1年生のヒビ
「いいなあ、私もコンクール出たかったなあ」
午後からのセクションの時間、1年生のサポートメンバーは別室で個人練習していた。
「だよね」
「でも初心者ってやっぱり出られないのかも」
「でも未羽ちゃん出てるよね?」
徳永姉妹と、ファゴットの浅野花純が話す。
横から聞いていたパーカッションの高井 都は、その会話が苛ついて仕方がなかった。
「でも正直、未羽ちゃんとほかのクラの初心者ってあんまり変わんないよね。寧々ちゃんは別だと思うけど」
ひそりと手を立てて桃が話す。クラリネットの樋口寧々に聞こえているのだろうか。
プツンとなにかが切れる音がした。都は、気付けば足が3人に向かって動いていた。
「あのさ、」
「なに?」
明らかに怒っている顔をした都に、桃はムッと対抗する。
「いま練習時間なんだけど。しないの? 練習。コンクールメンバーになれなかったの、そんなことしてるからじゃないの? みんな迷惑に思ってるよ」
「ご、ごめんね都ちゃ」
「なによ、ちょっと休憩してるだけじゃん。悪い?」
春はすぐに謝ろうとしたが、花純がそれを遮る。
部屋の中は静まり、1年生たちは4人のやりとりに目を向ける。険悪な雰囲気の中、都はまたくちをひらいた。
「うん。悪い。長すぎだと思う。それに……」
チラリと寧々に目をやる。彼女はびくりとし、都から目を逸らした。
「真面目にやってるのに下手くそとか言うの言わない方がいいと思うよ。それ、自分は練習しなくても上手だって言ってるのと同じだから」
その言葉が癪に触ったようで、桃は声を荒げた。
「桃は下手くそってこと?」
「桃ちゃんがそう捉えたいなら、そういうこと。だって上手だったらコンクールメンバーになってるはずでしょ?」
「捉えたいならって……」
チッ、と花純が舌打ちをした。そして、わざと都に聞こえるように言った。
「経験者でサポートメンバーなの都だけじゃん。自分だってオーディション落ちたくせに、なに偉そうなこと言ってんの」
それを聞いた途端、顔が熱くなる。なにも反論できなくなった都は、
「私が落ちた理由は、私も下手だからだよ!」
と、逃げるように部屋をあとにした。
「あーあ、行っちゃったあ」
「経験者なのに落ちたって、カワイソウ」
クスクスと笑う花純と桃を置いて、都を怒らせてしまったと焦った春は後を追った。そして、おろおろとしていた寧々も、楽器をそっと置いて、そっと影を消すかのように出て行った。
この時から少しずつ、1年生の間に小さな亀裂ができてしまっていた。
「せっかくの合宿があいつらのせいで台無し」
逃げてきた都はボソボソと文句を言いながら歩く。
「待って都ちゃん!」
都を追いかけてきた春が息を切らしながら都の元へやってきた。
「ご、ごめんね、さっき……2人のこと止められなくて、その……ごめんなさい!」
「……うん」
容易く許してくれたと思い、ぱあっと笑顔になった。
「───でも、私は春ちゃんも悪いと思うよ。さっきから花純と桃ちゃんの顔色伺って頷いてばっかり、練習したいのに抜け出そうとしないところ。桃ちゃんに嫌われたくないって思うところ。春ちゃんも思ってるんじゃない? なんで私が落ちたのかって。落ちたくせになんでそんなに偉そうなのかって」
「そ、そんなこと……。……わかんないよ。でも春は、都ちゃんと仲良くしたいってずっと思ってた。なのに、怒らせちゃって……」
「だろうね。春ちゃん、私と1番の友達になってくれる? そしたら、なんでか話してあげる」
「な、なるよ! 友達に!」
「いますぐ? 本当にそれでいいの?」
「うん! いいよ! 都」
呼び捨てにされたことで、都は照れたのか目を逸らした。
「でも春ちゃんが私と仲良くしてたら桃ちゃんが……」
「それでも、いいよ! 私のこと春って呼んで」
「……わかった。春」
ここで、奇妙な友情が芽生えた。
だが都には分かっていた。この友情は、"1番の友達"になる前に崩れてしまうことを。
なぜなら、彼女のバックにはいつまでも桃がいるからだ。
「ふーん、青春だねえ。ねえ、樋口さん?」
「は、はあ……」
春と都のやりとりを見ていたのは、池田紀穂の双子の妹、志穂と、寧々だった。




