やっとのこと
「ぎゃははははっ、うわ、冷たっ!隼人、お前やべえって」
「風馬もだろっ!おらっ」
花火大会の最中、男子達は真逆なことに水遊びをしていた。
「男子も馬鹿だねぇ〜。またお風呂入らなきゃじゃん」
「ほんとに。同い年とは思えない」
綾乃と茉莉花は、皆と少し離れた場所で線香花火をしていた。
「凛奈は?」
びしゃびしゃになった蒼が、タオルで顔を拭いながら話しかけた。
「もしかして聞いてない?」
「?なにを」
2人は顔を見合わせ、蒼は困惑した。
「凛奈っ!」
「えっ?」
春と窓越しの花火を見ていたら、後ろから勢いよく手を引かれた。
振り向くと、そこには息を切らした蒼がいた。
「あ、蒼先輩…? どうしたんですか」
「ちょっと来て」
春を残したまま、引っ張られるままについていく。よく見ると、髪は濡れていて、光が反射して輝いて見えた。
「先輩、」
「大丈夫か!?」
と、肩をがしりと掴まれる。
「へ?」
「へ? じゃなくて! 凛奈、のぼせて倒れたって……」
「あ……ちょっと長風呂しちゃって、目眩がしただけです。いまはそんなにしんどくないんで」
「馬鹿」
少しきつめのその言葉にドキリとする。
「心配、したんだからな……」
へにゃりと口を歪め、頭を肩に乗せた。どんどん手の力が抜けていくのが肩で伝わってきた。
この人はどこまで自分の心を奪っていくのだろう。
「蒼先輩───、髪、濡れて……」
「ごめん、服に着いたかな」
「風邪引いたら大変ですよ、自分を大事にしてください」
凛奈の言葉が気に食わなかったのか、ムッとへの字に口をまげた。
「凛奈もな。反省しなさい」
と、凛奈の頭に手を置いた。
その時、勇気がポロリと口からこぼれた。
「……うん、ごめんね」
前を見ると、ぽかんとしている。
そんな蒼が可笑しく見えて、ぷっと思わず吹き出してしまった。
「───蒼、くん」
その瞬間、蒼はどこかホッとしたような、もどかしさが解けたようだった。
「戻るわ。もう寝てろ」
「え、でも」
「明日もあるんだ。無理すんな」
「……うん、」
彼氏というよりは兄のようなこの仕草に、照れくさくなってまた下を向く。
蒼も急にはずかしくなったのか、それを紛らわすようにくしゃくしゃと頭を撫でた。
「やっと、敬語じゃなくなった」
「え、いまなんていいました?」
「……なにもない」
少し頬が膨れたまま、凛奈の手を引いた。
その手は自分よりも大きく、がっしりとしていた。
「ちゃんと落ち着いて、元気になったら夏祭り行こうな、約束しただろ」
振り向いた時のその笑顔に、またドキリとする。
いつの間にか凛奈の部屋の前に到着していた。
仕返しだ、ふわりと蒼の前に出て、
「もちろん」
と笑った。
「おやすみなさい、……蒼くん」
「ゆっくり休めよ」
「ん、」
手を振って、扉を閉じた瞬間、
既に敷いてあった布団に飛び込んだ。
「ど、ど、ど、どうしよ……蒼くんなんて、初めて言っちゃった」
恥ずかしいのか嬉しいのか。この感情はなんなのだかよくわからないが、顔が熱くて目が回る。
同時に、廊下で蒼が扉にもたれながら縮まっていることも知らず、2人はお互いに知られないように顔を真っ赤に染めていた。




