先輩じゃない
「奈津先輩! ここ聴いててください!」
アルトサックス1年、璃星がキラキラと目を輝かせて楽譜を奈津に見せる。
「あー、1年合奏見るの、アルトの1stは樹奈なの。だから、樹奈のところ行っといで」
ぎくりとする樹奈に向かって明らかに怪訝そうな顔を見せる。
「……はい」
「で、2ndは私見るから、美玲ちゃんこっちおいで」
「はい!」
「あ、璃星ちゃん。樹奈聴くよ、こっち……」
「"伊野"先輩、先輩の練習のお時間を削ってしまっては申し訳ないので、やっぱり大丈夫です」
完璧な礼儀で、また個人練習を始めた。
「あ……」
璃星は強豪校出身。であると、まだ自分は先輩として認められていないのだろうか。
変な空気になってしまい、璃星と樹奈のやりとりを見守る1、2年生。奈津は、それを気にしないのだろうか。
「璃星、聴いてもらわないの?」
「はい。大丈夫ですから」
「「……」」
*
「亜里沙先輩、ここいっしょに合わせてもらえませんか」
そう言ったのは、璃星と同じ東野小出身のバリトンサックス1年の朱里だった。
「うん、いいよ。じゃあさ、自由曲のCからのリズム教えてよ」
「もちろんです」
2人のやりとりに憧れる。どちらも先輩、後輩の立場を忘れずに、演奏面でも助け合っているから。
『樹奈も璃星ちゃんとああできたらなあ』
「璃星、ここってどうするの?」
振り向くと、美玲が璃星に質問をしていた。
「私もよくわからないんだ。後で先輩に聞こうよ」
「あ、私分かるよ」
そう言って駆けつけた樹奈を、璃星はまた首を振る。
「いえ。後で奈津先輩にお聞きするので、大丈夫です」
「……そっか」
礼儀正しく、否定された。
先輩として見られていなければ、認められていない。
美玲は、いいの?と璃星の顔を覗く。うん、と頷き、マウスピースをくわえる。鳴らされる彼女の音色に、また不安を感じた。
後日、パート練習に奈津はいなかった。副部長の仕事で遅れるとの連絡だった。
基礎練習が終わり、樹奈が廊下を歩いていると、璃星が渡り廊下にいた。
「ねぇ、何してるの……」
振り向いた璃星の目は赤く、ギロリと樹奈を睨む。
「どうしたの」
「いえ、なんでもありません。お構いなく」
と、教室に戻ろうとする。
そんな彼女の腕を掴み、璃星は足を止めた。
「……なんですか」
「え。いや、その。どうしたの? なにかあった?」
「なにもないです」
璃星が力強くその手を振り払う。
「そんなはずないよ。なにか困ってるなら相談してよ!技術は頼りないかもだけどさ、璃星の先輩なんだよ」
「もういいです! ほんとに大丈夫ですから!」
「それで、奈津先輩に相談するの?樹奈が頼りないから?」
「誰にも言いませんよ! だって私……部活辞めますから」
そう言って、硬直した樹奈の目の前を横切って言った。
「なんで……?」




