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北原中学校吹奏楽部  作者: 星野 美織
夏合宿in和歌山
353/423

選ばれた者

「乃愛に渡したい物があるんだー」

「え、なになに? もしかして愛のプレゼントですか?」

乃愛と練習室へ向かう途中、パン、パンと手を叩く音と一緒に、おぼつかないクラリネットの音が聴こえてきた。

「……すみません、ほんと全然上達できなくて」

「未羽。そんなの気にしなくていいんだよ。誰だって急には上手くなれない」

クラリネットの未羽と、パートリーダーの和音の声だ。凛奈は思わず影に隠れ、乃愛もその背中にくっついた。

「でも、先輩の練習時間まで削ってしまって……」

「なーに言ってんの。それがパートリーダーの仕事なんだから」

2人の顔は見えないが、未羽は明らかに元気がない。

「どうしたの急に。なにかあった?」

「……その、先輩。本当に、私でいいんでしょうか……」

それを聞いた瞬間、乃愛はピクリと反応し、凛奈の背中を押した。

「え、ちょっ」

何か尋ねる隙もなく、乃愛は凛奈の手を握り、黙って練習室へ走り出した。

「待ってよ乃愛。なになに?なんなの?」

「ほんとに、未羽でいいのかな」

「は?」

もやもやしたような表情で、口を尖らせた。

「未羽ちゃんが嫌なの?」

乃愛にそう尋ねると、ぶんぶんと首を振った。

「乃愛は、嫌じゃないですけど……」

ごにょごにょと1人ごちる。

「乃愛も、なにかあったの?」

「なにもなかったですけど……」

キィ、と練習室の扉を開ける。

「なんか、その。都が」

「都? ってパーカッションの?」

と言いつつも、扉を開けた先で練習しているのはそのパーカッションパート。もちろん都はいないが。慌てて、小声で乃愛に尋ねた。

「んー、なにもなかったらいいんですけどねー」

と、結局話を逸らしてしまった。

「もー、なんなのよ」

「せっかくの楽しい合宿だし、終わったら言いまーす!」

と、ストンと自分の席に座った。

「はいはい。わかったよ」

凛奈は追跡しすぎる自分をあまり好まない。

だからそっとしておく。本人達から来ない限り、ずっと。

『自分もなかなか卑怯だな……』

はぁ、と大きなため息をつきながら、自身のかばんを漁った。

「乃愛、これあげる」

取り出して彼女に差し出したのは、額に貼る冷却シートだった。

「わぁ! 冷えピッタンだ! いいんですかー? もらっちゃって」

気分が上がった乃愛はばたばたと足を動かす。

「うん。蒼先輩がね、乃愛は平熱が高いから暑がりって言ってたから。よくパート抜け出して涼みに来てるでしょ?」

「えー、お兄ちゃんそんなこと言ってたんですか」

乃愛はけたけたと笑っている。

「先輩、つけてくださいよー」

「しょうがないなあ」

乃愛が自身の揃った前髪をあげ、額を見せる。

「髪の毛巻き込まないでくださいね」

「はいはいかしこまりました」

やはり兄妹だからだろう、彼女のくっきりとしたカーブの目元は兄に似ていた。

「ひゃ、冷たあー」

なにが可笑しいのか、彼女はまたけたけたと笑っている。

それを見て気持ちが綻んだところで、ハッと我に返った。

「やば、戻らなきゃ」

休憩が始まってから既に30分が経過していた。少し休みすぎたか。

急いで立ち上がる凛奈とは対照的に、乃愛はのろのろゆっくり立ち上がった。

「2人とも遅い!」

その時、練習室の扉が開いた。杏だ。相当起こっている様子だ。びっくりしたのは凛奈と乃愛だけではなく、パーカッションたちも驚いて音がなくなる。

「もう30分経ってるんだよ? 」

なかなか腹を立てない杏だが、30分も練習に戻らなかったら誰だって怒るだろう。

「時間守らないってそれ2人の意識が───どうしたの? 熱?」

コロリと彼女の形相がいつもの“杏”に戻る。そして乃愛に近ずいた。そうか、冷却シートを貼った乃愛の額を見たのだ。

「え、あのいや、これはその……」

「どうしよ……とりあえず先生に相談? あーその前に乃愛ちゃんどっかで休まなきゃ……」

右往左往する先輩に、こちらまで焦ってしまう。

「せ、先輩! 違います、大丈夫ですって。これはその、乃愛、暑がりなんです! だから凛奈先輩に貰って……」

それを聞いた瞬間、ピタリと動きが止まり、へなりと力が抜けていくのが分かった。

「なんだ……てか、紛らわしいことしないでよ。ほら、戻るよ!」

「ぷっ。はーい」

「あ、待って、早苗先輩のチューナー!」

くすくすと笑う2人に、その恥ずかしさを誤魔化すように強引に手を引っ張った。

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