自分らしい“音楽”
「ホルン、もう1回やっておこうか」
「はい」
さっと綾乃が楽器を構える。
国木田が何か綾乃を気にするようにスタスタと歩み寄る。彼女はそれを気にせず吹き始めた。
アタックから音の軸まで、完璧と言っていいと思った。
だか、なんだか引っかかる。昨日の柚子の話を聞いたからだろうか。口の怪我は大丈夫なのか。
「……登坂さん、ちょっとバテてるかな」
「……」
綾乃はゆっくり国木田を見上げるように顔を上げた。
国木田は目を細める。
「すこし休めた方がいいかもしれないね。ソロはやってもらうけど、高い音無理に吹かないで効率を考えてね」
「……はい」
微妙な落胆が肩に現れる。
「でも、音はすごくいいから、あとは君の演奏したいように。自分だけの音楽を作れるチャンスは吹奏楽にはなかなかないからね」
「はい」
綾乃を見ていたが、その向こうの柚子と目が合い、彼女は肩をすくめていた。
「みんなも、」
と、国木田は周りを見渡す。ミュージカル俳優のように堂々と。
「自分らしい音楽を考えてみたらいいと思うよ。ネットにあがっている模範演奏通りなんて、人の心を動かせない。どうしたいか、自分がどんな演奏をしたいのか。それを1つ1つ考えるから、自分らしい、自分たちらしい音楽が出来ると僕は思うんだ。やっぱりこういうのはテンションが大事なんだ。つまらない合奏練習ならつまらない演奏しか生まれない。楽しむことがモチベーションをあげるんだ。固まってばかりじゃなくてもっと発言しなくちゃ。もっと自分で考えて、表情付けてみなよ。小林先生に頼ってばかりじゃ自分たちの音楽は作れない。でしょ? 演奏するのは小林先生じゃなくて君たちなんだから。人の心を動かせないロボットには、関西なんて到底無理だよ」
昨日からのおちょけた表情とは違って、真剣な眼差しが部員達の心に突き刺さる。
「「はい!」
それを聞いた小林は、ふ、と静かに微笑んだ。そして、綾乃へと目を移す。今にも死んでしまいそうな繊細な目をした綾乃は、また俯いた。




