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北原中学校吹奏楽部  作者: 星野 美織
さあ、県大会へ
375/423

1人じゃないよ。

「茉莉花、音楽はね、君が思っているよりも遥かに大きいんだ」

「おっきいことぐらい、私もわかってるよ。いっぱいあるんだもん」

懐かしい風景に、黄昏時。近所の大きな公園。アルトサックスを持った男性はパコパコとサックス特有の音を指で鳴らしながら、幼い茉莉花に話しかける。

「例えば?」

「んー、学校だったら、鍵盤ハーモニカとか、リコーダーとか、太鼓とか。あ、あと、秋になったら音楽会って言うのがあって、合唱するんだよ」

「うん、他には?」

「えっ、と、そのアルトサックスだったり」

「あとは?」

「……」

彼は少し意地悪に笑った。

「楽器はサックスだけじゃないよ。それに、音楽にだっていろいろある。1人で演奏するソロ、オペラにミュージカル、オラトリオ。みんなで歌う合唱だったり楽器を演奏する合奏……あ、合奏にもいろいろあるんだよ。アンサンブルだとかオーケストラだとか吹奏楽だとか、あとはブラスバンド。街中でよくやってるストリートだったり、ちゃんとしたホールを借りて演奏することもある。その中で俺はこのサックスと、吹奏楽を選んだんだ。もちろんソロもあるけどね」

そう言って、彼は楽器を大切そうに持ち上げた。

「ふーん、なんでスイソウガクにしたの?」

「みんなと吹いてるのが楽しいから。1人で吹くのもいいんだけど、なんか寂しい」

「1人の方が楽じゃない?もし隣で吹いてる人が自分より上手かったらやだし、かと言って下手だったらイライラしない?」

それを聞いて、あっはっは、と大きく笑った。

「子供のくせに随分ストイックだな。そうだね、でも、1人ってね、怖いんだよ。自分がやってる事が、合ってるのか間違ってるのか分からなくなるから」

「そう、なのかな」

「そのうち分かるよ。茉莉花、君の仲間はきっと信じてくれるし、ちゃんとみんなで正しい道を進めるはずだよ」

そう言って、茉莉花の頭にぽん、と大きな手をのせた。

「あ、起こしちゃった?」

頭に、誰かの手のひらの感覚がある。

「……ユリ、カ? 奈津……」

目を開けると、2人は安堵した表情で笑った。

ぼやぼやとしていた視界が、どんどんクリアになっていく。2人のバックの背景、見慣れない天井。それに自分は横になっていて、ご丁寧に布団かなにかが肩までかけられている。

「……んんん、夢……?……え?!」

どんどん覚醒していく意識の中で、やっと先程の男性との会話が夢だと気付く。同時に、なぜ夢など見ていたのか不思議になり、混乱して飛び跳ねた。

「あーこら、まだ寝てないとだめだよ」

「私、なんで保健室……」

ユリカに肩を押され、そのまま布団へと逆戻りした。自分は今、保健室のベッドに寝かされていたのだ。

「熱あるんだよ。だるいとかなかった?お腹痛くない?」

「大丈夫だけど……私なんでここにいるの、2人とも、合奏は?」

「あの後、倒れたと思ったら寝てたんだから。そしたらキホちゃんが楽器庫に入ってきて応急処置してくれたの。で、小林先生がここまで運んできてくれたってワケ」

小林というワードに目が大きく開かれる。

「呼ばないでって言ったのに……」

「馬鹿、倒れられたら呼ばない訳にはいかないでしょうが。それに小林先生は合奏に来ない私たちを呼びに来ただけ。もし仮に来てなかったとしても呼ぶに決まってるでしょ」

「うう、面目ない……」

そう言って、布団を深く被った。

話を聞くと、自分はあの後どうやら治まった腹痛に疲れきって眠ってしまったらしい。紀穂は凛奈から事情を聞いて、ずっと楽器庫の扉に立って話を聞いていたようで、異変を感じて中に入ってきた様だ。その後、合奏が始まって30分経っても戻ってこない幹部たちにご立腹な小林が楽器庫に来て、そのまま保健室まで茉莉花を運んだようだ。

保険医の山本が偶然にも出勤していて、微熱である事が発覚したのだ。恐らく合宿中に立場的にも1番気を張っていたためか、疲れが出たのだろうと言い、どうしても外せない用事があると紀穂に任せて帰ったらしい。

「しっかり休めば明日の午後には部活参加していいって」

「よかった……にしても私、だいぶ寝てたんだね。寝すぎたぐらいだよ」

すると、ユリカが馬鹿、と強く頭に手のひらを置いて、

「帰ったらちゃんとお風呂入って、消化のいいもの食べて、すぐ寝なさい」

と言った。

「すみませんでした……」

話に一段落着いたところで、ユリカがさて、と立ち上がる。

「茉莉花も起きたことだし、小林先生呼んでくる。おばさん家にいないみたいだから、送ってくれるって。奈津、帰る用意終わってるよね」

「うん、大丈夫」

そういえば自分の荷物は、と辺りを見回すと、なんと綺麗にスクールバッグにまとめられていた。自分の友達はどうしてここまで気配りが完璧なのだろうか。

「で、なんの夢見てたの?」

「んー? ふふ、えっとね」

奈津が体温計を茉莉花に手渡し、いつもと同じ笑顔で話しかける。茉莉花は起き上がり、体温計を差し込む為にぷち、ぷちとボタンを外して胸元を緩める。

「国木田先生と音楽の話してた」

その言葉に、思わず奈津は目を丸くした。

「あはは、なにそれ、私もしたかっ─────」

「あーーーーッ! あんたたち、なんでいるの! 帰りなさいって言ったのに!」

「え、え?」

ユリカが保健室を後にしてすぐ。

「げ、バレた!」

と言う聞き覚えのある男子の声がした。

「え、ちょ、待って」

茉莉花は慌ててセーラー服のボタンを締める。

そしてばっと扉を見ると、半透明の窓ガラスから影が5、6つ見える。

そして、ユリカの叱責もお構い無しに扉が開かれた。

3つの頭が顔を出す。自分のパートの後輩たちだった。

「茉莉花せんぱあああああいッ!」

茉莉花が起きている事を確認すると、萌論が走って抱きついてきた。

「め、萌論、みんな、なんでいるの」

「先輩、ごめんなさいいいい」

空いた口が塞がらない。ひたすら謝罪する後輩を、背中を撫でて宥めるしか出来ない。

「あたしは帰れって言ったけど、言うこと聞かなかったの」

「ノノカ……。心配してくれてありがとう」

「別に……」

ふてくされた相棒も、一緒にいるのが3年目となればただの照れ隠しだとわかるし、自分のことを心配してくれていたんだとそっとお礼を言う。

「真緒、こっちおいで」

片方の手で、固まっている真緒を手招きする。おずおずと遠慮がちに歩み寄り、奈津が譲った席に座った。きゅ、と抱き寄せられた瞬間に、顔が歪む。

「修斗」

「はい!」

号泣している萌論や、泣き出してしまいそうな真緒とは真逆に、尻尾を振った犬のように歯を見せて笑い、茉莉花の元へ駆け寄った。

「ノノカ、壮太、由紀。心配かけてごめんね。酷いことまで言っちゃって……」

「何言ってんの。そもそも吹けてないこいつらが悪いんだから」

「こら、学びなさい!」

ノノカのデリカシーのない正論がグサリと1、2年生に突き刺さる。すかさず奈津がノノカを怒る。

「あ、いいんです。本当のことなので」

「萌論……」

いつもならノノカのこう言った態度で涙目になってしまうのに。何故か認めたのだ。

「でも、あと1週間できっとまだ変われます。だから、だから……どんな言葉もちゃんと受け止めるので、諦めないでください」

と、萌論が茉莉花の服の裾を握る。

「ねぇ、茉莉花」

「ノノカ」

「1人じゃないよ、あんたは」

そう言って、いつもぶっきらぼうな彼女がニッと口角を吊り上げた。

「みんな───」

「おいコラッ! お前らなんで残ってる! 俺が残るのを許可したのは藤森と天野だけだぞ。病人がいるのにそんなに大所帯で何考えてる」

「げ!」

ユリカが小林を連れて戻ってきた。小林の怒号が響きわたる。まったく、と言わんばかりに2人とも仁王立ちをしていた。

「ごめんなさい帰ります!!!」

「あっ、」

先程まで自分に引っ付いていたのに、べりべりと剥がれていく。

「先輩、無理だけはしないでください。お大事に!」

「お邪魔しました!」

よく見てみれば、6人とも上履きを履いていない。裏のベランダから侵入してきたのだろうか。

「え、あ、あの、みんな!」

「はい?」

思わず呼び止める。

「ありがとう。その、明日の午後には行くから……その、待っててください、私は皆を信じてる!」

目を丸くするが、その後、

「私達も、信じてます!」

と6人は、Vサインを掲げた。

その瞬間、夢での言葉を思い出す。

"君の仲間はきっと信じてくれるし、ちゃんとみんなで正しい道を進めるはずだよ"

ああ、きっとこういう事なんだな。そう思い、くすっと笑みが零れた。

「さて、うるさいのがいなくなったし、帰るぞ。家電話つながらなかったけど、親御さん帰ってくるよな? 車とってくるからまってろ」

「はい、ありがとうございます」

それだけにっこりと言うと、小林は少しだけ固まった。

「ど、どうしました?」

「ああ、いや。吹っ切れたんだなと思って」

そう、にっこり笑って保健室を後にした。

頭上にはてなが浮かぶ茉莉花に、奈津が代弁する。

「たぶん、最近の茉莉花ならすいませんごめんなさいって謝っていたからだと思うよ」

「そう、なのかな」

「うん、きっとそうだよ」

皆、何かしらと自分のことを気にかけてくれている。国木田の言葉も、ノノカが言ってくれたことも。決して嘘ではない。

安心して、思わず笑ってしまった。

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