練習終わり
練習が終わり、明日の音楽の授業の為に再びイスと机が並べられていた。
「「さよならー」」
「さよなら」
音楽室を後にした女子部員たちの笑い声が聞こえてくる。音楽室に残ったのは、凛奈、茜、そして小林の3人のみだった。
凛奈はフリーマーケットの司会の原稿を考えていた。
「この曲はトロンボーンソロがとても特徴的で……っておかしいなぁ」
ぶつぶつと呟き、書いては消して、書いては消してを繰り返していた。
小林は楽譜の整理をしている。
茜はというと、凛奈に話があったのだ。
小林がいるのでなかなか話しにくい。
まだ用事が終わっていないように、楽器庫と音楽室をうろうろと彷徨っていた。
「茜、用意終わったんなら帰ろよ」
小林が茜に声をかけると、茜はぎょっとした様子だった。
「え、そ、その、凛奈先輩に、お話があるんです」
「え、私?」
小林と茜の会話を全く耳にしていなかったのに、急に自分の名前が出てきたことに、驚いて顔を上げる。
「俺はいない方がいいかな」
と、苦笑いする。あせあせと茜が頭を下げた。
「す、すいません!」
「いいよいいよ。じゃあ、話が終わったら戸締りよろしく」
「はい」
と、にっこり凛奈が返事した。
小林は退室し、ぐっと背伸びをした。
「凛奈先輩、かぁ」
大きな欠伸をしながら、職員室へと歩き出した。
「それで、どうしたの? またパートのこと?」
「いえ、莉々奈の事なんですが」
「莉々奈と乃愛がまた喧嘩した?」
「違います」
凛奈は手を止めずに話した。
きっぱりと言い切った茜は、凛奈の前にあるイスに座った。
「莉々奈の、ご家系の話です」
その瞬間、ピタリと凛奈の手が止まる。
「……どういうこと?」
「とぼけなくてもいいです。私、知ってるんです」
「だから、何を」
すこし高ぶった茜の声に、すこし苛立った。
「莉々奈───ご両親が亡くなっていますよね。それで今、凛奈先輩と同居している」
その瞬間、息が止まった。冷静な彼女の声は、桜と似ていた。
「な、んで、知ってるの……」
真っ黒なボールペンが真っ白な紙を突いたまま、 手が震え、インクの水溜りができる。
凛奈は学校でこの話をしたことがない。
莉々奈の家系を知っているのは、幹部の4人と顧問2人に莉々奈の担任。そしてトロンボーンの蒼、風馬、美鈴、愛菜のほんのわずかだ。莉々奈から話すことはもちろんないはず。
茜はふいと顔を晒す。
「聞くつもりはなかったんです。ごめんなさい。職員室に入る前に、聞こえてしまって。莉々奈と、凛奈先輩は一緒に住んでいる。莉々奈のご両親は亡くなっている、と」
「……そっか。私は茜を信用してるから答える。本当だよ。莉々奈のお母さんは、私のお母さんの妹。5年前に、叔父さんと叔母さん山道でスリップして事故にあって……」
「……そうなんですか。ごめんなさい、悲しい出来事をを思い出させてしまって」
「いや、私よりも辛いのは莉々奈だから……」
「それは、わかってます。それより先輩、この事はわざと隠してますよね」
「わざとって……そんなの、本人は言いたくないみたいだからわざわざ私が言う必要はないし、もしみんなに言うことがあったら自分で伝えるって言ってたから」
「ずっと、黙ってるつもりですか。3年間」
「私は、そのつもり……だし、莉々奈もたぶん、そうだと思う」
「無理だと思いますよ」
訂正だ。桜よりまだ幼い声だ。
「3年間、ほんとにいろんなことありますよ。家に遊びに行っていいかなんて聞かれたら、親の話になったら。戸惑うのはあの子自身なんですよ」
返す言葉が見当たらない。たしかに、困るのは莉々奈だ。
「……茜は、どうしてほしいの?」
「私は。そんなどうしてほしいとかないです。このことを私が知ってしまった以上、莉々奈と凛奈先輩の考えを聞いておかないと、これから莉々奈にどう接したらいいかわからないですから」
「……そっか」
「すみません、原稿、書いてる途中でしたよね」
「いいよ。もう遅いし、帰ろうか」
「はい」
凛奈が荷物をまとめる。もう買って1年経つリュックは、当時と比べると色が薄れてしまっていた。
それに比べ、茜のリュックは比較的新しい。
「凛奈先輩、」
「ん?」
鍵を閉めると、茜はまた凛奈に声をかけた。
「もし、莉々奈とこの話をすることがあったら、ごめんねって茜が言ってたって伝えてください」
しょんぼりする茜をみて、ふうっとため息をついた。
「わかった。なにを言ったのかは知らないけど」
「ありがとうございます」
「うん」
2人の空気は微妙なまま、鍵を返し、学校を出た。




