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北原中学校吹奏楽部  作者: 星野 美織
挑む、関西大会へ
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次の舞台への1歩

 盆休み4日間のブランクは、思った以上に大きなものだった。トランペットを初め、フルートなどの木管楽器や、大型楽器でも個人の所有している楽器の部員は盆休みの間に楽器を持ち帰っていたことから個人面では問題なさそうだが、大型楽器の部員は安易に楽器を持ち帰れるわけでもなく、4日間マウスピースのみの部員もいる。さらに、4日間合奏をしないだけで軽く県大会の1週間前くらいにはアンサンブル力が落ちている。予想はしていたが、これは相当な戦いになりそうだ。

 昼休みが終わり、午後の練習に差し掛かった頃。トランペットパートは部で所有しているCDプレーヤーに県大会のCDを流し込み、楽譜と照らし合わせながら話し合いを続けた。楽譜耳にする度にため息をついていた県大会の演奏も何度も繰り返して聴いていればすんなりとミスを受け入れるようになった。

「ここはもっと下のパートが出た方がよくない?」

「そうですね、あとコルネットのメロディーなんですけど木管にもっと沿わせた方がいいですかね」

「あーー、ここの音汚いね、ちょっと頑張りすぎてるかも、ここはたぶんそんなにトランペット頑張らなくてもいいんじゃないかな」

「ここ。ほんのちょっとなんですけど、低音とのズレが気になります」

 聴けば聴くほど改善点が見つかる。杏が自由曲が終わり、拍手と同時に電源を切った。

「……結果は置いといて、結構出来てないよね」

「思ってたよりもなんというか……下手だね」

 どんよりと全員が立ちすくむ。机の上には置かれたCDプレーヤーとスコアに、鉛筆の書き込みで真っ黒になった各々の楽譜が散らばっていた。

「とりあえず今日は、県大会の前までと同じように吹き方を思い出そう。まずはそこから。パート練始めようか」

「「はい」」

 下級生が返事をして動き始めている中、早苗が足を止めていた。

「早苗?どうしたの」

「……これさ。大丈夫かな。これで関西……上手くいくかなって心配で」

 そんな不安げな早苗を見て、杏は口を開くが、迷ったよう噤んだ。

『大丈夫とは言いきれない、か』

「大丈夫じゃないでしょう、どう考えても」

 重い空気が流れる中、凛とした声が掛けられる。ちょっと、と夢花が声を上げる相手は、相変わらず真っ直ぐな目を向ける茜だった。

「茜、言い方───」

「いいよ、夢花ちゃん」

「でも」

 杏はどこまで優しいのだろうか。もし自分が杏の立場で、いくら技術があるとはいえ2つも年下の後輩にこんな言葉を浴びせられたらきっとぶん殴って怒鳴り散らかすだろう。

「茜、どうしたらいいかな」

 茜の返答に驚き固まる早苗の隣に移動しながら、杏は優しく尋ねる。

「……情報を整理するべきです。関西がどう言ったところなのか、審査員はどこの誰なのか、他県からどんな学校が来るのか。……とくにうちは、地区大会予選がないでしょう。だからピンキリで全国レベルのバンドからなにも知識のないなにも考えてない、お遊び程度のバンドまであるんです。そんな大会で、悪くとも上から3番目に選ばれたのが北原(うち)だったって言うことです。県大会の演奏の反省も必要だと思います。でも、それよりも次の関西大会に向けてどんなことをしていくか考える方が大事です。県の時のように自分たちよりもレベルの低い学校はないと考えるほうが妥当です。……私たちの目標がたとえ関西大会金賞だったとしても、周りの学校の目標は全国大会です。もちろん北原の目標が駄目だって文句言うつもりではありません。3年生の先輩方が決めたことですから。それでも、目指すところを目指しているバンドもいる関西大会という場で、大丈夫だとか、そんな甘ったれたことは通用しません。全国を狙ってまっしぐらなバンドはいくらでもいます。全国を目指して、関西大会で金賞止まりの学校だってあります。そんな中で、関西大会で金賞を目標に取り組むことがどういう事か、もう一度ちゃんと考えてやりたいです、私は。……大丈夫な訳がないって言うのは、このままの状態でって意味です。県大会に囚われずに、次のステージに向けて考えて取り組むべきです」

 大会や部門が違えど、トランペットパートで吹奏楽コンクールの関西大会を経験したことがあるのは茜ただ1人だ。3年生と凛奈はアンサンブルコンテストの関西大会を経験したが、またそれは別のものだろう。

 妙に説得力を持つ茜の言葉。いや、そもそもを言えば茜の言うことは間違ってなんかいない。ただ少し言い方に刺があるだけで、彼女の瞳は真剣だ。

「このままじゃだめ、だよね。じゃあ、関西大会に向けてがむしゃらになってもいいから、県大会のこと引きずらないで目の前のことに集中していかないと」

「……そうだね」

 茜の言葉に他の部員たちは頷く。加奈子と夢花はそれでもなお不安げな顔をしている。不安なのはきっと皆同じだ。コミュニケーションをとっていこう。昨日、茉莉花が幹部と3年生で行われた会議で放った言葉を思い出す。その"コミュニケーション"にはきっと、こんな茜の想いも口にすることで誰も見落とすな、という意味でもあるだろう。

 このままではなにも変わらない。変わらないどころか退化してしまう。いつまでも県大会のミスでうじうじしている暇はない。茜は、誰よりも1歩早くその覚悟を決めたのだろう。おそらく、他の部員たちも。いつまでも取り残されたままの凛奈は、置いていかれることだけがどうしても嫌で、慌てて追いつこうとしている。追いつけなくなる前に、走るスピードをはやめるしかない。

 置いていかれたくない、取り残されたくない、負けたくない。そんな思いで、パート練習を始めるために動き出したトランペットパートに遅れながらも凛奈も準備を始めた。

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