、1年生に。背が高くて、楽器持ってるとこ見たことあるって」

「誰?ほんとゆうちゃん音楽室に呼んだ方がいいんじゃない?」

 出席点呼のため、部活開始のミーティングを始めるため、音楽室には1、2年生部員が集まっている。椅子の数よりも少ない部員たちは、やはり今朝の騒動で音出しなど一切していなかった。

 はあ、とため息をついて、ユーフォニアムとチューバの方に視線を移す。そこに壮太の姿はなく、代わりに困り果てたように萌論がこちらをじっと見つめていた。

 どうやら事情を理解しているユーフォニアムチューバは、凛奈たちと同じように動揺しているのだろう。修斗に関しては目がずっと泳いでいる。

 いつもは茉莉花が指揮台に立てば音も私語もなくなるのだが、今日はそれどころではない。またため息をついて、パンパン、と手を叩く。

「みんな、席に座ってください。ミーティング始めます」

 前で話すが、部員たちは心ここに在らず。そわそわと周りの様子を伺いながら視線をあちこちに移している。

「出席とります。各パート来ていない人、いませんか?」

「はい、みくちゃんまだ来てない」

「あ、すみません、みくちゃんたぶん委員会に行ってます」

「ねえねえねえ、莉々奈。噂の俳優って、1年生の吹部の男子、なんだよね」

「らしいけど……いまミーティング中、静かにしなよ」

 その1部が、偶然席が隣になった乃愛と莉々奈だった。

「ちょっと、なにしてんの」

「1年生男子でしょ? そもそも2年生に男子いないし」

 そう言って、乃愛は楽譜の後ろに文字を書き始めた。

 莉々奈が乃愛の手元を覗くと、そこには男子部員の名前が順に挙げられていた。

「ちょっと! やめなよ」

「え〜いいじゃん。まずはー、蓮は絶対ありえない。うららちゃんと蓮が共演してたら乃愛が許さないからねー。それから平山もかな。俳優とか興味無さそう。あとは? 修斗が1番可能性あるくない?」

「……でも、修斗もなにも知らない、どういうこと?って言ってたよ」

「あー、じゃあないか。ん?でもそうなったら残るは……」

「壮太、……は、休みか」

 壮太。前で出席確認をする凛奈の口からこの名前が出た瞬間、乃愛と莉々奈の頭の中でピンと合致した。

「「えっ!?」」

 思わず小さく叫んでしまい、注目が2人に集まる。慌てて口を抑えて、莉々奈はすみません、と周りの先輩に申し訳なさそうに会釈する。

「いや、ないないない。1番ない。あんな物静かなのに?俳優?」

「でもあと残ってるの壮太だけじゃん」

「だからそもそもデマなんじゃないの」

 こそこそと背を丸めて2人で小声で話す。

「そこ!莉々奈、乃愛。さっきからうるさい!」

 びくりと肩を震わすと、指揮台に立つ凛奈が莉々奈と乃愛を指さしていた。そしてその周りの部員たちは、呆れたように2人をじっと見つめていた。

「今はミーティング中。他の子の声聞こえないから私語はしないでください」

「「ごめんなさい……」」

 乃愛のせいだからね、と小声で言って睨む莉々奈を見て、凛奈は部活が始まって3度目のため息をついた。

 辺りを見渡すと、やはり部員たちの心はここに在らず。どうすることもできないまま、口を開いた。

「今日の予定は、合奏って聞いていた子もいると思うんですけど、急遽職員会議が開かれるという事でパート練習に変更です。いまから楽譜係に配ってもらう曲を練習してください。パートは一応自分たちで決めてもらって大丈夫なんですけど、念の為先生が確認するのでパート分けが決まったところから私まで報告お願いします」

「「はい」」

「それから、文化祭の準備についてです。───」

 連絡事項のメモを見ながら顔をあげる。

「……最後に、今朝のことなんだけど」

 そわそわと落ち着きなかった部員たちの視線が一斉にこちらに集まる。

「わからないことは、わからないままにしていてください。変に答えようとすると、怪しまれてよく分からないデマが流れちゃうから」

 今はこう伝えるしかできない。噂をはっきり否定すれば嘘をつくことになるし、逆に認めれば壮太の意志を、約束を破ることになる。もう嘘をつきたくないし、約束を破りたくない。恐る恐るユーフォニアムとチューバの席を見ると、真緒以外は少しほっとしたような顔をしている。深刻そうに眉を顰めながら俯く真緒を見て、どうしようもできない気持ちでいっぱいになった。そう、わからかいのだ。ユーフォニアムチューバパート、そして幹部以外の部員たちが壮太の芸能活動を知るはずがない。これは合法的で、この発言をすることが出来た自分自身をよくやったと胸を撫で下ろす。

 それでもすこし騒然としたその空気に、ミーティングを終わります、と声をかけて強制的に終了させた。

「失礼します、凛奈、フルートのパート分け決まったよ」

 パート練習が始まり、暫くすると各パートの2年生がパートを報告しにトランペットの教室まで足を運んでくる。ノックをして扉を開けたのはマイだった。

「はーい、今行く」

 トランペットの音が飛んできて、上手く聞き取れないため2人で教室を出る。

「ピッコロが優衣ちゃんで、1stが私と舞美ちゃん。2ndに日向と菜奈ちゃんで、ソロは私が吹く」

「……おっけー。わざわざありがと」

「ううん。……ねえ、」

「? どうしたの」

 言いにくい様子で、目線だけがふらふらと色んなところを向いている。何が言いたいかはなんとなく予想が着いた。

「……芸能人の噂、あれ、壮太のこと、だよね」

 やはり、今朝の壮太たちのやり取りを目撃した後に、1年生に芸能人がいるなんていう噂を知れば、ピンとくるだろう。しかし想定以上にストレートだったので、返す言葉に迷った。

「……」

「誰にも言わないから。……って言っても信用出来ないか。でも、ほんと誰にも言わない。でもこれだけ教えて」

「……なに」

「壮太、大丈夫だよね。練習参加できるんだよね」

 マイが気になるのは噂の真相ではなく、部活への影響だった。本当にどこまでも部活にしか頭がないのだろう。

「……わかんない。まだ誰にも言っちゃいけないことがたくさんあるみたいだから、本当に、なにも。……でも、マイ。この事は誰にも言わないで。皆にも、壮太にも」

 関係の無い部員が自分のことを知っていると知れば、壮太はきっとパニックになるだろう。

「……わかった。ごめん」

「ありがとう」

 じゃあ、と手を振って、気まずい空気の中マイはフルートの教室へと戻って行った。

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