1人にならないで。
「……っ、う……」
茉莉花はぼろぼろと涙を流しながら力を入れて痛みに耐えていた。肩で息をしながら。
「……茉莉花、もう凛奈いないから。先生も呼んでないよ? あたしと奈津だけ。力抜いて、深呼吸ー」
そう言って、ユリカは茉莉花の背中をさする。
「……うぅ、」
「わ、茉莉花!」
ユリカの言葉にならって安心したかのように脱力し、しゃがんだ状態からバランスを崩したが、がしりと奈津が抱きかかえた。だがそれっきりで、茉莉花の口から何かが落ちることはなかった。気付けば合奏が始まっていて、それに気付いた茉莉花は再び辛そうにぎゅっと目を瞑った。ひたすら繰り返される苦しそうな呼吸と嗚咽に、今度は奈津が口を開いた。
「……茉莉花、どうして、なにも言わないの。私、なにも知らないよ。だって茉莉花いつも言ってくれないもん」
それを聞いて、ユリカは悲しそうに俯いた。
「あたしたちって、そんなに頼りないかなあ」
「ちがっ、」
「じゃあなんで無理するの、いつもいつも。私たちもるのにいつも1人でばっかり。どうして頼ってくれないの、それとも全部1人でやらないと気が済まない?」
「そんな、こと、いってな、言ってないッ!」
そう言って拳を思い切り床に叩きつけた。
震える握られた手には、怒りだとか苛立ちが篭っていそうだ。それが自分たちに向けてなのか茉莉花自身に向けてかはわからないが。
『うわぁ、痛そう』
なんて考えるが、奈津もユリカも茉莉花に言いすぎたなんてちっとも思わない。
「何度も言ったよね、私。副部長も2年リーダーもいるんだから、頼ってって。私は、私は……茉莉花の弱いところだって知りたかった」
「……え……?」
震える奈津の声に、呼吸は荒いままだが漸く力の抜けた声が茉莉花の口から漏れた。
「弱いとこって人に見せられないよ。よっぽどその人のこと信頼してない限り。実際コンクールで弱さを隠すから上手くいくんじゃん、馬鹿!舞台に弱いところを出さないために裏で仲間に頼るんじゃないの!? それとも私たちが頼りないのかって聞いてんの! 私たちが言ってるのはそういうこと! 馬鹿!」
眉間にしわを寄せる奈津が言った。
「茉莉花、あたしが部活来れなかった時さ。頑張りすぎなんだよって、待ってるよって言ってくれたじゃん。なのにさ、馬鹿。なにが"無理しないでね"よ。人のこと言えないよ馬鹿」
"馬鹿"を連呼する2人。 多分傍から聞いていたら笑ってしまうだろうが、こちらは真剣だ。
「1人にならないでよ、馬鹿!」
「馬鹿!」
本当に、呆れてそんな言葉しか出てこなくなってきた。
「2人とも……馬鹿馬鹿言い過ぎ、」
まだ胃は痛いが、こちらも言いたいことはある。
力を抜いたら自然と声が出てきた。
「私たちはほんとのこと言ってるだけだよ馬鹿」
「ほら馬鹿、本音、言ってみなよ馬鹿」
ああ、これは、このノリは。さては2人とも、部長である自分に馬鹿と言う言葉をぶつけて楽しんでるな。
『……いつも通りじゃん』
完全に吹っ切れたように、ため息が出てきた。
すると、副部長2人は、安心したように、ふっと笑う。
「今の、本音は? 誰にどうしてほしいーとか、もっとこうしたいーとか。言ってみな馬鹿」
「……1、2年生が」
「うん」
「もっとできるんじゃないかって、思ってた」
「そうだね」
1つずつ、ポロポロとこぼれでたそれに、副部長2人はすかさず相槌をうつ。
「でも口に出しちゃダメかな」
「言い方次第でしょ」
「もう、いっそのこと、私1人で全部吹けたらいいのに」
「あはは、そりゃ無理だ」
否定はせずに、いまは言わせたいだけ言わせておこう。そう笑いながら、ぽん、ぽんと頭を撫でる。
「ふふ、知らなかった。聞いてもらえるだけで、こんなに安心するなんて」
「……1人でなんでもできる人なんて、いないんだよ」
やっと微笑んだ茉莉花を見て、今度は奈津が表情を崩して、顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。それに吊られてユリカも。
「ご、ごめ……」
「ねえ茉莉花、おねがい……」
自分のためにこんなにも2人が号泣すると思わなくて、自分の涙なんて引っ込んでしまい、唖然とする茉莉花に、奈津が腕にすがりついた。
「1人にならないで……」
私たちが、みんながいるから。
いつの間にか、痛みなんてものはとっくになくなっていた。力が入らなくて、仲間がいる事が幸せで。このまま眠ってしまいたい。そう思いながら、目を閉じた。




