勝負と怖気
sunflowerコンサート当日。
「ふあー……ぁ」
朝早く起き、朝食を作る。
「おはよう凛奈」
「あぁ、母さん。おはよう」
母、律子も台所へ入る。焼けたパンにバターを塗り、テーブルに座る。
「莉々奈はもう行ったの?」
「うん。本番の日も1年生は30分はやく行くことになってるから。お弁当は私が渡すし」
そう、と言いながら2人の弁当箱におかずを詰め込む。
「冷凍食品ばかりでごめんね」
「ううん、全然」
レンジでは温め終わった合図が鳴る。
楽譜を挟むファイルを開き、指でなぞる。
「何時からだったっけ?」
「2時半からだよ」
「あー、行けないかもしれない。ごめんね」
「いいよ。でも、コンクールは見に来てほしいな」
トン、と蓋を開けたままの弁当箱が4つ並べられた。
「それ、自由曲? ソロがあるのよね」
「うん」
たまたま目に入ったのが、「ホルン」という文字だった。
なにかを忘れているまま、楽譜を閉じ、鞄の中に押し込んだ。
「おはよう」
「おはようございまー……え!?」
風のように後ろから通り過ぎていった少女は、ホルンを背負っていた。
「ユリカ先輩って、マイ楽器だった?」
「ううん……? てか、めっちゃ久しぶりな気が……」
「なんかすごい元気になってるけど……」
なにがあったのかはわからないが、2週間休んですっかり元気になっていたようだ。
音楽室に入ると、なにやら騒然としていたようだ。
「ユリカ!2週間もどうしたの?」
「てか、そのホルンなに?! 買ったの!?」
中央に、ホルンパートと3年生の数名が集まっていた。奈津は心配しながらユリカの両腕をがっちり掴む。
「えっと。ちょっと調子悪くて。ごめんね、仕事ほったらかしにしちゃって。楽器は、前から先生に相談してて。選定品を楽器屋さんに取り寄せてもらった。実は休む前に買ってもらってた」
ケースから取り出すとまだ新しく、ホルンがピカピカと光沢を放つ。
「じゃあ、私が持ってった時には……」
「ごめんね、もう持ってた。抵抗が強いから、慣れてからじゃないと持っていけないって思って」
と、綾乃が疎ましいようにこちらを見ていた。
「あ、綾乃。ごめん、ずっとパートまかせっばまなしで。今日のソロ……」
と、綾乃はニッと悪魔の笑みを見せた。
「"また"、逃げるのかと思った。勝負だよ。昼休みに、ソロオーディション。小林先生と池田先生だけじゃなくて、3年生全員、そうだ、あと凛奈と聖菜も審査員」
「え、私と聖菜ですか」
「そう。2人ともソロあるでしょ?」
ゴクリと喉がなる。誰もそれに反対出来る者はいないようだ。
「臨むところ。随分と待たせちゃったしね。もう逃げないよ」
ユリカも笑う。その表情に、少し違和感を感じたのか綾乃は口元を歪める。それに気づいたのは恐らく凛奈だけだった。




