暗闇
ピロリン、ピロリン。
携帯に設定していた目覚ましが部屋に鳴り響く。
「あふ……」
寝たのが1番遅いのは凛奈なのに、目覚ましには誰も反応しない。
「寝起き悪い人ばっかりだ。自主練のためにはやく起きようって言ったの誰よ」
いや、もしかしたら自身の眠りが浅かったのかもしれない。それに、疲れが溜まっているから無理やり起こすまでもない。なにせ起床時間の2時間もはやくおきているのだから。
凛奈は、再び目覚ましをセットする。1時間後、そして2時間後に、音量MAXで。隣の部屋の部員も起きるくらいに。
「練習行きますかぁ!」
と、大きく背伸びした。
ガチャッ。
「……くっそー……」
練習室の鍵はまだ開いていないようだ。それもそうだ、まだ起床時間の2時間前。小林もまだ起きていないだろう。
この時間から練習してもいい場所といえば───浜辺だ。
「おはようございます」
「うおっ、あ、春ちゃん……」
いきなり声をかけられて驚いた。自分の背後にはクラリネットを持った春がいた。
「早いね」
「先輩も、早いですね」
あはは、と苦笑いする。凛奈と対照的に、にこにこと笑顔の春。
「一緒に浜辺で練習する?」
「いいんですか? 先輩と練習できるなんて嬉しいです!」
春は本当に顔に出やすいタイプだ。ぱぁっと目を輝かせる。そんな純粋な春が、凛奈には眩しく見えた。
「そういえば、昨日の肝試し。すっごい怖かったね〜」
「あ……。私、肝試し参加してないんです」
「え!? そうなの?」
思わず足を止め、春もそれに合わせて立ち止まった。
「え、体調悪かったの? 大丈夫?」
「いえ、体調が悪いんじゃないんです。その、悪くなるというか」
春の言っていることがわからなかった。
「先輩、」
きょろりと彼女の目が動いた。
「暗所恐怖症って、本当にあると思いますか」
*
さらさらと波の音が聞こえる。楽器を持ったまま、2人は浜辺に座った。
「小さい時にあった“何か”が原因なんです。あまりにも衝撃で思い出せなくて……。こんな年になってもまだ暗闇が怖いなんて、信じてくれない人も少なくなくて。その……先輩は信じてくれますか?」
「もちろんだよ」
ほっと安心した顔を見せる。
「よかったです。ここ最近で、家の暗闇はなんとか慣れることができたんですけど、完全に暗いところがまだ駄目なんです。ネットで調べても私は比較的軽症な方ですし、それに……いつも、桃ちゃんが守ってくれてました。夜、暗くて寝れない時は明るくしたまま寝て、その後に桃ちゃんが消してくれました。停電だとか、急に暗くなる時も桃ちゃんがいたから落ち着けたんです」
春と桃は素晴らしい信頼関係がある、そう思っているのは凛奈だけではないだろう。
「でも……。私、都ちゃんと友達になりたいんです」
「都ちゃん……って、パーカッションの?」
コクリと頷く。じゃあ仲良くなればいいのに。そう軽く考えていたが、思っていたよりも複雑なものだった。
「でも……桃ちゃんが。桃ちゃんと都ちゃん、昨日の練習で喧嘩しちゃったんです。桃ちゃんも大切だけど、都ちゃんとも仲良くなりたくて」
思い出した。桃は、春に対する執着というか、一緒にいたい気持ちが強いのだ。だが一方で、春はその気持ちが冷めつつあるのだ。
好きだが、2人で友人までも同じにすることはする必要はない。むしろ、桃とセットではなく、1人の人間として友人を作ろうとしている。それは成長なのか、悪感なのか。それは、異性同士の双子の凛奈にはわからなかった。
「2人とも、そこにいたのか。もう練習室開けるけど」
上を向くと、部屋のベランダから小林が見下ろしていた。
「あ、ありがとうございます」
小林は頷くと、部屋の中に入っていった。
「行こうか。あ、春ちゃん」
「はい?」
「また、相談があったらいつでも頼ってね」
「ありがとうございます……」
まだ困っているようだが、話しただけでも少しすっきりしたようだった。




