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北原中学校吹奏楽部  作者: 星野 美織
2度目のコンクールに向けて
338/423

ソロオーディション

「じゃあ、ソロオーディションを始めます」

「「よろしくおねがいします」」

昼休み。顧問2人が小ホールに集めたのは、3年生、そして同じ自由曲でソロをする凛奈と聖菜だった。部員たちが目を瞑って2人のソロを聴き、そして多数決をとる。最終決定権は小林たちが握っている。

「じゃあ、1人目」

ブラスの音が聞こえる。

滑らかな音色に、ゆったりとしたフレーズ。

大海原に響く、勇ましいホルンの音色。

耳をすませば波の音が聴こえてくるのではないか、そう感じさせる。

『この音……綾乃先輩とユリカ先輩……どっちだろう』

もちろん自分は人柄で決めるつもりはない。

ただ単に気になったのだ。

もともと、どちらもいい音をしていたが2人の音色はそれぞれ特徴的だった。

この、心地よい、クッションに包まれたような暖かな音はどちらのものなのだろう。

そう考えているうちに、1人目は終わってしまっていた。

「次、2人目」

何故か少し間があったが、ブレスの音とともに始まった。

全ての感情をも表現させてしまいそうな繊細な音色。波にゆらゆらと揺らされ、それに逆らうように奥深く鯨が潜り込む。

奏者のキラキラとした世界が、耳だけで伝わってくる。

金管楽器で困難な音の幅も楽々とこなす。

ただ、気になるところがあった。

ずっとp(ピアノ)位の音量だった。そして、プツンとその音が途切れたように、一度沈黙が訪れた。

そして、なにもなかったかのようにもう一度吹きなおされた。

「はい、顔上げて」

多数決が終わり、顔を上げる。

凛奈は、どちらにも投票することができなかった。

それは隣にいた聖菜も同じようで、困惑した顔をしていた。

3年生たちはというと、平然と前を向いていた。

ただし、柚子を除いて。柚子は、何故かずっと顔を突っ伏させていた。

小林は考えるように、頬杖をついている。

そして1番困惑しているのは、ユリカだった。

しばらくの間その沈黙が続き、そして口を開いたのは───

「せ、先生!」

ユリカが、大きな声で小林を呼んだ。

返事をせずに振り返る小林に伝える。

「ソロは───私じゃなくて、登坂さんにお願いしたいです」

意思が伝わらず、首を傾げた。

「何故?」

「それは……。さっき私、失敗したんです。みんなが、審査員がいることが怖くて。それくらいの気持ちしかないのに、ソロなんて大役はできません」

言い切ってすっきりしたユリカの隣で、綾乃は唖然としていた。

「あんたは、それでいいわけ……!?」

振り絞られた声は、怒りだけではない別の感情か混じっていた。

「いいよ。私は、綾乃を支える。張り合えただけで、もう充分だよ」

と微笑んだ。

「じゃあ───」

と、小林が2人に目を向ける。ユリカではなく、綾乃が涙を目にいっぱい溜めていた。

「ソロは、今後も登坂が担当するように」

「……はい」

乾いた返事に、小林は下を向き、目を細めた。

「じゃあ、そろそろ」

腕時計を見て、退室した。かける言葉が見つからないのだろう、他の部員たちもそそくさと逃げるように退室した。

最後に残ったのは綾乃1人。

ぐっ、と親指を唇にこすりつけた。

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