焦らず、焦る
───負けるな。
そう、自分に言い聞かせたあの日から、凛奈の心は変わった。なにも弱音を吐くことはない。なぜなら自分は1番のトランペット奏者だから。だから選ばれた。そう、自信を持っていた。綾乃のあの一言から、凛奈の気持ちは少しだけ変わった。
sunflowerコンサートまで残り1週間。終業式の1週間前であり、まだ練習時間はたっぷりある。ソロは難しい連符が続く。指回しが追いつくかどうかが決めどころになってくる。
ゆっくり丁寧に練習する。
「そこ、難しいですよね」
ひょっこり顔を出したのは夢花だった。
「うん……間に合うかな」
「大丈夫ですよ、凛奈先輩なら」
彼女の髪が、動きに合わせてさらりと落ちる。
「そうだといいんだけどなあー。あ、夢花は出来ないところとかないの?」
「夢花は大丈夫ですよ。それより……」
彼女の視線の先には、乃愛がいた。コルネットのパートで、相当苦戦しているようだ。隣には聖菜がついているが、あまり頼ろうとしていないようだ。
「負けず嫌いと言うか、人の手を借りるのがあまり好きではないみたいで」
「2ndだけクラリネットと同じパートってことが多いから、聖菜も教えにくいんじゃないかな」
聖菜と夢花の担当するコルネットの1stと3rdは、ホルンやサックスを補う部分が多く、乃愛とはまた違う動きをしている。
「乃愛、間に合うでしょうか」
聖菜の心配を拒否するように、乃愛は笑顔で大丈夫です、と手を振った。
クラリネット、つまり木管楽器の楽譜をそのまま金管楽器がすることになる。
木管楽器は見てもわかるように、キイが多い。つまり、はやいパッセージなどの指回しが大変なことがある。それに比べ金管楽器は、3、4本のピストンを息のスピードを変えて音を変える。
金管楽器の方が楽だ、という考えをする人がほとんどだが、指回しに加えて素早く息の使い方を変えなければならない。木管楽器も金管楽器も、同じくらいの難しさがある。
「難しいね」
ふ、と息が漏れた。
昨年と比べると、目標は大きいのに、随分と遅れているように感じる。コンクールの曲を決めるところからそう感じていた。
去年のこの時期、自分はソロを一通りできるようになっていた。
「なにが時間はたっぷりあるなの……」
自分の呑気さを疑い、口元を手で覆った。それを心配そうに見ていた夢花に気づき、
「私も、急がなきゃ」
と、苦笑いをした。




