プロの耳は誤魔化せない
「はああ……」
夕食の時間、皆ぐったりとしたままぞろぞろと食堂に集まる。
「疲れた……」
いつもよりも詰め込んだ練習で部員たちの心身に疲労が溜まっていた。
凛奈たち4人が席につく。樹奈はがさつなのか、机に置いた定食の唐揚げが衝撃でころころと動く。
「国木田先生、やっぱすごい?」
麻由の質問に、マイが答える。
「そりゃあ、もう。できなかったところも潰れちゃったよ。面白いしサックスの音綺麗だし、ほんとすごい先生」
「さすがプロだね」
「ほんと、すごいとおもう。あの先生、音聴いただけでどこの小学校だったかわかるみたい」
「違いある?」
「それが……あるのよね〜」
急な声に目を向けると、そこには志穂がいた。
「お隣いいかしら」
「あ、どうぞ」
座ると同時に、後ろにいた姉も志穂の手前に座る。
「ね、あなたが東野で、あなたが西野でしょう?」
「どうして……」
東野は小中どちらも世間に知られている吹奏楽部だから、特有の音色はわかるかもしれない。だが、何故凛奈が西野小であるのことが分かったのだろう。
「指導してたら、なーんとなく分かってくるの。あ、この子はあの子と同じ出身校なんだなって分かってくるのよ」
志穂と紀穂はあまり似ていないと思っていたが笑うところは似ていた。
「東野は音の厚みが分厚いの。西野はストレートなアタックの子が多いわね」
紀穂が割り箸を2つに割る。
「北原中には、4つの小学校、3つのバンドから来ることがあるでしょ? それって結構特別なの。だから、いい意味で違う音が出るから、上手いこと使いこなしたらバリエーションが豊富になるんじゃないかしら?」
「「なるほど〜」」
「まあ、他にも特別なことはあると思うけどね」
くすくすと笑う双子の先生たちに、きょとんとする。一体何が特別なのだろう。
「双子が多いのよね」
「あ!」
「いま吹奏楽部に、何組の双子がいるの?」
志穂は、そう言いながらキャベツの山に箸を突っ込み、口に運んだ。
「1年生が、徳永春と桃、あと成宮真緒と壮太。あと2年生に東原真紀と由紀で、双子は全員で3組です」
そもそも学年に1組いるかどうかの確率で存在する双子が、2学年揃って3組全員が吹奏楽部にいることがすごいと感じる。
と言いつつも、自分も双子の片割れなのだが。
「先生方も、同じ吹奏楽部だったんですよね」
「そうそう! もう、1年生の時はほんっと仲悪くてね。殴り合いまでしたんだからあ」
ケラケラと愉快に笑いながら手を仰ぐ志穂の口を、紀穂が机を挟んだまま塞ぐ。
「ちょっと志穂。それは言わないで」
「えーいいじゃない」
ふがふがと声がこもる。2人は今はとても仲が良いようだ。
*
夕食を食べ終えた部員たちは、食堂で次の指示が出るまで待機していた。
凛奈たち4人は、同じ席で池田姉妹と雑談をしていた。
肝試しの計画担当長の奈津が手を挙げると、視線はそこに集まった。
「お風呂の後の肝試し、浜辺集合でお願いしまーす!」
「「いえーい!!」」
「じゃあ、いまから学年順にお風呂入ってください。あ、男子は全学年一緒で」
「「はい!」」
茉莉花が指示をして、部員たちは動き出した。
はしゃぐ部員たちに、小林と国木田も笑う。
「そうか、肝試しやるんだっけ」
「私たちもそろそろ行くよ」
「うん」
池田姉妹は立ち上がった。
凛奈は、紀穂のこめかみの髪留めが歪んで、外れそうなことに気づいた。
「池田先生、ヘアクリップ、外れそうです」
「「え、ほんと?」」
4人はぎょっと驚いた。
紀穂と志穂、2人は全く同じ仕草で同じ表情、声まで似ていた。タイミングもまるで2人同時に動くように出来ているロボットのようだった。
「あ、やだ、紀穂のほうね」
恥ずかしそうに志穂が笑う。
「あ、私、池田先生って言ったから……」
「じゃあ、次からは紀穂先生と志穂先生って呼んで?そっちのほうが私は嬉しいわ」
と、志穂が言う。
「あ、でも……」
「紀穂先生って言っていいのかな?」
「ん?」
志穂にはこの部の謎のルールがあまり分かっていないようだ。
「キホちゃんって呼んでいいの、3年生だけなんです」
「でも、先生って付けてたら大丈夫よ。私も下の名前で呼ばれる方が信頼されてるって実感するから嬉しいわ」
「じゃあ、またあとでね」
2人が去っていくと、なんとなく息が口から細く漏れていた。
「びっくりしたね……」
「先生たち、全然似てないって思ってたけど、結構似てるね」
「双子って、なんだか不思議だな」
「そんなあんたもそーだよ」
突っ込むマイに、笑う気力がないほどびっくりしていた。
凛奈は先程から疑問に思っていたこと。小林や池田姉妹、国木田などの指導者やプロの奏者の感じ方や表現が豊かで、一体どうすればそんなにも繊細で沢山感じられるのだろうか、どうすればあんなにも優秀になれるのだろうかと。
彼らの耳が、どうなっているのか知りたかった。




