目標と意思
「莉々奈、なんか最近おかしいよね」
「って言っても月曜日と火曜日だよね」
奈央と彩音はヒソリと話す。
「避けてるみたいだ」
ベランダで音を出す莉々奈は、どこか寂しげな表情でスケールをしていた。まだ不安定な、おぼつかない音で。
「明日から俺らいないから。まぁ2人とも頑張って」
と、蒼が五線譜に基礎練習のメニューを書き込む。いちいち丸を黒く塗りつぶすのが面倒なのか、ななめの線でスッスと音符を並べていく。
「これ、愛菜のメニュー。スライディングの種類と息のスピードの使い分け。美鈴はリップスラーとグリッサンド」
「「はい」」
「頑張れよ」
ニッと笑う風馬。はい!と倍大きな声で返事したのは美鈴だった。
顔を合わせ、奈央と彩音ははぁっと大きなため息をついた。
*
翌日、1、2年生たちだけの練習が始まった。
1、2年生だけの合奏。トランペット、トロンボーンのトップに座るのは、凛奈と愛菜だった。
「ストップ」
小林の合図で、音が止まる。パラパラとそのまま進む音が聴こえてくるが。小林がむっと音の主に目をやると、すぐに気付いて音が止まった。
やれやれ、と自身の髪をくしゃりとさせる。
「はいみんな」
パチン、と手を叩くと、バラバラだった皆の視線がパッと小林に集まる。
「1年生は、今回が初めての本番。2年生にとっても、立場が違う初めての本番。どんな本番にしたいですか」
シン……と静まる。
「お客さんに楽しんでもらえる本番にしたいです」
冷静な第一声はマイだった。
そして次に凛奈の口が開いた。
「花野さんと同じです。自分たちだけでも精一杯お客さんに楽しんでもらえる演奏をしたいです」
「他は?」
小林が見渡すと、スッと細い腕がまっすぐ上がった。
「真緒。どうぞ」
「はい……。お客さんは、もちろん、自分たちも楽しめる、演奏、したいです」
ほう、と小林が感心したように頷く。
「真緒と、同じです」
ボソッといったのは壮太だった。
「この本番を通して、団結力が高くなればなと思っています」
茜だ。
それ以降、口を開く者はいなかった。
「じゃあ、その意思を持って。なにも考えてなかった人。なんでもいいので今回の本番の意志と目標を見つけてください」
「「はい」」
「じゃあ、最初から通そうか」
「「はい!」」
楽器を構える。肩に乗せたトロンボーンは、莉々奈にとってなぜか嫌に重く感じた。
茜の言葉がいつも引っかかる。
"莉々奈のご両親、私見たことない"
"団結力が高くなればなと思っています"
彼女の言葉はは莉々奈をいつも困惑させた。まるで、莉々奈の隠していること全てを理解しているような。
「莉々奈」
聴こえてくるのは、自分ただ1人の音と小林の静かな声だった。
「あ、す、すいません……」
「ぼーっとするなよ」
「はい……」
莉々奈に注目が集まる。恥ずかしい。
「もう一回、Bから」
「「はい」」
だんだん顔が熱くなる。
「集中」
と、小林がまた合図した。




