お説教
「何考えている」
「えっ……と」
休憩時間。凛奈は頭を冷やせと言われながらついてこいとも言われた。音楽室を出た瞬間に振り向いた小林の表情は、怒ったような、呆れたような。そんな表情だった。
「すいません、でした。ちゃんと集中します」
「考えてる内容頭で勝手に隠して集中できるか。頭を冷やせとはそういうことだ。それで自己解決したつもりか? 俺は謝れなんて言っていない。何を考えてたのか聞いている」
「それは……」
先程の思考回路が蘇ってきてまた目頭が熱くなる。
「……余計なこと考えちゃいました。部長たち3人がいなくて、みんな不安定になって。私1人でどうにもできなくて、その、……。怖いなって言うか、無力な自分に腹が立って」
どんどん涙が溢れてきて、抑えるものもなく手で拭うしかなかった。
「すみませ、泣くつもりなんて、なかったです、」
しゃくりあげるしかできなくなる。
音楽室をでないとトイレや冷水機はないので、部員たちはそれを横目に気まずそうに通り過ぎていく。
「私が、もっと、ちゃんとできれば、こんなに怖くなることなかったのに、」
「はー。お前も、似てんだな」
ため息をついて、呆れて笑ったように見えた。
「え?」
「お前は今、何年生だ」
「に、2年生ですけど」
「役職は?」
「2年生リーダーです」
「部長は?」
「……茉莉花先輩」
「パートリーダーは?」
「杏先輩」
「もう一度聞くけど、お前は?」
「2年生リーダー、です」
だろ? と共感を求められたがなんの事か分からない。
「お前が、1人で全部抱え込んでいるんじゃない。それに、泉たちがいなくなったら、なんて考えるにはまだ早い。新体制になっても副部長がつくんだから、お前が1人になることはないだろ? 何考え込んでるのかと思えば」
そう言って、ふふ、と控えめに笑った。
「お前は先のことを考えすぎだ」
「……はい」
茉莉花に1人になるのは駄目だと言ったくせに、1人になる恐怖を感じているのと同時に、自分が1人になろうとしていたのだ。凛奈は認めることしか出来なかった。
「まだ終わらないからな。安心しろ」
そう言って、小林は楽器庫に入っていった。
しばらく立ち尽くすしか出来なかったが、いきなりバフッという音がして、誰かに顔面にタオルを押し付けられているのがわかった。
「あーあ、俺も同じこと言おうとしてたのに」
「あ、蒼くん」
「説教に来ました」
と言いながらも、押し当てられたタオルから顔を出し、振り向くと蒼は笑っていた。
「はい、脱水になるから飲んで」
「ありがとう」
擦った跡ののこる赤い顔で、ボトルを受け取った。
「集中しろよ、周りをしっかり見ろ。お前だけじゃないし、変なこと考えなくていい。まだ3年生は、ここにいるから」
そう言われてしまえば、また涙が溢れてくる。
「あーもう、だから泣くなって、ほら」
と、タオルで涙を拭われ、頭を撫でられる。
どうやら時間は迫ってきたようで、周りには誰1人いなかった。
「スッキリしたか?」
と言われるが、
「ぜんぜん」
と言って、蒼だけ先に戻るように促す。ぽん、と頭に手を置いて、くしゃくしゃと撫でると先に戻っていった。その後、もう一度頭に手を置かれ、顔を上げるとそれは小林で、目を合わせることなく、くしゃくしゃと蒼と同じように撫で回して音楽室に入っていった。
結局合奏には遅れて戻ってしまった。




