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北原中学校吹奏楽部  作者: 星野 美織
番外編②
397/423

8.その次へ目を向ける

「次の役員、ですか」

「うん。一応、考えてるのかなーって」

 コンクールの県大会の全日程が終了した翌日、部員たちは盆休みに入る前に、埃だらけになった校舎内の清掃を行っていた。今日も絶好調に照り続ける太陽と蝉の鳴き声が暑さを引き立たせていた。

 偶然にも茉莉花と2人で生徒相談室を掃除することになり、唐突にそんなことを聞かれる。

「もうそんなこと考えないといけない時期ですか」

「あはは、しんみりしないでよ」

 関西大会が終わり、9月半ばの文化祭が終われば3年生は引退。頭の中でカレンダーを浮かべると、それはあと1ヶ月だと気付かされる。

「役員……って、幹部とか、パートリーダーとかセクションリーダーとかですよね」

「うん、そうだね。部長……はもちろんほぼ凛奈ちゃんで確定だけど、副部長と、あと1年生リーダー。それから演奏系はセクションリーダーと合奏リーダーとパートリーダー。今と同じなら、副部長と合奏リーダーが2人ずつで、後は1人ずつ。難しいかもだけど、なんとなくまとまってるんじゃない? とくにセクリとかさ」

「セクリ……木管なら、なんとなく」

 今の2年生ですぐに思いついたのはマイだった。木管の2年生は、経験者と中学から楽器を始めた者の実力差の幅が狭くなってきている。例えば藍や日向、そして樹奈の実力は確実に上がっていっている。しかし、それでも圧倒的な安心感と信頼があるのが経験者であるマイとマリアだ。

 マリアは人の吹き方に対してあまり関心がない。小学生の頃をフランスで過ごした彼女は、あちらの部活動では決まってどう吹いたという訳ではなく、感性的にアンサンブルをしていたそうだ。それもあって、人に指示を出したり演奏法を指摘することをあまりしない。

 それに対し、マリアのフランスでの楽器の向き合い方とは正反対に、日本有数の強豪校で過ごしたマイは、それ以上にストイックに自分にも周りの人間にも刻むように完璧を目指してきた。奈津に聞いたところ、県大会の1週間前の木管セクションで練習法を提案したのはマイだそうだ。それも遠慮気味だったが、提案した練習法である程度懸念されていたことがマシになったと言う。もしかしたら向いてるかもね、と言った奈津に、凛奈は強く頷いた。

「木管は、……私的にはマイかなって」

「へぇ、意外かも。マイちゃんのこと、副部長にしたいかなって思ってた」

「マイは……たぶん、なんか違うと思うんです、副部長にするのは」

 先日高校生の部を見に行った時に感じた価値観の違いだとか、目指す先だとか。2年生になってから凛奈とマイは無意識にいつの間にか少しずつすれ違っている。気付かないうちにあとから"あれ?"と感じることが、凛奈にはあり、そして恐らくマイにもあったはずだ。仲が悪くなっただとか、苛ついた訳では無い。マイのことはずっと好きだったし、親友だと思っている。 ただ、もし彼女が自分のサポートをする立場、もしくはほぼ同じ立場になると、その関係が崩れてしまう気がした。

「……そっか、まあ、3年からみた後輩と、2年から見た同期じゃ印象違うのも当たり前だしね」

「あの、茉莉花先輩。毎年投票するじゃないですか。あれって、参考程度なんですよね」

「ん?そうだよ。投票4割、2年生リーダー含む幹部の意見3割、それで先生の考え3割。大体ね。だから、1番投票が多かった人が役員になるとは限らないし」

「1年生リーダーはどう? 誰がいいかもとかある?」

「それが……あんまり関わりがない子も多くて。1年生達からの評判もわからないですし。今年の1年生は多いから……もし私みたいにふらふらしてる子がなったら、私と同じような思いになってしんどくなっちゃうかもだし、でも実力だけで選ぶのは違うんです、きっと。逆に茉莉花先輩はどんな子がいいと思いますか? 誰がおすすめとか」

 もはや掃除する気はさらさらなく、2人ともほうきやら雑巾を手放して、中心のソファに座っていた。

「うーん……身内推しになっちゃうけど、修斗とかどう? 私的にはありかも。男の子だから女子のゴタゴタに巻き込まれることもないしね」

「石倉修斗くんですか」

「あはは、なんでフルネーム!」

「だって、ほんとに全然喋ったことなくて……」

 ユーフォニアムのもう1人の1年生、石倉修斗。東野小学校出身で、傍から見ていても明るく陽気な性格であることがわかる。

「修斗はね、空気を明るくする、っていうよりも、換気する、みたいな感じの子。実際に東野で部長やってたみたい。部長やったことあるはあんまり関係なくだけど、みんな修斗の言うことなら、って指示に従いやすくなるんじゃないかな。さっき実力だけで選ぶのは違うって凛奈ちゃん言ってたけど、逆にある程度の実力がないと説得力なくなっちゃうから」

「そう、ですよね……。でも、もし女子の中でいろいろ喧嘩とかあった時に動けないですよね、男子なら。仲裁にはいったらボコボコにされそう……」

「あー……それは、たしかにそうかも。まあ、投票が始まるのは夏休み終わり、関西大会が終わったぐらいだからそれまでゆっくり考えればいいよ。1年生もそうだし、2年生のこともちょっと気にかけてみて」

「はい、」

 コンコンコン、と相談室の扉からノックが聞こえる。返事をすると、扉が勢いよく開いた。

「もうそろそろ時間ですよ!多目的室と相談室のゴミまとめましょ!」

「もうそんな時間?」

「見てくださいよこの多目的室の埃!全部俺と壮太で頑張ったんですけど、茉莉花先輩たち全然なさそうですね。ほんとに掃除してました?」

 噂をすれば、にこにこと修斗が顔を出した。その後ろには壮太もいる。

「まあまあ、いいじゃない!ほら、綺麗でしょ?ね、凛奈ちゃん!」

「えっ」

 いきなり話を振られて、目を見開く。

「あー、香坂先輩がいらっしゃったなら大丈夫ですね!どうぞ!ゴミこっちの袋にまとめちゃってください! 全部俺の手柄にするんで! 小林先生にいっぱい褒めてもらいます」

 なんというか元気でフレッシュだ。これが所謂子犬系男子というものか。思わず吹き出してしまった。

「なんかおもしろいことありましたか?」

「あ、ごめんごめん、尻尾が見えてきちゃったから」

 尻尾?ときょとんとする修斗。そういえば蒼も修斗と仲がいいと言っていた。先輩とも同級生とも親しみやすい。これは確かに、誰とでも仲良くなるし、信頼しやすいタイプかもしれない。

『1年生の愛され男子、か』

 そんなキャッチフレーズを思いついた瞬間、ふと、大丈夫そうだな、と安心した。

 少しだけ、修斗のことが気になりだした。茉莉花たちが去って、自分がこの部の中心となり、もし彼が部長の補佐を務める1人になったら。そんな未来像を想像して、迷いながらもいいかもしれないと1人で頷く。

 ただ、1つ、凛奈の中で懸念があった。

『……やっぱり、1人じゃだめかもしれない』

 深くはないが、春から関わっている1年生数名を見て、1年生リーダーを1人にするのは明らかに負担が大きすぎる。───もう一度、あの提案をしてもいいかもしれない。

「凛奈ちゃん、行くよ!」

「……えっ、は、はい!」

 眉間に皺を寄せていると、気付けば茉莉花たちは廊下を先に歩いていた。

「修斗がいいかもって言ったけど、あくまで私の意見だからゆっくり考えてね。また関西終わったら先生に聞かれると思うから」

 茉莉花の声は、きっと前を歩く1年生には聞こえていない。

 今は目の前の関西大会を、と思っていたが、時間は案外待ってくれない。関西大会が終われば文化祭。文化祭が終わればいよいよ新体制。思っていたよりも時間がないことに焦り出す。

 目の前のことと、そしてその次のことを頭に入れて、計画的に動いていかなければいけない。

 3年生の引退は近付いている。そして同時に、いよいよ自分たちの番がやってくる、と、深く息を吸った。ぼーっとしてられない。そう思い、茉莉花に返事をして、歩く足を加速させた。

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