花火
倒れたあとの練習は頼みに頼んでなんとか参加させてもらえたが、のぼせた後に浜辺で急激に冷えて風邪をこじらせても困る、と花火大会は参加することを断られた。
『まあ仕方がない、練習させて貰えただけでも……』
マイはとっくに回復していた、自分よりも軽い目眩ほどで済んだので花火大会に参加している。
「……暇だなぁ」
と、1人ロビーのソファに腰掛けた。
一面海が見渡せるロビーからは、花火を楽しんでいる部員達の姿は見えず、ただ光だけがガラスに映し出されていた。
「凛奈先輩?」
「ひぁあっ!?……春ちゃんか、びっくりした」
急に肩に手を置かれ、叫ばずにはいられなかった。
「花火、行かないんですか」
「うん、ちょっとさっきのぼせちゃって……」
春ちゃんは? と聞こうとしたが、すぐに思い出した。春が暗闇に恐怖心を持っていることを。
「あ、大丈夫ですよ、気を使わなくて。慣れてるので」
「え、」
「───林間学校も、修学旅行も。憂鬱でした。正直行きたくなかったです、友達にも気を使われるし。でも、中学校に入って知ってる人はほんのちょっとになって、黙ってる方が楽なんだって思いました。だから……」
「え、ちょっと待って、それ、みんなあんまり知らないってことだよね? 私に言ったのは……その、次期部長として? それとも……」
「凛奈先輩だからです」
その言葉に少しホッとした。
「それで、莉々奈ちゃん、ご両親がいないっていうのとは違って、あまり友達との会話内容に支障出ないから、莉々奈ちゃんとはまた違うかなって思って」
「春ちゃん……」
「夜に1人で外を見ると、自分があの暗闇に引きずり込まれる感じがして……。震えが止まらなくなるんです、呑み込まれて、真っ暗で、左右も分からなくなりそうなところで」
と、コンコン、とロビー正面の窓からノックが聞こえた。
同時に、春の携帯から電話がかかってくる。都だ。
《春、いないからびっくりした》
都は正面から春に電話をかけているようだ。
「うん、ちょっと……ね。また言うね、都」
《花火、しないの?》
「うん、しない」
都は少し照れくさそうだ。
《じゃあ……》
《みーーーやこぉぉぉぉッ!》
後ろから抱きついたのは、トロンボーンの彩音だった。フルートの菜奈、アルトサックスの美玲など次々に1年生たちが来た。
《誰と電話してるの?》
《春》
と、指を春に向けた。
美玲と菜奈は、やっほー、と言っているのだろう、手を振っていた。
そして都と彩音はなにやら話をしていたと思えば、電話を切り、都の携帯を美玲達に任せて走っていった。
「2人ともどこ行ったの?」
「さぁ……?」
少しすると、花火を持ってきて戻って来たようだった。池田も連れて。
火をつけて、花火をし始めたのだ。
「わぁ……!」
「春ちゃん、花火初めて?」
「小さい時に、やったことがあるみたいです。でも、あんまり見たことなかったから……すごく綺麗」
「よかったね」
「はい……!」
バンバンと、菜奈が窓を叩き、口をパクパクと動かせた。
「え、なになに? い? 」
【き】【れ】【い】【?】
口の動きで聞き取れた春は、頬を赤く染めながら、うんと大きく頷いた。
【よ】【か】【っ】【た】
と、今度は都が言った。
春も言葉を返す。
【あ】【り】【が】【と】【う】
それを聞き取ると、都はそっぽを向いた。凛奈にはわかっていた。耳を赤くして、彼女が照れていることを。
「あの子達には、伝えてもいいんじゃないかな」
「え?」
「まぁ、春ちゃん自身で考えてみて」
「……はい」
春の目には、パチパチと光る花火が映し出されていた。




