部活を楽しむために
本番の前日。
「はぁ───……」
「なんだ」
「あっ、と……すみません」
慌てて口元を押さえる。怪訝な顔をしながら、小林が凛奈の顔をのぞいた。
職員室前は、常に誰かが通っている。
「すみません……」
再び繰り返される。ああ、さっきも同じ言葉をしたはずだ。
「莉々奈もお前も……」
はぁ、と凛奈のため息がうつったのか、小林も小さくため息をついた。
そういえば、なぜ小林がいるのだろうか。
記憶喪失はほんの少しだけで、すぐに思い出す。
池田に用があったはずなのだが、なぜか出てきたのは小林だった。
先ほど、職員室を覗き、たまたま近くにいた教師に「池田先生お願いします」と言った。放課後で、吹奏楽部。部活のことだと理解したのか、池田が不在のため小林を呼んだのだろう。
いらない親切だった。莉々奈との相談をするに、小林はなんだか口を開きにくかった。
小林にしにくい相談でも、なんでも池田が聞いてくれたから。今回のことも聞いてもらおうとしてたのだが。
「で、何の用だ」
「あ、えと……池田先生に、相談がありまして」
「池田先生風邪で帰った」
「え! そうなんですか!?」
声でかいな、そう言った顔をされて、また口元を手で押さえる。
「その相談、俺じゃ駄目なのか」
「あ、じゃあまた明日池田先生に……」
「明日はそんな時間ないと思うぞ」
「あー……」
小林の目が見づらくなって俯く。
「部活の相談なら。嫌ならいいけど」
「あ、いえ!お願いします!」
*
「莉々奈の相談?」
「はい……」
長くなると判断したのか、生徒相談室に連れ出された。
莉々奈の話を少しすると、小林はうーん、と悩ましげに下を向いた。
コンコン。
扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
「小林先生、生徒が呼んでますよー。濱田」
扉を開けたのは、2年生の理科を担当する若手教師の福原だった。
「すみません、あの、合奏……」
と、藍がこちらを向いた。
時計を見ると、とっくに合奏が始まっているはずの時間だ。
「ああすまん。もう少し時間がかかるから。俺が来るまで藍、お前が指揮して」
「えっ、わ、私ですか」
「そうだ。頼んだぞ」
「は、はい……」
苦笑いをする藍に向かって、ごめん、と手を合わせた。
失礼しました、とドアを閉じ、走っていった。
「で、莉々奈の家の事情を、か」
「茜が知っているんです。職員室から聞こえてきたみたいで。本人はずっと黙っていたいみたいなんですけど、私は……。茜に言われたんです。3年間黙り続けるつもりかって」
「……茜に知られてしまった事は、申し訳ないと思っている」
「いえ。あの、先生。莉々奈は春コンを見て、吹部を、トロンボーンを北原でしたいって思ってきたんです。だから、3年間楽しんで欲しくて。友達を家に呼ぶくらい仲良くなって欲しくて」
「それを、その凛奈の気持ちを莉々奈は分かってる?」
首を振ると、小林はまた困った顔をした。
「先生、私は……どうしたらいいんでしょうか。従姉妹として。義姉として。莉々奈はこの先ずっと隠し続けて、ヒヤヒヤして。部活を楽しめるんでしょうか」
途方に暮れた顔をする。
「……もう少し様子を見よう。今の1年生はまとまりがないから」
「わかりました。また、相談してもいいでしょうか」
「もちろん」
と、小林は机の上に置いてあった鍵を手に取った。扉を閉じ、ふと小林を見た。
蒼先輩。
一瞬、そう言いそうになった。
顔はあまり似ていないのに、どこか2人は似ている。そう思いながら小林と音楽室に向かった。




