ソロオーディション
「じゃあ、ソロオーディションを始めます」
「「よろしくおねがいします」」
昼休み。顧問2人が小ホールに集めたのは、3年生、そして同じ自由曲でソロをする凛奈と聖菜だった。部員たちが目を瞑って2人のソロを聴き、そして多数決をとる。最終決定権は小林たちが握っている。
「じゃあ、1人目」
ブラスの音が聞こえる。
滑らかな音色に、ゆったりとしたフレーズ。
大海原に響く、勇ましいホルンの音色。
耳をすませば波の音が聴こえてくるのではないか、そう感じさせる。
『この音……綾乃先輩とユリカ先輩……どっちだろう』
もちろん自分は人柄で決めるつもりはない。
ただ単に気になったのだ。
もともと、どちらもいい音をしていたが2人の音色はそれぞれ特徴的だった。
この、心地よい、クッションに包まれたような暖かな音はどちらのものなのだろう。
そう考えているうちに、1人目は終わってしまっていた。
「次、2人目」
何故か少し間があったが、ブレスの音とともに始まった。
全ての感情をも表現させてしまいそうな繊細な音色。波にゆらゆらと揺らされ、それに逆らうように奥深く鯨が潜り込む。
奏者のキラキラとした世界が、耳だけで伝わってくる。
金管楽器で困難な音の幅も楽々とこなす。
ただ、気になるところがあった。
ずっとp位の音量だった。そして、プツンとその音が途切れたように、一度沈黙が訪れた。
そして、なにもなかったかのようにもう一度吹きなおされた。
*
「はい、顔上げて」
多数決が終わり、顔を上げる。
凛奈は、どちらにも投票することができなかった。
それは隣にいた聖菜も同じようで、困惑した顔をしていた。
3年生たちはというと、平然と前を向いていた。
ただし、柚子を除いて。柚子は、何故かずっと顔を突っ伏させていた。
小林は考えるように、頬杖をついている。
そして1番困惑しているのは、ユリカだった。
しばらくの間その沈黙が続き、そして口を開いたのは───
「せ、先生!」
ユリカが、大きな声で小林を呼んだ。
返事をせずに振り返る小林に伝える。
「ソロは───私じゃなくて、登坂さんにお願いしたいです」
意思が伝わらず、首を傾げた。
「何故?」
「それは……。さっき私、失敗したんです。みんなが、審査員がいることが怖くて。それくらいの気持ちしかないのに、ソロなんて大役はできません」
言い切ってすっきりしたユリカの隣で、綾乃は唖然としていた。
「あんたは、それでいいわけ……!?」
振り絞られた声は、怒りだけではない別の感情か混じっていた。
「いいよ。私は、綾乃を支える。張り合えただけで、もう充分だよ」
と微笑んだ。
「じゃあ───」
と、小林が2人に目を向ける。ユリカではなく、綾乃が涙を目にいっぱい溜めていた。
「ソロは、今後も登坂が担当するように」
「……はい」
乾いた返事に、小林は下を向き、目を細めた。
「じゃあ、そろそろ」
腕時計を見て、退室した。かける言葉が見つからないのだろう、他の部員たちもそそくさと逃げるように退室した。
最後に残ったのは綾乃1人。
ぐっ、と親指を唇にこすりつけた。




