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北原中学校吹奏楽部  作者: 星野 美織
2度目のコンクールに向けて
328/423

電話越しの声

「凛奈ちゃん、これ持っていっていい?」

「うん。いいよ」

「りょーかい」

その日の夜、凛奈と莉々奈の2人で晩御飯の準備をしていた。莉々奈がうちに来てからは何をするのも手伝ってくれるから、すっかり楽になっていた。

「朝緋くん、帰ってこないね」

「先に食べようか」

両手を合わせ、2人は「いただきます」と言って口におかずを運んだ。

凛奈はいつも通りの表情をしているつもりだが、内心は少し違った。

あれ以来、莉々奈と2人きりの空間はなかった。

だが、莉々奈は平然としている。

ならばこっちも何もないようにしなければ。

絶対にあの話には触れない。そう自分自身に言い聞かせる。

「あ、凛奈ちゃん」

「はいぃっ!」

突然で声が裏返ってしまった。

「な、何……?」

呆れ顔をしながら、凛奈の携帯を差し出した。

「電話。蒼先輩から」

「えっ、あ、蒼先輩?」

画面を見ると、確かに蒼からだった。

だが、彼はいま長崎にいるはずだ。

「食べてて。もしもし」

リビングを出て、自分の部屋へ行く。

《あー、凛奈。ごめん急に》

《お、彼女と電話か!?》

《ヒュ〜》

《うるせえ黙れ!》

向こうでは蒼1人ではないようだ。

《ごめん、騒がしくて。いま部屋出たから》

「いえ、大丈夫です。それより電話してていいんですか? 先生に見つかったら……」

《大丈夫。いま民泊だから、先生いない》

「そうですか。長崎、楽しいですか?」

《うん。今日、マリンスポーツしてた。明日は福岡行って合格祈願して帰る》

「いいなー。楽しそう」

肩と耳で携帯を挟み、窓を開ける。むんと生ぬるい空気が、凛奈の顔面に触れる。

《おみやげなにがいい?》

「なんでも嬉しいです」

と、窓から外へ上半身を乗り出した。

《部活どう? 明日の本番》

多分、本題はこのことだったのだろう。

「うーん……なんとかはなりそうですけど、やっぱり音が」

《まぁ、3年生が抜けて音が変わらなかったら逆におかしいからな》

「そうですね」

くすっと笑う。

「トロンボーンも、うまくやってたんじゃないかなって思います」

《それならいいけど……。莉々奈、なんか変化とかなかったか?》

「家では、いつもと変わらないです。もしかして、パートで何かあったんですか?」

《いや。なんとなく、元気ないなって》

「そうですか。私もそう思うんですけど。最近いろいろ考えてるみたいだから、そっとしておくべきなんじゃないかなって」

片手で携帯を耳に押し付ける。反対の手は、無意識に親指と人差し指を何度も擦っていた。

《俺も一応パートリーダーだから。なんかあったら相談してくれたらいいけど》

「ですよねー」

会話が終わった。そう感じさせるのは、2人の間の沈黙だった。まだ、終わりたくない。もっと声を聞きたい。

「先輩、明日の本番は見にこられるんですか?」

《明日は、3年生は店番とか手伝いの人以外は見に行かないことになってさ。頑張って》

「そうですか……」

《……まだ、話したい?》

蒼のささやきに、ドキリと心臓が跳ねる。

彼は無理に話題を作った凛奈の事をわかりきっていた。

「い、いえ。すみません、長電話しちゃって。蒼先輩の声が聞けて元気出ました。明日頑張りますね」

《いいよ。かけてきたの俺の方だし。じゃあな》

「おやすみなさい」

プツリ、と電話があっけなく切れてしまった。

「この時間におやすみなさいって、おかしかったかなぁ……」

と、1人赤面をする。久しぶりに蒼と電話をした。

「明日、か。大丈夫かな」

その現状に、空を見上げながら1人ごちる。

いつもに増して輝きが強い月に目をやり、ぴしゃりと窓を閉めた。

「頑張ろう……」

と、不安な気持ちにその言葉をぶつけた。

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